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レポート Report

少子化の深層:エリートスポーツ化する育児

―全米経済学会報告から―

日本のみならず世界中の先進国を席巻する少子化の波。G7各国の合計特殊出生率(TFRTotal Fertility Rate)は人口を維持するのに必要な2.1を大きく割り込んでいる。かつて少子化対策の成功例と言われたフランスでも、2010年に2.0を超えていたTFR2025年には1.56へと低下し、過去100年余りにおける最低水準を更新している。労働力不足や社会保障制度の限界は、もはや「未来の懸念」ではなく「現在の危機」だ。

こうした状況に対して、私たちが日々ニュースで目にする「若者の経済的不安が少子化の原因」という言説は、実は問題の表層をなぞっているに過ぎないのかもしれない。Melissa KearneyPhillip Levine20257月に公表した全米経済研究所(NBERNational Bureau of Economic Research)のワーキングペーパー“WHY IS FERTILITY SO LOW IN HIGH INCOME COUNTRIES?”は、高所得国における出生率低下の要因を、経済的な要因と社会文化的な背景の両面から多角的に分析し、これまでの常識を覆す新たな視座を提示している[1]

少子化問題を分析する上で出発点となるBecker1960)の伝統的なモデルでは、人々の選好を所与として、所得や金銭的・時間的なコストによって出生率が決まると考えられてきた。しかし、この論文は、既存研究をサーベイし、出生率の低下は単に経済的な制約によるものではなく、親になること(parenthood)の優先度が下がり、キャリア形成や自己実現、余暇の優先度が上がるという、人生における広範な選好や優先順位の構造的な変化(Shifting Priorities)を反映していると指摘している。

統計の罠:「テンポ」と「クオンタム」を見誤るな

私たちは単年度の数値であるTFR[2]に一喜一憂する「スナップショットの罠」に陥りがちだ。人口統計学には、出産時期の変動を示す「テンポ(Tempo)効果」と、生涯に持つ子供の総数を示す「クオンタム(Quantum)効果」という重要な概念がある。両者を区別し、出産行動の長期的なトレンドを把握するためには、ある時点の指標であるTFRではなく、それぞれの世代の女性の出産行動を追跡する「コーホート分析」が不可欠だ。

例えば、キャリア形成を優先し、出産のタイミングを30代前半から後半に遅らせる女性が増えても、最終的に持つ子供の数が変わらなければ、それは単なる「テンポの変化」に過ぎない。TFRが変化しても、それが出産のタイミング(テンポ)の変化なのか、一生の間に産む子どもの総数(クオンタム)の変化なのかを区別することはできない。そこで、各世代の女性が生んだ子供の数(CEBChildren Ever Born) を追跡してみると(図1)、多くの国で、1980年代半ばまでに生まれた女性が生涯に持つ子供の総数(クオンタム)に大きな変化はない。しかし、1990年前後に生まれた女性が30歳時点で持つ子供の数は、過去の世代に比べて大幅に減少しており、生物学的な妊娠のタイムリミットを考慮すると、生涯に持つ子供の総数(クオンタム)そのものが確実に減少していることが明らかになる。

図1 日本女性が生む子どもの数(世代別、年齢別)

出所)Kearney Levine2025

注目すべきは、三人兄弟が減って一人っ子ばかりになるように家族のサイズが全体的に縮小したのではなく、「子供を持たない(0人)」という選択をする層が急増している点だ。子どもを持たない女性の割合(無子率)は、1980年代半ばまでに生まれた世代では大きく変化していないが、それより後に生まれた若い世代では急増している(図2)。例えば、日本では、30歳時点での無子率は、1970年前後に生まれた世代では5割程度だったが、1990年前後に生まれた世代では65%程度と3割程度上昇している。

図2 子どもを持たない日本女性の割合(世代別、年齢別)

出所)Kearney Levine2025

日本のボトルネック:高すぎる「ステップ0から1」のハードル

ここで、日本とポルトガルの興味深い比較を見てみよう。両国の最終的な出生率[3]は似通っているが、その構造は対照的なのだ。

日本では、1970年前後生まれの世代における無子率が27%に達しており(前掲図2参照)、ポルトガルの12%(1970年代後半生まれの世代)に比べて圧倒的に高い。しかし、第一子を出産した女性が第二子を出産する確率は30歳時点で約20%と高い水準を維持している(図3)。対照的にポルトガルでは、とりあえず1人目の子どもを持つ人が多いが、2人目を持つ確率は10%未満と極めて低い。

図3 第1子を持つ日本女性の第2子出産確率(世代別、年齢別)

