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レポート Report

「わからない」が阻む資産運用立国への道

―「自信」を育む金融教育を―

なぜ私たちは投資をためらうのか?

近年のインフレにもかかわらず低金利が続き、家計の手元にある現金や銀行口座にある預金の実質的な価値はどんどん目減りしている。資産の購買力を維持するためには、株式などのリスク資産に資金をシフトさせるのが合理的だ。新NISA制度が始まって2年が経ち、日本人の投資意欲はかつてないほど高まっているようにも見える。しかし、現実には、多くの人々が依然として株式市場に参加せず、現預金に偏った資産構成を維持している。

個人の株式市場への参加率が標準的なポートフォリオ選択モデルの予測よりも低い現象は、経済学では「株式市場参加パズル(Stock Market Participation Puzzle)」と呼ばれている。SBI金融経済研究所が実施している「次世代金融アンケート」は、日本(約1万人)、米国、ドイツ、中国(各4千人)の4か国合計2万2千人を対象として、個人の資産選択行動を調査している。2025年秋の調査によれば、国内株式に投資したことのある人の割合は、米国でも6割にとどまっており、日本では4割と一段と低い水準にある。

なぜ、私たちは投資をためらうのだろうか?SBI金融経済研究所が2026年2月に公表したワーキングペーパー"Revisiting Financial Literacy and Stock Market Participation"Nakazono et al., 2026)が明らかにしたのは、投資を阻んでいるのは、単なる「知識の不足」ではなく、人々の心理の奥底に潜む「自信(Confidence)のなさ」であるという事実だ。

「わからない」は単なる無知ではない:データに潜む「自信のなさ」

本研究が注目したのは、金融リテラシーに関する質問に対する「わからない(Don’t KnowDK)」という回答だ。「次世代金融アンケート」では、金融リテラシーを測るために、4つの基本的な質問をしている。「単利の計算」、「複利の計算」、「インフレと実質金利の関係」、「リスク分散の概念」である。すべての質問にDKの選択肢が用意されている。

金融リテラシーを分析する際、DKという回答は単なる「不正解(0点)」として扱われることが多い[1]。しかし、DKを選択する人には、明確な特徴がある。図表は、国別、男女別にDKと回答する人の割合(DK回答率)をみたものだ。一見して、ジェンダーギャップが顕著である。女性は男性に比べてDKを選ぶ傾向が強いのだ。例えば、日本の「リスク分散」に関する質問をみると、男性でDKを選んだのは約45%だが、女性は約63%にのぼる。この傾向は米国やドイツでも同様だ。また、この図表からは、日本は他国に比べてDK回答率が高い、中国はDK回答が少なく性別による差がみられない、「実質金利」や「リスク分散」といった抽象的な概念に関する設問においてDK回答が多い、といった特徴もみてとれる。

金融リテラシーに関する質問に「わからない」と回答した者の割合

(単位:%)

設問タイプ 日本 米国

ドイツ

中国

女性 男性 女性 男性 女性 男性 女性 男性
単利計算

29.3

19.7

15.4

8.4

14.1

7.1

14.9

17.6

複利計算

31.0

20.7

17.3

8.9

14.5

8.0

7.0

7.8

実質金利

67.0

41.7

37.1

20.5

33.1

19.0

10.1

9.0

リスク分散

62.8

44.5

35.8

18.5

28.4

16.6

12.0

11.5

出所)Nakazono et al. (2026)

 

DKを選択する人の特徴を統計的に分析してみると、性別や国籍による違いだけでなく、DK回答を選択する傾向が強いのは、より年齢の低い人、教育水準や所得が低い人、未来の利益のために今を耐える忍耐強さがない人、リスク許容度が低い人であることがわかった。つまり、DKを選ぶという行動は、個人の属性や選好と密接に関連しているということだ。このことは、DKという回答が、単なる知識の欠如を示しているわけではなく、各国の制度や文化、個人の心理に根ざしていることを示唆している。

Bucher-Koenen et al. (2025)は、DK 回答が、純粋な金融知識の欠如というよりも、多くの場合、「自信のなさ」を反映していることを明らかにしている。「これが正解かもしれない」と思っても、「確証がない」とか「間違えたら恥ずかしい」という理由で回答を避けDKを選ぶ人が多いのだ。

