イーサリアム POS移行が問いかけるもの -金融制度・金融市場に関する示唆-
2008年に「サトシ・ナカモト」論文が公開されて以来、分散型台帳技術(ブロックチェーン技術)を基盤とした様々なデジタル資産が登場している。なかには、既存の金融商品・サービスに類似する機能やリスクを持つものもあり、各国の金融監督当局は、消費者や投資家の適切な保護、金融システムや金融市場の安定確保等を図りつつ、イノベーションによる市場の健全な発展を阻害することがないよう、制度整備に苦心しているようだ。
我が国でも、金融商品取引法を改正し、債券や株式など既存の有価証券と同等とみなせるデジタル資産を同法の適用対象としたほか、資金決済法を改正し、「暗号資産」や「電子決済手段(いわゆるステーブルコイン)」を新たに定義し、所要の規制や監督体制を整備してきた。
米国では、様々なデジタル資産について、それらが有価証券に該当し、証券法に基づく情報開示規制等の対象となるのかという議論が活発だ。そうしたなかで、ビットコインに次ぐ時価総額を誇るイーサリアムを有価証券と解すべきか否かの議論が急浮上している。契機となったのは、イーサリアムの「コンセンサス方式」の変更と、米証券取引委員会(SEC)のゲンスラー委員長の発言だ。
銀行券を中央銀行が一元管理するのとは異なり、ビットコインやイーサリアム等では、中央管理者を設けない。代わりに、インターネットを通じて世界中で任意に行われる多数の取引について、①検証者が、取引を任意に選択し、その真正性を検証するとともに、検証済みの取引を複数まとめて一つのグループ(「ブロック」)にしたあと、②検証されたどの取引──より正確にいえば、どの検証者が組成したブロック──から執行し、台帳(データベース)に記録するか、その順序付けを参加者間で合意することとしている。従って、その合意の仕方、すなわち「コンセンサス方式」は、取引の信頼性・安定性を確保する最も重要な仕組みだ。去る9月15日、イーサリアムは、その「コンセンサス方式」を従来のPOW(Proof of Work)からPOS(Proof of Stake)に大きく変更した(注1)。
POWでは、所定の数式問題の解(注2)をいち早く見つけた検証者のブロックが執行され、台帳に記録される。数式問題をいち早く解くには、任意の数字を手当たり次第に数式に算入し、算出結果が所定の条件を満たすか否かを確認する作業を高速で繰り返す必要がある。こうして得られた解は、膨大な計算作業(work)を完遂した証(proof)ともいえるものだ。そして、「取引の真正性の検証作業」や「順序を決定する作業」と、この膨大な計算「作業の証」(Proof of Work)を一体不可分の手順とし、こうした手順を累積させながら、ブロックを次々につなげていく(検証済みの取引を順次執行し、台帳に書き連ねていく)ことにより、一旦台帳に記録された取引記録を過去に遡って変更しようとしても、累積した途方もない作業量が必要となることから、そうした変更が困難になる。こうした仕組みによって、取引の真正性や順序性が確保されるのだが、ビットコイン等では、数式問題の解を求める競争が極めて激しく、コンピューターの演算処理に要する電力が膨大なものとなって問題視されている。
POSでは、検証者は検証対象である暗号資産を予め預託して検証作業等に参加する。この預託は、「賭け金」、「出資金」を意味する「stake」にちなんで「staking」と呼ばれ、検証者が検証作業に従事する際のコミットメントとなっている。イーサリアムでは32ETH(本稿執筆時点で約43,000米ドル、約620万円)の預託が必要とされ、検証作業を怠けたり、うっかりミスをしたり、不正を行ったりすればペナルティとして(その一部が)没収される。他方で、検証作業等に「誠実に」従事すれば、検証作業等で果たした役割の軽重や預託額等に応じて、検証者はETHで報酬を受けることができる。イーサリアム財団は、こうした報酬率は年率2~20%、足許では4%と公表している(注3)。
9月上旬の講演で「暗号非証券トークン(crypto non-security tokens)」の例としてビットコインを挙げたゲンスラーSEC委員長は、イーサリアムがPOS移行を完了した9月15日に「ステーキング(預託)の仕組みを活用した暗号通貨やその仲介業務は、有価証券の判定基準(「Howey Test」)を充足している可能性がある」と発言したと報じられた。同委員長の発言の真偽や趣旨は定かでないが、ここには少なからぬ論点・含意が潜んでいそうである。一体、両者の何が異なるのであろうか。
POW、POSとも、検証者は取引の真正性の検証や取引執行の順位付けを決める作業(業務)に従事して報酬を得ている。もっとも、これらの作業に必要なコンピューターの処理能力、計算処理資源はさほど大きいものではない。POWでは数式問題の解を見つける作業に投じる計算処理資源が圧倒的に大きく、また多数の検証者が競って検証作業等を行う──多くの計算処理資源を投じる──ことで、取引の真正性等が確保される仕組みとなっている。このため、POWでの検証者の報酬は、主に数式問題を解く作業(業務)の対価、すなわち「業務収益」とみることができる。他方で、POSで検証者が提供する最大の資源は預託する暗号資産であり、こうした預託を行う検証者が多ければ多いほど、暗号資産の価値を守るために取引の真正性を確保しようとする誘因が高まるとされている。とすれば、POSでの検証者の報酬は主として暗号資産を提供することの対価、すなわち「投資収益」とみることができるのであろうか。
米国で有価証券に該当するか否かを判断する基準であるHowey Testは「他者の努力から生じる利益を期待して、共同経営体に資金を投資する契約であれば、投資契約(有価証券)と解する」というものだ。POSの場合も、検証者が自ら行う検証作業の対価と考えれば、「他者の努力から生じる利益」ではないと考えられる。一方、検証作業は取引があってこそ生じるもので、プラットフォームが提供する仕組み等に魅力があるからこそ、それらの取引が行われると考えれば、「他者(プラットフォーム提供者?)の努力」の色合いが強まるようにも思える(注3)。
分散型台帳技術を活用して様々なプロジェクトや事業が登場するなかで、「業務収益」と「投資収益」の境界線、企業(事業)への「業務参加」と「資本参加」の境界線、自己と他者の区別といったものが、従来よりも混然一体となってきているのかもしれない。あるいはそもそもプログラムが自動的に業務等を執行する仕組みにおいては、経営主体や運営主体といった「主体」の特定すら難しくなっている等々、既存の概念と変わりゆく実態の相違が随所に垣間見られるなかにあって、制度基盤や運営ルールの継続的な検証・見直しが求められていくのかもしれない。
(本稿は、特定の金融商品の投資等を勧奨するものではない。また、文責は執筆者個人に帰属するものである)。
注1:イーサリアムPOS移行への期待と懸念 | SBI金融経済研究所 (sbiferi.co.jp)
注2:より正確に言えば、所定の不等式を成り立たせる得る代入値。
注3:「ステーキングの収益率の高さを踏まえれば、米国債等への投資だけでなく、暗号資産のステーキングへの投資も行うべき」といったブログ記事も散見される。ただ、ステーキングの収益率は、預託した暗号資産の額と報酬として得る暗号資産の額を比較したもので、当該暗号資産を法定通貨(円、ドル、ユーロ等)で評価した「市場価格」ベースで見れば、キャピタルゲイン・ロスが生じ得ることを考慮する必要がある。また、当該暗号資産のプラットフォームの魅力(人気)の程度やPOSの検証者数の増減によっても、収益率は変わり得る。