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レポート Report

2040年の経済社会シリーズ:技術革新が拓く加齢適応市場

―SBI-BIPが描く100兆円規模の成長機会―



新しい技術やビジネスモデルは、個別企業の生産性や収益を変えるだけでなく、市場構造や制度との相互作用を通じて、産業や経済全体の姿を変えうる。SBI金融経済研究所は、既存の制度・技術・市場構造を所与とせず、それらの新たな組み合わせが生みうる成長機会と、その社会実装の条件を明らかにすることを研究課題の一つとしている。本稿は、そうした視点から人口高齢化への適応を捉え直すシリーズの第1報として、2040年に向けた技術革新によって生じうる付加価値の規模を論じる。

高齢化は、一般に経済成長を制約する構造的な要因として捉えられてきた。生産年齢人口の減少により労働供給は縮小し、医療や介護サービスの需要拡大により社会保障負担も高まる。とくに日本社会では、家事や育児、介護など家庭内で担われる負担が女性に偏り、その就業や能力発揮を制約してきた。労働供給上の制約や社会保障負担の増大圧力にどう対応し、高齢者を含むより多くの人々が所得を得て豊かに暮らせる経済をいかに実現するかは、2040年の経済社会を考える中心的な課題である。

他方、高齢化は新たな需要を生み出す契機としても期待されている。人々がより長く生きる社会では、健康、医療、介護、住まい、金融、移動、家事・生活支援、余暇、そして人生の最終段階に至るまで、ライフコースのさまざまな場面で、必要とされる財やサービスの内容や組み合わせが変化する。こうした需要の構造変化にイノベーションが応え、新たな財やサービスを生み出すことができれば、人口減少下においても経済成長を支える力となりうる(吉川 2016)。それは政策によって初めて創出される需要ではなく、潜在的ではあるが高齢化に根ざした実需である。

それが実際の市場につながるには、新たな財やサービスの創出とともに、それを購入しうる所得を生み出す経済成長が必要となる。人口減少は労働供給上の制約を強めるが、それだけで成長の可能性が決まるわけではない。高度経済成長期、人口増加や労働力の拡大が寄与したことは確かだが、労働投入の寄与は成長全体の2割弱にとどまった[1]。資本蓄積と生産性改善は、労働供給上の制約の多くを補いうる。

潜在的な労働力が実際にどこまで経済活動に参加できるかも、利用可能な技術に依存している。家事や介護などの負担軽減や家庭内資源配分の見直しは、女性の就業参加と能力発揮の余地を広げる(政井 2025)。AIやロボティクス、ICTなどの技術革新が、仕事に伴う身体的・時間的・空間的制約を緩和し、高齢者や女性を含むより多くの人々が経済活動に参加する機会を提供することが期待される[2]。他方、AIなど技術進展の方向次第では、そうした就業機会を奪う面もある。これらの効果を差し引いたうえで、就業参加の拡大と生産性向上が所得を高めるのであれば、それは高齢化に伴う需要を実際の市場へつなぐ力となる。求めるべきは、高齢者をもっぱら支えられる側として捉える社会から、希望と能力に応じて働き、所得を得て需要を支える側にもなりうる社会への転換である(清家 1998)。

本稿では、加齢や長寿化に伴って変化する生活上・就業上の需要に応え、さまざまな制約を緩和する財・サービスとそれを支える経済活動を総称して「加齢適応市場」と呼ぶ。問われるべきは、医療や介護サービスなどの需要見通しだけではなく、加齢適応市場が経済全体にどのような広がりを持ちうるかである。本稿は技術革新がそうした市場に及ぼす総合的な影響に焦点を当てる。さらなる高齢化が想定される2040年の日本社会を前提として、さまざまな技術革新の社会実装をより広く進めたとき、需要と供給の双方の変化を通じて、どれほどの追加的な付加価値が生じうるだろうか。

SBI-BIPは高齢化への適応をどう描くか

SBI金融経済研究所では、さまざまな技術革新の社会実装が日本経済をどう変えるかを高解像度で評価する一般均衡モデルSBI-BIPを構築してきた(野村 2026)。その2026年版モデル(SBI-BIP 2026)は、日本経済を828の経済活動に細分し、AIやロボティクスなどがもたらす167の技術革新小分類について、その社会実装が経済全体に与える波及効果を分析する。

SBI-BIPが描く2040年の経済像はいわゆる予測ではない。それは、現在の延長線上にあるBaUBusiness as Usual)と、技術革新の社会実装をより広く進めたTSITechnology and Societal Implementation)という二つの条件付きシナリオの比較により、技術実装が経済構造をどのように変えうるかを可視化する。その目的は、技術実装のもとで生じうる成長の規模と、その源泉や波及経路を明らかにするとともに、その実現を支える制度的条件を考えるための基盤を提供することにある。

