2025年11月25日
国際収支関連統計と暗号資産 ―統計が変える暗号資産の見え方―
国際収支関連統計での暗号資産の位置づけ
暗号資産は、一部の投資家や技術者だけの関心事ではなくなり、広範な金融経済活動に組み込まれつつある。2025年3月に内容が確定した国際通貨基金(IMF)のIntegrated Balance of Payments and International Investment Position Manual, Seventh Edition(以下、BPM7)では、暗号資産の分類が初めて明確化され、国際収支関連統計(国際収支統計、対外資産負債残高)における位置づけが整理された。
国際収支関連統計は国民経済計算(System of National Accounts:SNA)とも連動している。このため、今次の見直しは暗号資産がSNAに取り込まれ始めることを意味している。また、暗号資産規制など国際的な制度対応と統計の整備は相互補完的に進展する。IMFの統計見直しの動きは、制度対応の進展と今後の動向にも関係しており、この点でも重要な意味を持つ。
このように、BPM7は、2009年に公表された(2008年に内容が確定した)BPM6以来の大幅な改訂版であり、暗号資産の分類を初めて明確化した点に加え、その影響が国際収支関連統計の見直しに止まらない点が注目される。IMFは2025年7月に公表した解説文書(Release of New Standards for Macroeconomic Statistics (BPM7))において、今回の改訂の背景として、対外セクターの持続可能性、グローバル化、金融イノベーションとデジタル化(暗号資産関連)の3点を挙げており、暗号資産の急速な成長が国際統計の見直しを促したことがうかがえる。
統計が変わることの意味
統計見直しは単なる分類整理にとどまらず、制度的な認知の進展を意味するものである。本稿では、IMFが各種の暗号資産やステーブルコイン、中央銀行デジタル通貨(CBDC)などをどのように整理したかを紹介し、その含意についても簡単に触れる。また、当研究所が実施した暗号資産等の大規模アンケート調査によって把握された保有状況を整理し、IMFの新分類とあわせて暗号資産の現在地を描き、実態理解に資する視点を提供することも目的とする。
もっとも、暗号資産の全体像を統計で完全に把握することは、原理的に不可能である。匿名性や技術的な特性により、統計の網から漏れる部分は無視できない。しかし、統計で把握できる部分もある。そして、何が捕捉できて何が捕捉できないかは十分に知られてはおらず、またその境界は時代とともに変化する。本稿では現時点での状況を整理した。
暗号資産の分類:通貨か資産か
暗号資産とは、通貨なのか、それとも資産なのか―この問いは、暗号資産の二面性(通貨的側面と資産的側面)から生じている。例えば、ビットコインは日本国内でも一定の条件下で、家電量販店や飲食店、ネットショップなどでの決済に使われる場面もある。一方で、価格変動が大きく、外部要因(例:著名人の発言、規制動向)の影響を受けることが知られており、投機的な側面も強い。
こうした利用実態は、資金決済に関する法律(以下、資金決済法、国内法に基づく制度的分類を提供)に反映されており、法定通貨との価値連動性、償還義務の有無、利用目的・使用範囲に応じて、「電子決済手段」(一定の要件を満たすステーブルコインなど)、「暗号資産」(ビットコインなど)、「前払式支払手段」(利用者から前払いされた対価をもとに発行され、利用可能範囲が限定されているゲーム内通貨など)に分類されている。電子決済手段と暗号資産は「代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができ、不特定の者を相手方として購入・売却を行うことができる財産的価値であり、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの」であるが、前者が法定通貨の価値と連動し、発行者が償還義務を負う一方、後者はこうした特徴を持たないという違いがある。
なお、金融庁金融審議会「暗号資産制度に関するワーキング・グループ」では、暗号資産投資を巡る課題への対応として、暗号資産を資金決済法ではなく金融商品取引法の規制枠組みの対象とする方向で検討している。
一方、米国では、2025年7月に成立したGENIUS法(Guiding and Establishing National Innovation for U.S. Stablecoins Act)によってステーブルコインに関する法整備が進んでいる。このほか、審議中のCLARITY法案(Digital Asset Market Clarity Act)、Anti-CBDC法案(Anti-CBDC Surveillance State Act)によって、デジタル資産に対する包括的な規制枠組みの構築を図っている。GENIUS法については、当研究所の中山が詳細解説を行っている。
また、欧州では、2024年から段階的に適用が開始されているMiCA(Markets in Crypto-Assets Regulation)によって、ステーブルコインを含む広範な暗号資産を対象とした規制枠組みが導入されている。
BPM7での分類法