「わからない」を無視するとデータは嘘をつく

本研究は、金融リテラシーを測定する際に、これまでのようにDK回答を単なる「不正解」として集計してしまうと、金融知識そのものが株式投資行動に与える影響を過大評価してしまうことを明らかにしている。

なぜこのような歪みが生まれるのだろうか?これは、「自信のなさ」という変数を考慮しないことによって生じる「省略変数バイアス(Omitted Variable Bias)」と呼ばれる問題だ。

金融知識を表すと考えられている「金融リテラシースコア」は、これまで、DK回答が表している「自信のなさ」をただのノイズとして無視し、単純に「テストの点数が高い人=知識がある人」として算出されてきた。しかし、同じ程度の金融知識を持っていたとしても、自信たっぷりに正解を回答する人もいれば、謙虚にDKと答えて不正解と同様に扱われる人もいる。そのため、私たちが「金融リテラシースコア」と呼んでいるものには、純粋な「金融知識」だけでなく、それに対する「自信」の影響が紛れこんでいたことになる。もしこの「自信」という要素を切り離さず、単にテストの点数(金融リテラシースコア)で株式市場への参加確率を推計しようとすると、金融リテラシースコアの係数は真の「金融知識」の効果だけでなく「自信」の効果も吸収してしまう。これまで「あの人は金融知識が豊富だから投資をしている」と信じてきたことの多くの部分が、実は「あの人は自分には金融知識があるという自信を持っているから投資に踏み出せた」という事実を取り違えて評価していたことになる。そのため、金融知識が投資行動に与える影響を実際の効果よりも大きく見積もってしまっていたのだ。

さらに、本研究は、過去に投資経験があるが現在は株式を保有していない人を含めて分析すると、サンプル選択バイアスを生み、金融リテラシーの株式投資に与える影響を過小評価してしまうことを明らかにしている。日本の高齢者のケースを考えてみるとわかりやすい。バブル世代の高齢者の中には、過去の活発な投資経験を通じて、高い金融リテラシーと強い自信を身につけた人たちがたくさんいる。しかし、彼らは現在リタイアしており、資産を取り崩すフェーズに入っている。金融知識と自信を持ちながらも、ライフステージの必然的な理由で株式を保有しない人のいるこれらの層をサンプルに含めると、金融リテラシーと株式市場への参加の相関が希薄化する。このように、金融リテラシーが株式投資に与える影響を計測する際、投資経験が金融リテラシーに与える影響を排除するためには、過去の投資経験者で現在は株式を保有していない人をサンプルから除外して分析することが望ましい。

それでも金融知識は株式市場参加を高める

それでは、DK回答が含む「自信のなさ」の影響を考慮に入れ、さらに「過去の投資経験者」によるノイズも取り除いた、いわばクリーンなデータを用いた場合でも、金融知識は株式投資を促すといえるのだろうか。

本研究は、これを二つの側面から分析している。一つは株式市場に参加していない人が投資の第一歩を踏み出すかどうかという「エクステンシブ・マージン(Extensive Margin)」、もう一つはすでに投資している人が株式市場に金融資産をどれくらい回すかという「インテンシブ・マージン(Intensive Margin)」だ。

前者のエクステンシブ・マージンについてみると、金融リテラシースコアのみを用いたモデルにDK回答数を制御変数として加えると、DK回答数の係数はマイナスとなり、金融リテラシースコアの係数は低下する。このことは、DK回答が「自信のなさ」という、知識そのものとは異なる参加障壁を捉えていることを示唆している。「自信のなさ」こそが、投資を阻む「見えない壁」となっていたのだ。また、「自信のなさ」の影響を取り除いて推計された金融リテラシースコアの係数をみると、「金融リテラシースコアが1標準偏差高まると、株式市場への参加確率は67%ポイント上昇する」という関係が明らかになった。この傾向は文化や制度、株式市場の歴史が異なる日本、米国、ドイツ、中国の4か国すべてで共通している。したがって、「知識が投資行動を促す力を持つ」というのは間違ってはいないのだ。なお、DK回答数を用いる代わりに、DK回答を「不正解」よりもさらに低い、「-1」としてスコア化した金融リテラシースコアを用いて分析しても、金融リテラシーが株式市場への参加を促す効果が確認できた。

