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成長とウェルビーイングの好循環

―OECD / WISEとの議論から―

はじめに:成長が先かウェルビーイングが先か?

「努力して成果を出せば幸せになれる」――私たちは無意識のうちに、この「成功が幸福(ウェルビーイング)をもたらす」という直線的な方程式を信じ込んでいる。確かに、一般的には所得が多い人ほど幸福度は高い。戦後の日本経済の歴史をみれば、所得の向上がウェルビーイングの土台を築いてきたことは明らかだ。成長がウェルビーイングの前提条件であるというのは一面の真実だ。しかし、「ウェルビーイングの向上なくして持続的な成長は望めない」というのももう一つの真実だ。因果関係は、私たちが考えるよりもはるかに双方向的だ。成長が先か、それともウェルビーイングが先か――。本稿では、両者が互いを増幅させあう「成長とウェルビーイングの好循環」のダイナミズムを、経済学や心理学の最新のエビデンスから解き明かす[1]

成長期待がウェルビーイングを高める

「予期的効用」:「未来」の幸せを「今」味わう

「旅行は計画を立てている時が一番楽しい」――そんな経験はないだろうか?伝統的な経済学では、人は旅行している「その瞬間」に満足感を感じると考える。しかし、行動経済学においてCaplin and Leahy (2001) が提唱した「予期的効用(Anticipatory Utility)」理論は違った考え方をする。「未来」にワクワクする(Savoring)期待を持つこと自体が、「今」の幸福感(主観的ウェルビーイング)をダイレクトに押し上げると考えるのだ。実際、脳科学の実験は、ガイドブックを眺めながらハワイのビーチに寝そべる自分を想像するだけで、日本にいるにもかかわらず、私たちの脳内にドーパミン(幸福を感じさせる物質)が溢れ出ることを明らかにしている。人間は、想像力を使って未来の喜びをタイムトラベルさせる「未来思考型」の生き物なのだ。

「トンネル効果」:現状は何も変わらなくても希望は生まれる

Albert Hirschman が提唱した「トンネル効果(Tunnel Effect)」(Hirschman & Rothschild, 1973)は、社会全体の成長期待が個人の現在のウェルビーイングに及ぼす影響を合理的に説明している。渋滞した2車線のトンネル内で、車が完全に停止している状況を想像してほしい。排気ガスに包まれ、約束の時間は迫り、イライラは頂点に達している。しかし、その時、隣の車線の車がスルスルと動き出したらどうだろう。自分の車は1mmも動いていないのに、「渋滞が解消され始めた、次は自分の車が動く番だ」という前向きな期待のシグナルを受け取っただけで、怒りは消え希望が湧いてくる。

こうしたメカニズムは、2040年の経済社会に関するSBI金融経済研究所(2026a)のアンケート[2]でも裏付けられている。この調査によれば、「2040年の生活水準が良くなる」と考えている層において、現在の幸福度(生活満足度)が高いことが示されている。特筆すべきは、この傾向が現在の所得水準に依存しない点だ。所得400万〜800万円の中間層に限定した分析においても、将来に希望を持っている人のほうが、現在の幸福度が高いという傾向が明確に観察される(図表1)。このデータが示しているのは、今お金持ちだから未来に楽観的で幸せという話ではなく、「未来が今より良くなるか悪くなるか」という期待の矢印の向きが、今の私たちのウェルビーイングの鍵を握っているという事実だ。

図表1 将来への希望と現在の幸福度(所得400万〜800万円の層)

(出所) SBI金融経済研究所(2026a)による[3]
(備考) 2040年の生活水準については、「ずっと良くなる」と回答した者が1人しかいなかったため、「どちらかといえば良くなる」とあわせて「良くなる」として集計した。

この知見はマクロ経済(社会全体)にもあてはまる。個人のウェルビーイングは現在の経済状態だけでなく将来の経済動向に対する期待にも依存する。そのため、経済が成長するのを目にすると、人々は将来の経済により楽観的な見通しを持つようになり、現在のウェルビーイングが高まる。将来に明るい希望を持つ日本人が少ない現状においては[4]、政策当局が、成長期待を醸成し、将来に希望を持てる社会を築くことは、人々のウェルビーイングを高めるうえで重要である。こうして個人の心に生まれた希望やウェルビーイングの向上は、以下で論じるように、一人ひとりの労働意欲や創造性を引き出し、それが社会全体に集積することでマクロ経済の活力(生産性向上)へとつながっていく。