BPM7では、こうした制度的分類と重なる部分もあるが、分類の軸としては、対応する負債の有無、および交換手段としての設計に着目しており、暗号資産を「金融資産」と「非生産非金融資産」に整理している(「対応する負債の有無」はwith/without a corresponding liabilityと記述されており、発行主体の有無や償還義務が判断材料となる)。対外資産負債残高の計上対象となるかどうかは、「金融資産」に該当するか否かによって決まる。
なお、「非生産非金融資産」とは、生産活動(財やサービスの生産)の結果として生み出されたものではない資産であり、天然資源、経済資産として認識される契約・リース・ライセンス、マーケティング資産などが該当する。
制度的分類と統計的分類には、分類軸の違いに起因する差異があり、暗号資産であっても取扱いが異なる場合がある。図表1~3は、主な暗号資産や関連する取引について、BPM7上の分類と必要に応じて資金決済法上の分類を簡便にまとめたものである。
|
暗号資産の種類 |
対応する |
設計目的 |
BPM7上の分類 |
資金決済法上の主な分類 |
|
ビットコイン、イーサリアム(償還義務なし暗号資産) |
なし |
汎用交換手段 |
「非生産非金融資産」として資本移転等収支に計上 |
暗号資産 |
|
分散型/アルゴリズム型ステーブルコイン |
なし |
価値安定型交換手段 |
「非生産非金融資産」として資本移転等収支に計上 |
暗号資産 |
|
法定通貨担保型ステーブルコイン(一般交換媒体として設計され、償還義務あり) |
あり |
価値安定型交換手段 |
「対応する負債を持つ、一般的な交換手段として設計された暗号資産」(「現・預金」のサブカテゴリー)として金融収支に計上 収益は経常収支(第一次所得収支)に計上 |
電子決済手段 |
|
特定プラットフォーム内でのみ使用される交換手段(償還義務なし) |
なし |
特定プラットフォーム内交換手段 |
「非生産非金融資産」として資本移転等収支に計上 |
前払式支払手段(事業者規模に応じた発行保証金の供託義務が存在。対応する負債の有無の判断材料となる) |
|
特定プラットフォーム内でのみ使用される交換手段(償還義務あり) |
あり |
特定プラットフォーム内交換手段 |
「債務証券」として金融収支に計上 収益は経常収支(第一次所得収支)に計上 |
|
|
将来の特定の商品・サービスへのアクセスを提供するユーティリティトークン(一般的に流通可能) |
あり |
将来の商品・サービスへのアクセス権 |
「債務証券」として金融収支に計上 収益は経常収支(第一次所得収支)に計上 |
暗号資産 |
|
参考)中央銀行デジタル通貨(CBDC) |
あり |
公的交換手段 |
「通貨」(「現・預金」のサブカテゴリー)として金融収支に計上 CBDCは通常無利息設計だが、利息付設計の場合の収益は経常収支(第一次所得収支)に計上 |
― |
図表1:主な暗号資産に関するBPM7上/資金決済法上の分類
出所)資金決済法、BPM7を踏まえて筆者作成(以下同じ)。
注1)統計の項目名称は、財務省・日本銀行の表記(BPM6ベース)に基づいており、BPM7の直訳とは異なる場合がある。
注2)本表は代表的な暗号資産の分類例を簡便に整理したものであり、実際の運用においては、発行体の構造や利用形態、法的解釈などにより例外的な扱いがなされる場合がある。
|
対応する負債 |
汎用交換手段 |
価値安定型交換手段 |
特定プラットフォーム内交換手段 |
|
あり |
―― |
法定通貨担保型 ステーブルコイン |
償還義務あり |
|
なし |
ビットコイン、 イーサリアム |
分散型/アルゴリズム型ステーブルコイン |
償還義務なし |
図表2:対応する負債の有無と設計目的による主な暗号資産の整理
|
暗号資産に関連する取引 |
BPM7上の分類 |
|
暗号資産デリバティブ |
「金融派生商品」として金融収支に計上 |
|
セキュリティトークン |
発行主体に対する請求権の性質に応じて「持分証券」「債務証券」「金融派生商品」として金融収支に計上 (金融派生商品を除く)収益は経常収支(第一次所得収支)に計上 |
|
非代替性トークン(NFT) |
NFTが与える権利の種類に応じて計上 (1)所有権を付与せず、個人的な使用のみを許可するNFT(例:デジタルアートの個人観賞用の表示権)は経常収支(サービス収支)に計上 (2)制限された所有権を付与するNFT(例:デジタルアートの共有所有権)は「非生産非金融資産」として資本移転等収支に計上 (3)完全な所有権を付与するNFTはNFT自体ではなく、そのNFTが証明する「基となる資産」に基づいて計上 |
|
マイナー/バリデーターによって提供される暗号資産取引の検証サービス(例:ステーキング、クラウドマイニング、プールマイニング) |
経常収支(サービス収支)に計上 |
図表3:暗号資産に関連する取引のBPM7上の分類
注)暗号資産の貸付から生じる収益は、慣行により利子として計上されると整理されているが、本件は国際収支関連統計とSNAの共同リサーチアジェンダに含まれており、今後の検討が見込まれる。
SNAへの反映
前述のとおり、BPM7はBPM6以来の大幅な改訂版であり、暗号資産の分類を初めて明確化した点で注目される。国際収支関連統計は、SNAにおける海外部門に対応し、BPM7の改訂はSystem of National Accounts 2025との整合性も図られている。