出所)Kearney & Levine2025

つまり、日本における出生率向上のボトルネックは、1人目から2人目の「追加」ではなく、「結婚し、経済的基盤を確立して1人目を持つ」という「ステップ0から1」への移行にある。婚外子の割合がわずか2%程度の日本において、結婚という高いハードルをクリアしたカップルは比較的経済的に安定しており、そのまま2人目を持つ余裕がある。一方、未婚率は上昇しており、そもそもそのレールに乗れない層が膨大に存在し拡大しているのだ。

少子化対策の限界:「現金給付」は効かない

「お金がないから生めない」、これは一面の真実だ。ミクロレベルの因果関係の分析によれば、予期せぬ所得増加は出生率を押し上げることが確認されている。子どもは経済学がいうところの正常財(normal good)なのだ。先行研究のメタ分析によれば、世帯所得の10%に相当する現金給付は出生率を短期的に押し上げる効果がある(Stone, 2020)。しかし、その効果は0.54.1%程度と大きくない。しかも、長期的な有効性は疑問視されている。例えば、宝くじの高額当選者を対象とした追跡調査によると、多額のお金を手にした人々は、当選直後の1年間は出産確率が上がるが、5年間の長期的スパンで観察すると、最終的な子供の数は当選しなかった人と変わらなかった(Bulman et al., 2022)。

この知見は、お金によって「出産のタイミング(テンポ)」は早まるものの、「人生で持つ子供の総数(クオンタム)」を増やす決定打にはならないことを示唆している。現金給付だけで少子化を反転させることは困難なのだ。これは、Becker and Lewis1973)の「子どもの量と質の代替(quantity-quality trade-off)」モデルが示すように、現代の親は、増えた予算を「子供の人数(量)」ではなく、「1人の子供への教育投資(質の向上)」に回してしまう傾向があるからだ。

したがって、児童手当や税額控除といった経済的インセンティブの付与は、出生率に対して一定のプラスの影響を与えるものの、その効果は限定的であり、膨大なコストがかかる非効率な政策手段であると言えよう。

さらに、育児休業の延長や保育園の増設は、仕事と育児の両立を助け、出産タイミングを前倒しする「テンポ効果」はあっても、最終的な子供の総数を増やす「クオンタム効果」には繋がりにくいと評価されている。

優先順位の根本的シフト:育児の「エリートスポーツ化」

こうした先行研究を総合し、Kearney and Levine (2025) は「高所得国における出生率の低下は、経済的要因では十分に説明できない」と結論づけている。そこで着目するのが人々の「優先順位のシフト(Shifting Priorities)」だ。近年の意識調査によれば、人生を充実させるうえで、多くの人が「仕事の満足度」や「余暇時間」、「友人関係」を「結婚」や「子どもを持つこと」よりも重要視している(Parker and Minkin, 2023)。人々の内面で親になることの優先順位が相対的に低下しているのだ。

現代の労働市場は、「強欲な仕事(Greedy Work)」へと変貌したとGoldin (2021)はいう。最近ではワークライフバランスが声高に叫ばれ、育児休業などの制度が整えられ、フレックスタイムやテレワークなどの柔軟な働き方の導入が進んでいる。しかし、特に高い報酬を得られる仕事では24時間365日の対応が求められ、仕事に全力を注げる人が圧倒的に高く評価されるという本質は変わっていない。仕事の要求水準が上がりすぎた結果、そこに育児が入り込む隙間はなくなっている。少しでも育児のためにブレーキを踏めば、単にその分の給料が減るだけではなく、昇進コースから脱落してしまうという恐怖が人々を支配している。特に、女性に対する「育児ペナルティ(child penalty)」は深刻だ。女性は出産後に収入が大きく低下し、それが一生涯続く傾向があるのだ(Kleven et al., 2024)。同時に、育児の規範も劇的に変化し、それに追い打ちをかける。膨大な時間とお金、精神的エネルギーを注ぎ込む「集約的育児(Intensive Parenting)」が標準となり、「完璧な親」を演じることが求められる。

この「強欲な仕事」と「集約的育児」の両立を迫られる状況下で、育児はもはやみんなが参加する「マススポーツ」ではなく、莫大な資源とコミットメントが必要な「エリートスポーツ」と化してしまっている。学習塾、ピアノ教室、スイミングスクール・・・子供の教育に最高の環境を整えるためには、膨大なコストが必要になる。さらに、SNSを開けばキャラ弁を手作りし、習い事の送迎に奔走する教育熱心な親の姿が溢れ、少しでも手を抜けば「親としての失格」という無言のジャッジを下される。一方で、独身や子供のいない同世代の人々は海外旅行や洗練された趣味を楽しんでいる。子供を持つことの「機会費用」が大きくなっている。子供を持つことの代償が、直接的なお金の負担だけでなく、自己のアイデンティティや自由な生活を失うこととしてのしかかるようになった。その結果、このような過酷な「競技」へのエントリーを、多くの若者が合理的に回避し始めているというのだ。特に、子育ての負担の多くが女性に偏る日本のようなジェンダー不平等な社会構造では、この傾向がより顕著に現れる。