高齢化への適応について、SBI-BIPでは、技術革新に起因する生産性の変化、高齢者や女性などの未利用労働力の活用、財・サービスの品質向上と需要変化、新しい産業や製品・サービスの創出といった複数の経路を通じて描いている。こうした変化を詳細な経済活動ごとに設定し、就業者の年齢・性別構成も反映することで、技術革新ごとの労働生産性や経済全体の生産性、所得への波及を整合的に評価できる。

167の小分類として定義される技術革新は、13の大分類にグループ化される。そのうち、高齢化への適応に関係が深いものがT08からT11までの4分野であり(図表1)、それは22の中分類と45の小分類からなる。その対象は、医療・介護から、就労、住環境、家事、移動、余暇、さらには人生の最終段階まで広がる。

図表1 SBI-BIPにおける加齢適応関連の技術革新分野

大分類 技術革新分野 主な対象領域(中分類)
T08 スマートヘルスケア基盤 遠隔医療・オンライン診療、医療データ統合・AI診断支援、介護支援技術、個別化・予防医療、医療・介護現場の業務効率化・人材支援
T09 高齢社会・ジェロントロジー基盤

健康寿命延伸・予防医療、高齢者の就労・社会参加、高齢者向け住環境・地域包括ケア、加齢適応型製品・サービス、ジェロントロジー研究・人材育成

T10 スマートライフ・生活支援基盤 スマートホーム、家事支援ロボット、日常移動・外出支援、パーソナルセキュリティ、情報アクセシビリティ、デジタルエンタメ・XR、スマートリテール・省人店舗
T11 ラストライフデザイン基盤

意思表明・ケア選択、デジタル終活・資産記録整理、看取り・在宅終末期ケア、デジタル葬送・供養、死後の行政・法的手続き

(出所)SBI-BIP 2026(野村 2026

本稿では、この4分野を高齢化への適応に関係する技術革新分野として位置づけ、その社会実装が2040年の日本経済にもたらしうる追加的な付加価値を検討する。このうちT09T11は、加齢に伴う需要や制約に直接対応する狭義の加齢適応関連分野である。一方、T08T10には幅広い年齢層が利用する技術やサービスも含まれるが、医療や生活の基盤を変え、身体的・時間的な制約を緩和することで高齢社会への適応を支えることから、4分野全体を広義の加齢適応関連分野として捉えている[3]

技術革新が拓く100兆円規模の付加価値拡大

2040年までに進む人口高齢化の影響は、BaUTSIのシナリオ双方に共通する前提として織り込まれている。ここで評価するのは、同じ高齢社会のもとで、さまざまな技術革新の社会実装をより広く進めた場合に、BaUを上回ってどれだけの付加価値が生じうるかである。T08からT11までの技術革新4分野について、TSIBaUの付加価値の差を集計するとほぼ100兆円となる(図表2[4]。この計数は、加齢適応市場の規模ではなく、技術実装による合理化や品質改善、新たな需要や市場の創出、労働負荷の軽減を通じた高齢者や女性などの労働参加と所得の拡大、さらにそれらに伴う産業間の波及を反映した付加価値の増分である。

その内訳をみると、加齢に伴う需要や制約に直接対応する狭義の加齢適応関連分野では、高齢社会・ジェロントロジー基盤(T09)が15.4兆円、ラストライフデザイン基盤(T11)が5.6兆円の付加価値増となる。T09では、加齢適応型製品・サービスが7.7兆円と最も大きい。その具体像には、視認性や操作性を高めた高齢者向け機器・アプリの設計、電動車椅子などのパーソナルモビリティに加え、生活習慣の改善を支えるアプリやウェアラブル、フレイルや認知症へのデジタル介入、医療・介護を結ぶ地域ICT基盤、高齢者の就労マッチングなどが含まれる[5]T11では、デジタル資産やライフログの整理・継承、治療や介護についての意思表明を支えるツール、遠隔医療と連携した在宅看取り、オンラインでの葬送・供養、さらに死亡後の行政・金融手続きをつなぐ情報基盤などが想定されている。これらは、人生の最終段階における選択肢を広げ、本人や家族の負担を軽減する新しいサービスや基盤である。

図表2 100兆円の付加価値拡大ポテンシャルを構成する技術革新

(単位)兆円(基本価格評価・付加価値ベース)
(出所)SBI-BIP 2026(野村 2026)

