イーサリアムPOS移行への期待と懸念

早稲田大学名誉教授

岩村 充

 

 この9月、ブロックチェーンとして多くのDeFi(分散型金融)やNFT(非代替性トークン)の発行流通を支えるイーサリアムが、その認証方式をPOWProof of Work)からPOSProof of Stake)へ移行させた[i]

 ビットコインを嚆矢とするPOWは、ブロックチェーン上の仮想通貨移転取引の正当性を支える論理を、自由参加型の計算競争である「マイニング」に勝つことで得られる新規の仮想通貨目当てに集まる競争参加者たちの相互牽制に求める画期的な方法論であったが、その一方で、膨大な電力投入競争であるマイニングが生み出す無駄あるいは環境負荷は批判の対象となり続けてきた。

 一般論を言えば、ビットコイン型の仮想通貨にとって、環境への負荷は避けることができない問題という面がある。この種の仮想通貨の市場価格は、すでに存在している仮想通貨と同種同等のデジタル資産を新たに作り出すことに要する限界費用価格に長期的には収斂するはずであり、したがって、その創出つまりマイニングに要する膨大な電力コストはデジタル資産としての仮想通貨の経済価値を裏付けるものにもなっているからだ。

 とはいえ、問題を軽減するアイディアも少なくない。最も単純な方法論は、POWの約束事を変更することで仮想通貨の価値を安定させることである[ii]。ここで仮想通貨が法定通貨のライバルになることを恐れる金融当局の介入などがなければ、価値が安定した仮想通貨の世界には「信用創造」のメカニズムが生まれることになり、それで資金決済やDeFiあるいはNFTを支えるデジタル資産としての仮想通貨の必要量は大きく減少するだろう。そうなれば、仮想通貨がもたらす環境負荷を皆無にすることはできなくても、相当の水準にまで減らすことは可能なのである。

 もっと抜本的な解決もある。仮想通貨の価値の拠り所を、マイニング競争に求めることをやめ、仮想通貨の本源的価値をその「見合資産」に求める「ステーブルコイン」を作り出すことである。これについてもいくつかの論点があるが、本サイトですでに論じているのでここでは扱わないことにしよう[iii]

 さて、POSというのは、POWの無駄あるいは環境負荷問題を解決する方法論として、ビットコインが注目を集め始めた当時から知られ議論され続けてきたコンセンサス方式で、当該仮想通貨のうちの一定量を保有し続けコンピュータ資源を提供し続けることをコミットした参加者を「バリデータ」と呼んで(彼らのコミットメントが「Stake:ステーク」である)、彼らの共同作業と相互監視にブロックチェーンで管理される仮想通貨の認証業務を委ねるというアイディアである。POWでは、参加も退出も自由な競争メカニズムがブロックチェーン正当性担保の基盤になっていたのに対し、POSでは、自身がステークとして差し出した仮想通貨の価値を守ろうとするバリデータたちの自然なインセンティブがブロックチェーンの正当性担保の基盤になるわけだ。

 POSについては、POWほどの開放性や分権性がないことへの批判や反発もあり、メジャーな仮想通貨システムでこれに踏み切る例は限られていたと言ってよいが、そのなかで今やビットコインをしのぐほどの存在感を示すまでになったイーサリアムがPOSへの移行に踏み切ったことの意義は大きい。イーサリアムの説明文書などをみると、POSへの移行がエリート参加者支配による中央集権システム化という批判を招かぬようにする工夫を随所に読み取ることができ、これは評価すべきと筆者は考えている。

 しかし、POSへの移行には懸念もある。すでに述べたように、POWは膨大な電力の無駄ではあるが、仮想通貨の「移動」の正当性を担保する手段になるだけでなく、実物的資源である電力を投じて仮想通貨を作り出すという資源的無駄それ自体の副産物として、仮想通貨の市場価値を、現実世界につなぎとめる「アンカー(錨)」としての役割を果たしている。だから、その「無駄」をやめてしまうことは、イーサリアムが提供する仮想通貨であるイーサの市場価値を現実世界につなぎとめるアンカーを失わせ、それをいつ崩壊するか分からないバブルとして漂わせることにつながる可能性があるからだ。