まとめ:日本への政策的インプリケーション

6月4日に発表された人口動態統計(概数)によると、2025年の日本のTFR1.1410年連続で低下し過去最低を更新した。国立社会保障・人口問題研究所が2023年に公表した将来人口推計は、メインシナリオ(中位推計)のTFR1.25と想定していたが、実績値は悲観シナリオ(低位推計)の1.10に近い水準で推移している。パンデミック以降、日本の少子化は加速している。

Kearney and Levine (2025)が導き出した冷徹な結論は、少子化は単なる経済問題ではなく、私たちが何を高く評価するのかという価値観と優先順位の地殻変動の結果だということだ。そのため、一時的な現金給付といった対症療法では、若者の「規範」つまり「どう生きるべきか」という根本的な価値観を変えることはできず、長期的な少子化の波を覆すことはできない。この分析結果から私たちは何を学び取るべきか。

第一に、現在の社会規範の前提となっている経済構造の抜本的な改革を進めることだ。少子化の根本的な解決には、若い世代がキャリア形成の初期段階において、子供を持つことが自分の人生設計と両立できるような制度的な枠組みを整えることが不可欠である。これには、正社員と非正規雇用労働者の間にある不合理な待遇格差の是正、徹底した時間管理のもとで労働の成果や効率性を評価する仕組みへの移行、そして固定的な性別役割分担の打破など、広範な労働市場の構造改革が求められる。

第二に、現在の少子化対策を見直すことだ。こども家庭庁の2026年度当初予算の総額は約7.5兆円と巨額であるが、その過半は児童手当(約2.1兆円)、育児休業等給付(約1.9兆円)などの世帯への直接給付に充てられている。しかし、個人の優先順位や社会規範が変化した現代において、無理に子どもを増やそうとして給付を増やしても効果はなく、むしろ無駄な資源投入となって財政赤字が拡大し、将来世代の負担を増やしてしまう。

第三に、人口の減少を前提としてそれに適応する戦略(スマートシュリンク)に重点をシフトすべきだ。少子化対策によって強引に人口減少を食い止めるのではなく、人口が減少しても住民の生活の質(QOL)や幸福度(ウェルビーイング)を維持・向上できる体制を構築することが求められる。具体的には、コンパクトシティへの移行、行政機能や公共施設の統廃合と広域化、デジタル技術を活用した行政サービスの効率化などに資源を重点配分すべきだ。


[1] 本稿は筆者が参加した本年1月の全米経済学会におけるMelissa Kearney教授(米Notre Dame大学)の講演 Recent Developments in the Economics of Fertility in High-Income Countries”とその後の議論をもとにしている。
[2] TFRは、現在の年齢別出生率を用いて、一人の女性が一生の間に産む子どもの数を表す指標。
[3] 女性が生涯に持つ子どもの数は、日本では1.48人(1968年から1972年生まれ)であるのに対し、ポルトガルでは1.59人(1976年から1977年生まれ)と大きな差はない。


(参考文献)
Becker, Gary S. 1960. “An Economic Analysis of Fertility.” NBER Chapters, 209–40.
Becker, Gary S., and H. Gregg Lewis. 1973. “On the Interaction between the Quantity and Quality of Children.” Journal of Political Economy 81 (2): S279–88.
Bulman, George, Sarena Goodman, and Adam Isen. 2022. “The Effect of Financial Resources on Homeownership, Marriage, and Fertility: Evidence from State Lotteries.” Working Paper. Working Paper Series. National Bureau of Economic Research. https://doi.org/10.3386/w30743.
Goldin, Claudia. 2014. “A Grand Gender Convergence: Its Last Chapter.” American Economic Review 104 (4): 1091–1119. https://doi.org/10.1257/aer.104.4.1091.
Kearney, Melissa S., and Levine, Phillip B. 2025. “WHY IS FERTILITY SO LOW IN HIGH INCOME COUNTRIES?” Working Paper Series. Cambridge, MA: National Bureau of Economic Research. http://www.nber.org/papers/w33989.
Kleven, Henrik, Camille Landais, and Gabriel Leite-Mariante. 2024. “The Child Penalty Atlas.” The Review of Economic Studies, October, rdae104. https://doi.org/10.1093/restud/rdae104.
Parker, Kim, and Rachel Minkin. 2023. “Public Has Mixed Views on the Modern American Family.” Pew Research Center (blog). September 14, 2023. https://www.pewresearch.org/social-trends/2023/09/14/public-has-mixed-views-on-the-modern-american-family/.
Stone, Lyman. 2020. “Pro-Natal Policies Work, But They Come With a Hefty Price Tag.” Institute for Family Studies. 2020. https://ifstudies.org/blog/pro-natal-policies-work-but-they-come-with-a-hefty-price-tag.

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