ウェルビーイングが生産性を高める

「ハッピー・プロダクティブ・ワーカー仮説」

この将来への希望に起因する現在のウェルビーイングの向上は、ビジネスの現場で生産性の改善という大きなリターンを生み出す。数多くの先行研究を統合したメタ分析(Lyubomirsky et al., 2005)によれば、幸福感は仕事で成功した結果として得られるだけでなく、それ自体が生産性や創造性を高め、仕事上の成果をもたらす原因として機能することが報告されている。さらに、従業員の満足度が顧客ロイヤルティ(Customer Loyalty)の向上や離職率の低下、さらには企業の収益性や株価パフォーマンスと正の相関を持つことも実証されている(De Neve et al., 2024; Krekel et al., 2019)。

前述のSBI金融経済研究所(2026a)のアンケート調査においても、5年後に生活満足度が高いと思う人ほど、仕事に対するエンゲージメント(熱意や組織への愛着)が強いことが確認されている。ただし、この関係性は、「現状の生活満足度が高く恵まれている人ほど、将来の生活に対して楽観的であり、結果として将来の労働意欲も高い」だけかもしれない。そこで、現在の生活に満足している層としていない層に分けて分析した。図表2は現在の生活に「とても満足」「どちらかといえば満足」と回答した層のみを分析した結果である。現在の生活に満足し、幸福度が高いと考えられる層であっても、将来の生活満足度に対する期待が低ければ、労働意欲は低くなる。これは、現在の生活に不満を感じている層のみを分析しても同様である。つまり、現在の満足度にかかわらず、将来(5年後)の生活満足度に対する期待が高い人ほど労働意欲が高いという結論は変わらないということだ。

図表2 5年後の幸福度と労働意欲(現在の生活に満足していると回答した層)

(出所) SBI金融経済研究所(2026a)による。

ウェルビーイングと生産性の関係が単なる相関関係にとどまらず、ウェルビーイングの向上が生産性を高めるという因果関係は、ランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial: RCT)を用いた実証研究によって支持されている(Oswald et al., 2015)。この研究では、被験者をランダムに2つのグループに分け、片方のグループ(介入群)にだけ、チョコレートを手渡し、さらに思わず爆笑してしまうようなコメディ動画を見せた。こうしたポジティブな心理的刺激によって幸せな気分になったグループは、そうでないグループ(対象群)に比べて、直後に行われた計算タスクにおける生産性が約12%高かった。これは、被験者のスキルが向上したことによるものではなく、ポジティブな感情が脳の処理機能を一時的に活性化させた結果だ。さらに、この研究では実験室での検証にとどまらず、大規模なパネルデータを用いた追跡調査も行っており、身近な人の不幸といったネガティブなライフイベントのショックによる生産性への悪影響は、最大で約2年間にわたって持続することを明らかにしている。

「拡張-形成理論」:不安は視野を狭め、幸福は可能性を広げる

なぜポジティブな感情がこれほどパフォーマンスを高めるのだろうか。その理論的背景として、心理学の「拡張―形成理論(Broaden-and-Build Theory)」が挙げられる(Fredrickson, 1998, 2001)。この理論によると、ポジティブな感情は人の思考や行動の幅を「拡張」し、長期的な個人の資源を「形成」する作用を持つという。

人間はストレスや不安を感じると、目の前の問題に対処するのに頭がいっぱいになって視野が極端に狭くなる。逆に、幸福感や安心といった前向きな感情を抱くと、一時的に視野や脳の働きが「拡張」される。これによって、柔軟で創造的なアイデアが生まれやすくなり、新しい行動への挑戦が促される。その結果、スキルや知識などの「知的資源」、レジリエンスや自信(自己効力感)などの「心理的資源」、同僚との信頼関係といった「社会的資源」が「形成」されていく。こうして構築された資源は困難を乗り越えて成長する力となり、実現した成長が次のポジティブな感情を生むという「好循環」をもたらす。

また、ポジティブな感情によって心理的余裕ができることで自分の職務の範囲を超えて自発的に同僚を助けたり、ノウハウを共有したりする「組織市民行動(Organizational Citizenship Behavior: OCB)」が促進され、チーム全体のパフォーマンスが高まることも指摘されている(Wright & Cropanzano, 2000, 2007)。