狭義の加齢適応関連分野(T09T11)の付加価値増が計21兆円であるのに対し、スマートヘルスケア基盤(T08)は38.6兆円と大きい。T08では医療データの統合とAI診断支援が13.2兆円、遠隔医療・オンライン診療が8.7兆円、介護支援技術が7.5兆円、医療・介護現場の業務効率化と人材支援が4.8兆円、個別化医療・予防医療が4.4兆円を占める。ここで示した付加価値は、技術革新の分野ごとに集計したものであり、特定の産業に生じる付加価値ではない。T0838.6兆円は医療保健業の付加価値を意味するのではなく、医療・介護などに関わる技術の社会実装が、機器を供給する製造業やデータ基盤を担う情報サービス業などを含め、経済全体にもたらす付加価値の合計である。むしろTSIシナリオでは、名目GDPに占める医療保健業のシェアは、BaUシナリオの9.0%に対して7.8%へと相対的に低下する。技術実装による効率改善や品質向上によって、品質の違いを調整して比較したサービス価格(constant-quality price)が相対的に低下するため、サービスの量的拡大や品質向上があっても、名目の付加価値としてはBaUほどには膨らまないからである。

加齢に伴う制約は、医療や介護の場面にとどまらず、住まいや余暇を含む生活の全体に及ぶ。スマートライフ・生活支援基盤(T10)による40.3兆円もの成長機会は、スマートヘルスケア基盤(T08)のそれを上回る。T10は、デジタルエンタメ・XR14.5兆円、スマートホームが11.2兆円、スマートリテール・省人店舗が6.9兆円、家事支援ロボットが6.4兆円などである。このうちスマートホームは、見守りや住環境の制御を通じて在宅での生活の継続を支え、デジタルエンタメ・XRは、家計が直接消費する娯楽にとどまらず、AIなどと組み合わされながら、医療・介護、教育、買物、コミュニケーションなどを支える中間サービスとしても利用される。外出が難しくなっても社会とのつながりを保ち、社会参加や認知機能の維持を支える手段ともなる。

これらの技術は新しい需要を生み出すだけではなく、仕事のあり方と就業機会も変える。医療・介護や家事に必要な労働を機械や情報サービスが補完・代替することで、働くことに伴う身体的な負荷や時間的な制約が軽減される。店舗の省人化も、店頭に常時人を張り付ける働き方を減らし、遠隔での運営・管理へと、必要な業務の構成を変える。労働節約はそのまま雇用の減少を意味するのではなく、作業の内容と働く場所や時間の組み合わせが変わることを通じて、体力的な制約を持つ高齢者や、家事・介護による時間的・空間的制約を持つ女性にも、労働参加の余地が広がりうる[6]

潜在力を現実の市場へ

本稿での約100兆円という試算は、技術革新の社会実装を通じた高齢化への適応が生じうる付加価値拡大の潜在力を示すものであり、それが自動的に実現することを意味するものではない[7]。技術により仕事の制約が緩和されても、それだけで労働参加が広がるわけではない。人々が持つ能力を経済活動のなかでどこまで発揮できるかは、それを可能にする環境にも左右される(政井 2024)。教育・人材開発(T07)は100兆円の集計には含めていないが、変化した仕事や新しいタスクに対応するための教育やリスキリングは、高齢者や時間制約を持つ女性の就業可能性を高める重要な補完条件である。

もっとも、加齢に伴って必要とされることのすべてが技術によって補われるわけではない。とりわけ介護は対人的な営みであり、機器や情報サービスが支えうるのはその一部にとどまる。要介護者等と同居してその介護を主に担う者について、両者がともに75歳以上である、いわゆる「超・老老介護」の割合は、2025年に37.1%と過去最高となった(厚生労働省 2026)。技術がもたらす制約の緩和は、こうした現実のなかで、家族が担う負担をどれだけ軽減できるかによって試される。

高齢化に伴う社会保障負担には今後も増大圧力がかかる。給付の水準が同じであれば、それを支える所得と課税・保険料の基盤が大きいほど、必要な負担率は低くて済む。そのために経済成長が求められるが、経済全体の賃金上昇は、労働集約的な介護の供給費用も押し上げる(Celebi et al. 2025)。医療・介護における生産性と供給力の向上を伴ってこそ、所得基盤の拡大は負担率の抑制につながる。同時に医療・介護では、購買力は家計所得だけでなく、保険料や公費を通じても社会的に形成される。技術革新による所得の拡大をどのような給付と負担の制度へとつなぐか、それが市場の成立を左右する。

生産性の向上と労働参加の拡大が所得を生み、その所得が新たな需要を支える循環が動きだしたとき、加齢適応への需要は現実の市場として立ち上がる。本稿が示したのは、その入口にある規模である。次に問うべきは、この付加価値がどこで生み出され、誰の就業や所得につながるのか、そしてそれがどのような条件のもとで実際の市場として成立しうるかである。