次に、インテンシブ・マージンについてみるため、すでに株式市場に参加して投資を行っている層に限定して分析すると、金融リテラシースコアが高いほど、保有資産に占める株式の割合が高くなる傾向があることが明らかになった。さらに、DK回答数を制御してもこの定性的な関係は変化せず、金融知識が株式へのより積極的な資産配分につながることが確認できた。

適切な知識は、不確実な市場に対する恐れをやわらげ、合理的なリスクテイクを促す力となることに変わりはない。

「自信」を育む金融教育を

本研究は、人々の金融リテラシーと投資行動との関係を定量的に評価するにあたって、金融リテラシーの測定方法とサンプル選択が結果に大きな影響を与えることを明らかにした。そして、DK回答に象徴される「自信のなさ」という省略変数や「過去の投資経験者」によるサンプルバイアスを明示的に考慮する必要があり、それらを適切に考慮したとしても、金融知識が株式投資への参加やポートフォリオ配分を高める重要な決定要因であることを再確認した。

そのうえで、金融リテラシーの裏に隠れた「自信」という心理的側面がいかに重要であるかを浮き彫りにした。株式市場への参加を促すには、金融知識があるだけでは不十分であり、「わからない」という不安を取り除くための「自信の構築」が不可欠だ。

この結果は、今後の金融教育のあり方にも重要な示唆を与える。

第一に、従来の座学中心の金融教育にとどまらず、「実践による学習(Learning-by-doing)」をセットで行うことが重要だ。「習うよりも慣れろ」という言葉は投資の世界でも真理だ。株式市場に参加した経験がある人は、金融知識を蓄積するだけでなく、自身の金融理解に対する自信を高め、株式投資に積極的になると考えられる。ポイント投資や少額投資の促進、シミュレーション体験の提供といった視点を公的な支援や教育に組み込むことで、小さな成功体験を積み上げ、投資への心理的バリアを取り除くことができる。

第二に、パーソナライズされたアドバイス機能の強化が有効だろう。自分自身の金融リテラシーを可視化し客観的に評価する機会を提供することで、自らの判断に対する自信を補強することができる。また、個別の金融商品の手数料やリスクをわかりやすく「見える化」し資産運用への実践的なアドバイスを提供することによって、金融商品が「多すぎて選べない」状態を「選べる実感」を持てる環境に変えることが必要だ。日本でNISAが成功した理由の一つに対象商品の絞り込みと選びやすさがあり、これも「多すぎて選べない」問題の解決が寄与したものと言えよう。

第三に、ターゲット別のアウトリーチが必要だ。特に、女性は高い知識を持っていたとしても「自信のなさ」ゆえに投資を控える傾向が顕著である。その心理的特性に配慮した情報発信を行うことで、投資の第一歩を踏み出す「勇気」を後押しすることができる。

投資を阻むのが「知識の欠如」という頭脳の壁ではなく、「自信のなさ」という心の鎖であるならば、金融知識という武器を与えると同時にそれを使う「勇気」と「自信」をどう育むかが重要となろう。投資への第一歩は、膨大な教科書を読み解くことではなく、少額からでも「実際に経験し、自分の中の『わからない』と向き合うこと」ではないだろうか。個人の心理的障壁を理解し、実体験を通じて自信を育むアプローチこそが、資産運用立国の実現における真の鍵である。

[1] DK回答を除外して集計することもあるが、DK回答に含まれる情報を分析に反映しない点では同様であり、本稿の結論に影響はない。



参考文献
Bucher-Koenen, Tabea, Rob Alessie, Annamaria Lusardi, and Maarten van Rooij (2025). “Fearless Woman: Financial Literacy, Confidence, and Stock Market Participation.” Management Science 71(9), 7414–7430.

Nakazono, Yoshiyuki, Minoru Masujima, Ryoichi Namba, Jun Takahashi, and Kento Tango (2026)."Revisiting Financial Literacy and Stock Market Participation: The Role of Don’t Know Responses and Selection Bias," SBI-FERI Working Paper E-2.

「次世代金融アンケート」(各年版)SBI金融経済研究所

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