 もっとも、イーサはビットコインとは違う。ビットコインは資金決済の手段となる以外には基本的に大きな使い道がないのに対し、イーサを作り出すイーサリアムは、そのスマートコントラクト機能により多くのDeFiNFTにその運動基盤を提供し、その対価としてイーサで手数料を受け取る仕組みを持っている[iv]。したがって、イーサは、イーサリアムが実物資源の無駄使いたるPOWをやめても、直ちにバブル通貨への道を歩んでしまうことにはならない。イーサリアムがスマートコントラクトのプラットフォームとして使われる限り、イーサもDeFiNFTの実物的価値を通じて現実世界にアンカーを下ろし続けていることになる。DeFiという金融取引やNFTという無形資産取引にかかわる人たちが、彼らが利用するプラットフォームの提供者に支払うに足ると考える経済価値の一部あるいは全部は、今後もイーサの市場価格のアンカーになり続けるはずなのである。

 むろん、イーサリアムは「言い値」でイーサの市場価値を維持できるわけではない。DeFiのプラットフォームとしての役割について言えば、銀行や証券会社たちが形成する伝統的金融サービスだけでなく、CBDCなどと言って仮想通貨「的」な決済サービスを提供することへの野心を隠さなくなった中央銀行たちが提供するだろうさまざまなプラン、それらに対抗できるサービス内容と価格でなければ、ユーザーたちに受け入れてもらえまい。また、NFTのプラットフォームとしての将来についても、無形資産管理における制度間競争にイーサリアムが耐えなければ大きなものは望めないはずだ。

 そして、そのことは、スマートコントラクト提供基盤としてのイーサリアムの継続性に関する危機を招く可能性と表裏のものでもある。イーサの市場価値アンカーをDeFiNFTなどの管理サービスに求めるということは、イーサリアムの将来収益の現在価値とイーサの市場価値とが、長期的にはバランスすることを受け入れるということを意味するから、もし前者が十分なものでないと人々が考えるようになればイーサの市場価格は大きく下落するかもしれない。POS移行後のイーサの市場価格をみると、今のところ大きな下落を示してはいないが、もしそれがDeFiNFTの管理基盤としてのイーサリアムの将来的な強さに対する現状追認的な期待によるものであれば、そうした惰性的期待が裏切られたときに、イーサの市場価格はバブル的に崩壊するかもしれない。

 そのとき、(主として投機的関心からイーサを買っている人たちでなく)現在の金融システムや著作権管理システムに対する閉塞感からDeFiNFTの将来性に懸けている人はどうしたら良いだろうか。筆者は二つの選択肢があると考えている。

 第一の選択肢は、自ら十分な量のイーサを保有し、仮にイーサの市場価格が大きく下落しても、イーサリアムの運動律が信頼を失うことのないよう影響力を確保することである。

 第二の選択肢は、見合資産型ステーブルコインであると同時にスマートコントラクト提供基盤にもなる仮想通貨システムを、スマートコントラクト利用者であることが「ステーク」になる仕組みとして、自ら立ち上げ発展させることである。

 どちらが良いか、それを論じる立場に筆者はない。だが、第二の選択肢について真剣に検討すべきであると問題提起をすることは、これまで仮想通貨について発言をしてきた者の責任の一つと筆者は考えている。


[i] この論考は、斉藤賢爾氏(早稲田大学大学院経営管理研究科教授)と北村行伸氏(立正大学データサイエンス学部教授)と筆者とで行った討議の結果を、筆者の責任で文書化したものである。
[ii] http://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/hermes/ir/re/30361/HJeco0600100410.pdf
[iii] DeFi論議に欠けているもの | SBI金融経済研究所 (sbiferi.co.jp)
[iv] イーサリアムにおける計算資源投入は、エンジンへの燃料供給になぞらえて「ガス」と呼ばれ、イーサで「ガス代」が利用者からバリデータに支払われるが、その大部分は「バーン(仮想通貨を使用不能にすることをこう呼ぶ)」されることになっていて、バリデータはその残余を自身のものとするとともに、自身がすでに持つイーサの名目価値の増価を受ける仕組みになっている。