2021年12月24日

DeFi論議に欠けているもの

早稲田大学名誉教授

岩村 充

 分散型金融(Decentralized Finance、略して「DeFi」)という言葉を聞くことが多くなった。ブロックチェーンのなかには、スマートコントラクトと言って、そこに記述されている数量的記録をシステム内在的なルールで自律的に管理する機能を備えているものがあるが、それを使えば既存の資金決済システムや企業組織設計の枠組みにとらわれない新たなパラダイムが開けそうだからだ。

 そこで注目されるのが、法定通貨との比価を安定的に維持する仕組みを取り込んだ仮想通貨、いわゆる「ステーブルコイン」である。日本でも、金融庁が『デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会』なる検討グループを立ち上げているが、彼らが11月に公表した『中間論点整理』でも、DeFiを動かす決済基盤としてのステーブルコインに議論の焦点があてられている。だが、この報告書、出来が良いとは評価しかねる。

 この報告書は、ステーブルコインを実現する方式として、1. 対象通貨との一定比価での償還を約するものと、2. アルゴリズム自体で価値の安定を試みるもの、そう二分類できるとして議論を展開している。だが、そもそも、この2のカテゴリーのコインなるものは存在するのか、存在するとすればどのような条件下で存在するのか、それがどこにも書かれていないのだ。これではステーブルコインに関する満足な報告書といえない。

 原理的な話ではあるが、もともとの価値がバブルでしかない仮想通貨でも、それが法定通貨を対価に取引されていて、かつその取引相場を客観的に観察できる環境が整っている場合には、その仮想通貨をバスケットに入れ、法定通貨との比価が変化するのに応じてバスケット内の当該仮想通貨の量を調整することにしておけば、そのバスケット(あるいはバスケットを裏付けとする派生的な仮想通貨)を法定通貨で測った価値は「ステーブル」になり得る。このようなアプローチは、ステーブルコイン作りの基本になるだろう。

 ただ、そこで忘れてならないことは、この種の方法は無限定に通用するわけではないということだ。原資産である仮想通貨と法定通貨との比価が、当初設計の限界を超えて変動すれば、派生的な仮想通貨として作り出されたステーブルコインは、発行者の財務的限界から自己崩壊してしまうことになる。そのリスクを制御する工夫は可能だが、リスクそのものを完全に消し去ることはできないはずである*1

 この問題を素通りした報告書が、かつてのサブプライム事件などを教訓としているはずの金融監督当局から世に出されるということは危ういというほかはない。彼らが、DeFiやステーブルコインのカテゴリーとして、アルゴリズムの機能によるものがあるとするのなら、その具体的な仕組みを解析し、その仕組みとリスクについて明らかにすべきなのである。どんなルールで対するかなどと論じるのは、その後でよい。

 断っておくと、私は、アルゴリズムによるステーブルコインというアイディアに否定的ではない。貨幣価値の安定をシステムの動作特性によって自己完結性に実現しようと試みること自体は、旧来の意識にとらわれた金融監督当局や中央銀行の管理下で機能不全を起こしかけている金融システムを、もっと自由で自律的な「分散型金融」に生まれ変わらせるための原動力になり得るはずだからだ。

 さらにそれは、株式会社に代わる新しい人と人の繋がり方を生み出す社会的基盤になり得るだろう。株式会社という仕組が生まれたのは17世紀のオランダそしてイギリスに遡るが、それが標準的な企業組織形態として世界に普及したのは19世紀後半以降の出来事である。この世紀、鉄道業や鉄鋼業のような資本集約産業が国民国家形成の背骨となったからである。重厚長大産業を基幹産業とする国家と、資本つまりカネを軸にする産業組織設計論である株式会社制度は折り合いが良かったのだ。

 だが、21世紀の今日、人々が支えあって活動するときの組織設計原理は、人々の知識や情熱あるいは経験の直接的結合を基盤とするものに移行しつつある。いわゆるDAO(Decentralized Autonomous Organization、自律分散型組織)である。現在の世界でDeFiつまり分散型金融なる言葉を使うのなら、まずはDAOが担う役割を理解してから議論を始めるべきだ。

 金融庁の報告書には「同じビジネス、同じリスクには同じルールを適用」なる標語が見えるが、もし彼らが革新の担い手を自任するのなら「新しい酒は新しい革袋に」と言うべきである。それが分からないのなら、金融庁自身が「古い革袋」になってしまうはずだ。

*1 この問題については、今回の金融庁研究会の『中間報告』公表の2年半以上も前の2019年の春、「カナ・ゴールド」なるペンネームで活動している橋本欣典が「担保から考えるDeFiと既存金融との違い」と題するブログで解析している。このブログ、文章は軽いが内容は重い。