POSに移行したイーサリアムのステイクホルダーと法規制

弁護士法人 瓜生・糸賀法律事務所 弁護士・弁理士

長野 聡

 イーサリアムに9月15日から正式導入されたコンセンサスメカニズムであるPOS(プルーフ・オブ・ステイク)の下、①ステイクホルダー(バリデイター)を守るためにイーサリアムを金融商品(証券)として、我が国の金融商品取引法や米国証券法・証券取引所法を適用すべきか?、②またそれとは逆に、金融庁や米国証券取引委員会(SEC)からチャレンジされたイーサリアム側弁護士ならどう答えるか?、検討してみたい。なお、財団とステイクホルダーが多国籍である事実を考えると規制法規の域外適用問題(米国証券法は刑事法規で域外適用があるとされる)や国際私法上の問題があるが、以下では同国内と仮定する。

1.財団からの委託契約報酬、一般財団法人の社員の給与案

 まずは、証券でないという構成を考えてみる。マイニングの報酬は、イーサリアム財団とステイクホルダーとの間の委託契約の報酬で、32 Etherの預託金(ステーキング)は委託事務の遂行を担保するための預託金と主張するか、あるいはステイクホルダーは非営利社団(イーサリアム財団ではなく運営主体としての社団(.org)を考える)の社員であり、マイニングの報酬は業績給与で、預託金は社団への拠出であると主張すること、が考えられる。いずれにせよ、民法と一般社団法人及び一般財団法人に関する法律の枠内で、金商法の適用はないことになる。

 主張の前提として、裁判所で立証が必要となる。例えば、イーサリアム財団または運営主体の社団の法人格は[1]?、財団や社団とステイクホルダーとの間の契約の条項如何[2]?、マイニングの報酬は収益分配なのか?、32 Etherの意義解明のための会計ルール等々の証拠提出が必要になろう。etherium.orgetherium foundationWEBで公表されている情報だけからは、こうした証拠は明らかでない。ステイクホルダーになれば契約などが示されるのであろうか?、この点についても明確な情報はない。米国ならディスカバリ(証拠開示手続)で財団に徹底してSECから開示が求められることになろう。防御側弁護士としては、財団に開示か、なければ規定作成を願うことになる。

2.HOWEY TESTのクリア

 細部の立証ができないなら正面から証券規制の例外を主張するほかない。証券規制は投資家保護のために、証券発行者に開示規制をかけ、情報の非対称を是正する、証券流通市場の機能維持のためインサイダー取引など不公正取引を禁じ、刑事罰を科す。このため流通しない証券はたとえ証券に該当しても、少人数私募と言って規制対象外である。中小企業の株式の大半はこれに該当して規制外である。しかしながら、イーサリアムの規模で、かつWEBでステイクホルダーの勧誘をしていることから、少人数私募は主張できない。

 そうなると証券か否かのHOWEYテスト(証券の要素を①資金の出資、②第三者の活動、③収益の期待、④収益獲得、に求めた米国最高裁判例、現在でも該当商品が証券か否か、の判断基準となっている)の要素毎に、ステイクホルダー自身の活動なのか、財団を含むネットワークの活動なのか[3]の事実認定をする必要があるほか、収益の源泉と変動可能性が期待と言えるか、が議論となろう。

 ステイクホルダー自身の活動なのか、財団を含むネットワークの活動なのかについて、考え得る主張は、ステイクホルダーとイーサリアムの運営主体や財団の共同作業であるとして適用除外になることである。近代国家は投資家保護、証券市場機能の保護のための開示規制と市場公正をゆがめる不正行為を法規制しているが、ステイクホルダーの規模が少人数でなくても、全員が自ら拠出し、自ら意思決定に参画して、ネットワークや組織全体の価値向上に貢献するなら、運営主体とステイクホルダーとの間に情報非対称はないことになるので適用除外になり得る。金融商品取引法では、組合型ファンド等の集団投資スキームの適用除外項目には「出資者の全員が出資対象事業に関与する場合」(同法225号イ)がある。ステイクホルダーが、ステイクホルダーと財団が構成する組合の意思決定に参加し、自らバリデイターとして業務執行し、成果を分配するという法的構成なら証券とは言えまい。結局、イーサリアム財団とステイクホルダー間に情報の非対称がない状態なら対象外だと言えそうである。

 1.及び2.のいずれにせよ、真実は細部に宿るのでイーサリアムの運営実態がわからないと確かなことはわからない。しかし、法制度を構築していく観点からは、こうしたネットワーク参加型で参加者から金銭を集め、また労働もしてもらって、何からの報酬を与えるという事業形態が社会的な存在になっていることへの対処を考えていく必要があることは明らかである。暗号資産については、その私法的性格、差押え、執行の仕方などがまだ未決着であるうえ、POSは法人や組織の定義、投資や収益の定義や規制に新たな問題を投げかけている。この点、SECは、2019年に暗号資産のネットワークの価値や発展について、投機に期待するというより、利用者ニーズに合うように設計された構造の暗号資産は、証券でないと判断する要素となる、という調査レポート[4]を出している。自律分散的なネットワークであれば自主ルールでよいという訳である。ネットワークという概念に主体性を持たせるかのような書きぶりとなっている点が注目される。また収益を金銭的なリターンだけでなく、ネットワークの価値といった計測しにくいような概念まで拡張している点も意義があろう。法制度の作成側である金融当局は、概念の再検討を迫られると同時に、イーサリアム等の暗号資産の提供側やネットワーク運営側でも法制度や規制が入る以前に、内部での契約や約束毎の整備、情報開示も必要になろう。その上で、ネットワークが国境を超えるという点では、法制度の作成側は、国内制度だけでなく、規制制度のショッピング対応、適用法や管轄、さらに国際仲裁での取扱い、国際的な執行など、はるかに大きな課題を抱えたと言えるのではないか。

(本稿は、特定の金融商品の投資等を勧奨するものではない。また、文責は執筆者個人に帰属するものである。)

  

[1] Webには、”The Ethereum Foundation (EF) is a non-profit organization dedicated to supporting Ethereum and related technologies.” “The EF is not a company, or even a traditional non-profit. Their role is not to control or lead Ethereum, nor are they the only organization that funds critical development of Ethereum-related technologies. The EF is one part of a much larger ecosystem.” とある。
[2]バリデター(取引検証者)を担うステイクを有する参加者(制限のないフル参加、参加形態には他のバリエーションもあるが省略する。)について、WEB(https://ethereum.org/en/staking/)では、”Solo staking Staking is the act of depositing 32 ETH to activate validator software. As a validator you’ll be responsible for storing data, processing transactions, and adding new blocks to the blockchain. Rewards are given for actions that help the network reach consensus. You'll get rewards for running software that properly batches transactions into new blocks and checks the work of other validators because that's what keeps the chain running securely. “ などとされている。申し込めば約款などが送られてくる可能性はあるが、公開はされていない。
[3] 2022年107日掲載 イーサリアム POS移行が問いかけるもの -金融制度・金融市場に関する示唆- | SBI金融経済研究所 (sbiferi.co.jp)
[4] “Statement on “Framework for ‘Investment Contract’ Analysis of Digital Assets” (SEC Discussion paper, Bill Hinman, Valerie Szczepanik, April 3, 2019) “In case of the cryptoassets’ (digital assets’) creation and structure which is designed and implemented to meet the needs of its users rather than to feed speculation as to its value or development of its network, it is a factor for SEC to think the cryptoassets (digital assets) not “Investment Contract”.