さらに、従業員の心身の健康増進は、健康問題に起因する生産性損失を大幅に抑制する。Robertson Cooper (2025) の報告によると、ウェルビーイングが高い組織(上位20%)では、低い組織(下位20%)と比較して、病気による欠勤(アブセンティズム)が半減し、出社しているものの体調不良により業務効率が低下する「プレゼンティズム」が3分の1減少することが示されている。

日本でも、厚生労働省(2019)の『労働経済白書』や日本生産性本部(2026)による「組織のウェルビーイング指標」を用いた実証分析により、心理的安全性が高くウェルビーイング施策が充実している組織ほど、業績目標の達成率が有意に高いことが確認されている。

こうしたことから、ウェルビーイングの向上は企業の単なる福利厚生や社会的アピール(CSR)にとどまらず、将来の生産性向上という見返りを伴う合理的な人的資本投資として位置づけられるべきだと考えられる。

成長とウェルビーイングの好循環

ここまでみてきたように、実際の成長がウェルビーイングを高めるだけでなく、未来への希望が現在のウェルビーイングを高め、それが今の生産性を改善するという因果メカニズムが存在する。一人ひとりの生産性の向上がマクロ的な経済成長につながり、その成長の実感が未来への新たな希望となって、一つの自律的なサイクルを形成する。この「成長とウェルビーイングの好循環」こそが、私たちが目指すべき経済社会の核心だ。

2040年の経済社会研究会報告書」(SBI金融経済研究所, 2026b)では、2040年に向けて、人工知能(AI)をはじめとする革新的技術の社会実装が加速し、物理的な現実空間(フィジカル)と仮想空間(デジタル)が高度に融合した「進化系フィジタル経済」の到来を展望している。最先端のテクノロジーは経済の成長をけん引するだけでなく、社会課題の解決を通じて人々のウェルビーイングをダイレクトに高める。例えば、自動運転技術の普及は、MaaSMobility as a Service)などの新しいビジネスを創出すると同時に、地方における交通過疎の解消や高齢者の移動手段の確保を通じて社会的レジリエンスを強化する。こうした技術革新に伴う経済の成長とウェルビーイングの向上を目の当たりにした人々は、「私たちの社会が未来に向かって進歩している」という確かな実感を持つ。「未来は良くなる」という希望が生まれ、現在のウェルビーイングを底上げし、さらなる生産性向上へとつながる。成長の実現は再び「将来への希望」へと還流する。すなわち、経済的成果への期待が幸福を生み、その幸福が実質的な経済的成功を誘引するという好循環が完成するのである(図表3)。

図表3 成長とウェルビーイングの好循環

(出所) SBI金融経済研究所(2026b

おわりに:好循環を回すために

2040年の経済社会においては、成長かウェルビーイングかという二者択一ではなく、両者が相互に高めあう「成長とウェルビーイングの好循環」がうまく回るように社会を設計することが重要だ。そのためには、以下の3つの政策的・経営的アプローチが求められる。

第一に、持続可能な成長戦略を立て、将来に希望を持てる経済社会を築くことだ。その際、政府が特定の産業へ主導的に重点投資を行うことで一時的な期待を煽るような手法ではなく、労働市場や金融市場の構造改革を通じて資源配分の効率性(Efficiency of resource allocation)を高め、市場メカニズムを介して成長分野へヒトや資本などの生産要素が円滑に移動する環境を整備することが重要だ(SBI金融経済研究所, 2026b)。また、心理学者Snyder2002)の「希望理論(Hope Theory)」を実践する政治的リーダーシップも求められる。すなわち、明確な目標への「道筋(Pathways)」を提示し、それを実行する人々の「意思や自己効力感(Agency)」を鼓舞することだ。実現可能性の低い成長戦略は、結果として国民の失望を招き、長期的にはウェルビーイングを大きく低下させる。Fang & Niimi2017)は、将来への希望がウェルビーイングを上昇させる効果に比べ、期待が裏切られた場合の失望がウェルビーイングをより大きく低下させるという「損失回避性」の存在を実証している。

第二に、社会の「包摂性(Inclusiveness)」と「流動性(Mobility)」の確保である。経済的格差の拡大や社会の分断が深刻化している環境の下では、他者の経済的成功を「自身の将来の可能性を示す前向きなシグナル」として捉えることができず、前述のトンネル効果は機能しない。このような状況では、他者の成功がむしろ嫉妬を引き起こし、社会秩序の不安定化や経済的停滞を招くリスク(Hirschman & Rothschild, 1973)が高まる。そうならないよう、教育への機会均等の確保、再分配政策による極端な格差の是正、および労働市場の流動性向上によるリスタート可能な社会制度の設計が不可欠となる。