[1] Jorgenson and Nomura (2005)によれば、高度成長期(1960–73年)における日本の実質付加価値成長率(年平均9.89%)のうち、質的な改善(学歴や経験の蓄積など)を考慮しても、労働投入の寄与は1.69ポイントと全体の成長の2割弱を説明する要因にとどまる。それに対して、資本投入の寄与は5.16ポイント、全要素生産性(TFP)の寄与は3.05ポイントである。
[2] 日本では、公的介護サービスの利用可能性が女性の就業を促す可能性が示される一方、その効果は対象や分析単位によって一様ではない(Sugawara and Nakamura 2014; Ando et al. 2021)。
[3] 技術革新分類のうち教育・人材開発(T07)、デジタル・情報通信(T05)、スマートモビリティ(T04)、フィンテック・価値交換制度基盤(T06)などにも、高齢者や女性の労働参加や生活上の制約を緩和する効果があるが、これらはより横断的な基盤として、本稿での100兆円の集計には含めていない。
[4] 個別分野の計数は、技術革新の社会実装に関する想定や一般均衡を通じた波及経路に依存するため、幅をもってみる必要がある。本稿では、T08からT11までの4分野で100兆円規模の追加的な付加価値が生じうるという規模感と、その内部を構成する技術分野に着目する。本稿で捉える加齢適応関連分野の付加価値拡大は、SBI-BIPにおける技術革新全体のTSIBaUの付加価値差257兆円の約4割に相当する。
[5] フレイル(frailty)は、加齢に伴う生理的予備能の低下によってストレスへの脆弱性が高まり、健常から要介護へ移行する中間的な段階を指す。筋力低下などの身体的問題にとどまらず、認知機能障害やうつなどの精神・心理的問題、独居や経済的困窮などの社会的問題を含む多面的な概念である。日本老年医学会(2014)は、従来の訳語である「虚弱」が不可逆的に老い衰えた状態という印象を与え、また多面性を表現しきれないことから、適切な介入による可逆性を含意する「フレイル」の使用を提唱している。
[6] 日本の介護施設についても、ロボット導入は雇用の減少ではなく、職員の定着、受入能力、ケア品質の改善と関連することが報告されている(Lee et al. 2025)。
[7] 技術によって家庭内で担われてきた負担が軽くなること自体は、それが労働参加の拡大などを通じて市場に現れないかぎり、GDPには計上されない。本稿の100兆円は、そうした負担の軽減や余暇時間の拡大、さらにそれによって可能となる無償の社会参加やボランティア活動などがもたらす厚生の改善を、その価値として含んでいない。


参考文献

厚生労働省(2026)「2025(令和7)年 国民生活基礎調査の概況」介護の状況、715日。https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa25/dl/05.pdf
清家篤(1998)『生涯現役社会の条件働く自由と引退の自由と』中公新書。
日本老年医学会(2014)「フレイルに関する日本老年医学会からのステートメント」、5月。https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/info/topics/pdf/20140513_01_01.pdf
野村浩二(2026)「技術革新と日本経済の分岐」、政井貴子・増島稔・SBI金融経済研究所『2040年の日本再生 進化系フィジタル経済の衝撃』日経BP、第1章(近刊)。
政井貴子(2024)「女性活躍の未来を求めて (15)」『日本経済新聞』夕刊、20241028–111日。
政井貴子(2025)「女性の社会進出と家庭内資源配分の再考」『週刊金融財政事情』766号、211日。
吉川洋(2016)『人口と日本経済長寿、イノベーション、経済成長』中公新書。
Ando, Michihito, Masato Furuichi, and Yoshihiro Kaneko (2021). “Does Universal Long-Term Care Insurance Boost Female Labor Force Participation? Macro-level Evidence,” IZA Journal of Labor Policy, 11(1), 1–50. DOI: 10.2478/izajolp-2021-0004
Celebi, Kaan, Jochen Hartwig, and Anna Pauliina Sandqvist (2025). “Baumol’s Cost Disease in Acute versus Long-term Care: Do the Differences Loom Large?” International Journal of Health Economics and Management, 25(2), 159–191. DOI: 10.1007/s10754-025-09392-9
Jorgenson, Dale W. and Koji Nomura (2005). “The industry origins of Japanese economic growth,” Journal of the Japanese and International Economies, 19(4), 482–542. DOI: 10.1016/j.jjie.2005.05.002
Lee, Yong Suk, Toshiaki Iizuka, and Karen Eggleston (2025). “Robots and Labor in Nursing Homes,” Labour Economics, 92, 102666. DOI: 10.1016/j.labeco.2024.102666
Sugawara, Shinya and Jiro Nakamura (2014). “Can Formal Elderly Care Stimulate Female Labor Supply? The Japanese Experience,” Journal of the Japanese and International Economies, 34, 98–115. DOI: 10.1016/j.jjie.2014.0

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