第三に、企業経営において、従業員のウェルビーイング向上を「投資」として位置づけるという考え方への転換である。それは、経営資源に余裕がある際にのみ支出される一時的なコストや、単なる福利厚生の枠組みとして捉えるべきではない。ウェルビーイングの向上は、従業員の認知的・心理的・社会的資源を拡大させ、組織内の構造的摩擦(離職率の上昇、アブセンティズム、プレゼンティズム)を最小化することで、中長期的な財務パフォーマンスを最大化する収益率の高い合理的な「人的資本投資」である。企業組織の内部においてこの好循環を定着させることは、不確実性が高く変化の激しい現代のビジネス環境において持続的な競争優位性を確立するための、合理的な経営戦略アプローチだと言えよう。

「未来はきっと良くなる」という希望が現在のウェルビーイングを底上げし、それが新たな成長と希望を生み出す。この「成長とウェルビーイングの好循環」をいかに回し続けるか――それこそが、2040年に向けた私たちの最大のミッションではないだろうか。


[1] 本稿は、筆者が本年3月の欧州出張の際に面談した、OECD/WISECentre on Well-Being, Inclusion, Sustainability and Equal Opportunity)のCarrie Exton氏、Fabrice Murtin氏、室屋孟門氏をはじめとする関係各位との議論に基づいている。記して感謝申し上げる。
[2] 当研究所の「2040年の経済社会研究会」の議論に資するよう、2040年の経済社会に対して人々がどのような将来展望を抱いているのか、政策についてどのような考えをもっているかを把握するために実施した調査。
[3] 図表1、図表2の分析は当研究所の難波主任研究員が担当した。
[4] イプソス幸福感調査 2025 によると、「5 年後には全体的な生活の質は今よりも良くなっていると思う」人の割合は日本が調査対象30か国中最下位となっている。


参考文献
Caplin, A., & Leahy, J. (2001). Psychological expected utility theory and anticipatory feelings. The Quarterly Journal of Economics, 116(1), 55-79.
De Neve, J. E., Kaats, M., & Ward, G. (2024). Workplace wellbeing and firm performance. Academy of Management Proceedings, 2024(1).
Fang, Z., & Niimi, Y. (2017). Does everyone exhibit loss aversion? Evidence from a panel quantile regression analysis of subjective well-being in Japan. Journal of the Japanese and International Economies, 46, 79-90.
Fredrickson, B. L. (1998). What good are positive emotions? Review of General Psychology, 2(3), 300-319.
Fredrickson, B. L. (2001). The role of positive emotions in positive psychology: The broaden-and-build theory of positive emotions. American Psychologist, 56(3), 218-226.
Hirschman, A. O., & Rothschild, M. (1973). The changing tolerance for income inequality in the course of economic development. The Quarterly Journal of Economics, 87(4), 544-566.
Krekel, C., Ward, G., & De Neve, J. E. (2019). Employee well-being, productivity, and firm performance: Evidence and case studies. Journal of Economic Behavior & Organization, 158, 542-561.
Lyubomirsky, S., King, L., & Diener, E. (2005). The benefits of frequent positive affect: Does happiness lead to success? Psychological Bulletin, 131(6), 803-855.
Oswald, A. J., Proto, E., & Sgroi, D. (2015). Happiness and productivity. Journal of Labor Economics, 33(4), 789-822.
Robertson Cooper. (2025). Good Day at Work Report.
Snyder, C. R. (2002). Hope theory: Rainbows in the mind. Psychological Inquiry, 13(4), 249-275.
Wright, T. A., & Cropanzano, R. (2000). Psychological well-being and job satisfaction as predictors of job performance. Journal of Occupational Health Psychology, 5(1), 84-94.
Wright, T. A., & Cropanzano, R. (2007). The happy/productive worker thesis revisited. Research in Personnel and Human Resources Management. 26, 263-307.
SBI金融経済研究所. (2026a). 2040年の経済社会 展望・政策アンケート.
SBI金融経済研究所. (2026b). 2040年の経済社会研究会報告書.
厚生労働省. (2019). 『令和元年版 労働経済の分析(労働経済白書).
日本生産性本部. (2026). 『「組織のウェルビーイング指標」開発・公開 概要』.

 

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