これにより、概念上、暗号資産の保有額はSNAの資産負債勘定に計上され、国富(国全体の資産負債の残高)に反映される形となっており、暗号資産に関連した金融経済の「見える化」が一層進み、一国としての暗号資産の保有状況をより明確に把握可能となる点で意義がある。
国際的な制度対応と統計整備
暗号資産規制など国際的な制度対応は、統計整備に先行して進められている。制度対応によって統計捕捉が可能になる一方、統計整備の進展が制度対応基盤の強化にも繋がり、相互補完的に機能する。このため、国際的な制度対応の進行状況を押さえておく必要がある。以下に、制度対応の主な時系列を示す。
- FATF「暗号資産及び暗号資産交換業者に対するリスクベース・アプローチに関するガイダンス」(Updated Guidance for a Risk-Based Approach to Virtual Assets and Virtual Asset Service Providers)(2021年11月改訂)
- FSB「暗号資産関連の活動・市場に関する規制・監督・監視のためのハイレベル勧告」(High-level Recommendations for the Regulation, Supervision and Oversight of Crypto-asset Activities and Markets)(2023年7月)
- IMF・FSB「統合文書:暗号資産に関する政策」(IMF-FSB Synthesis Paper: Policies for Crypto-Assets)(2023年9月)
- BIS「暗号資産エクスポージャーに係るプルデンシャルな取扱い」(Prudential treatment of cryptoasset exposures)(2025年1月実施開始)
BISはCBDCには前向きな姿勢を示す一方、暗号資産には慎重な評価を続けている。特にステーブルコインについては、「国境を越えた仮名性」によって従来の規制原則(「同じ活動・同じリスクには同じ規制を適用する」)が通用しづらいことを指摘している(BIS Bulletin No.108、2025年7月)。
暗号資産は、設計思想や技術に起因する脆弱性を抱え、保有者保護やインフラ提供者の安全性に課題を有している。その資産特性や、保有者の集中度・行動特性などに起因する資産価格暴落や暴騰といったリスク管理上の困難さもある。
現状では発行体が開示する情報に基づく分析が主流で、保有者側の視点は十分に反映されていない。制度対応と統計整備は相互補完的な関係にあり、統計整備が保有状況の把握を可能にすることで制度対応の実効性を高めていくことが可能となる。また、保有者の動機や売買行動の理解も重要な課題となっている。
アンケート調査の意義
実際に暗号資産が経済活動にどの程度浸透しているかを統計で定量的に捉えるには、統計整備がこれから検討される段階にあるため、時間と課題を要する。この統計と実態とのギャップを埋める役割を果たすのが、保有者の行動を直接把握するアンケート調査である。
当研究所によるアンケート調査(次世代金融アンケート2024)は、日本、アメリカ、ドイツ、中国を対象に、従来の金融商品である「株式、社債、FX」に加えて、デジタル金融商品である「暗号資産、ステーブルコイン、セキュリティトークン、NFT」といった新しい金融商品に関して調査を行っている。調査項目には、回答者属性(性別・年齢・年収)、金融商品の認知度・投資経験・認識、金融リテラシーやリスク選好度が含まれる。対象者数は、日本10,000人(デジタル金融商品保有経験者を含めると14,000人)、その他3か国12,000人と、デジタル金融商品を対象とした調査としては過去最大規模である。
アンケート調査の結果等から、以下の特徴が見える。
- デジタル金融商品保有者は、日本を含め各国とも若年層、男性、高学歴、高所得層に多い。
- 暗号資産投資経験者の割合は、日本が10.8%であるのに対し、米国が36.7%、ドイツが29.7%、中国が37.4%であった。日本では、ここ1年間に投資を開始したとする人が25.6%と他国比多かったことを踏まえると、今後の増加の余地がある。
- 暗号資産保有者の保有金額別の割合(日本)は、1万円未満が最多となっており、1万円以上5万円未満、5万円以上10万円未満、10万円以上50万円未満、100万円以上500万円未満がほぼ同程度。
- 暗号資産の取得・保有目的の割合(日本)は、長期投資が41%、短期投資が30%と投資運用が主流。商品・サービスの購入代金の支払い手段(13%)や送金(9%)、勉強(16%)や暗号資産コミュニティへの参加(11%)といった、利便性や好奇心に基づく目的も見られた。
同アンケート調査は個人を対象としたものであるが、企業保有についても、日本のIT・ゲーム関連企業で資産分散やインフレ・通貨リスクヘッジ、株主価値向上といった目的での暗号資産保有が増加しており、財務報告やIR資料などを通じてその実態が明らかになっている(デジタル資産トレジャリー戦略)。しかし、統計として把握される状態には至っていない。
個人、企業とも暗号資産を保有している経済主体は一定数存在しており、かつ増加傾向にあると推測されるが、その捕捉は、統計整備以前に何らかの形で一部を計測する試みの段階にあると言わざるを得ない。
BPM7導入に向けた課題
今後、日本を含め各国では、原データの入手可能性と品質、報告負担、統計全体に与える影響などを鑑みて、統計整備の検討が進められる見込みである。例えば、ブラジル中央銀行では、BPM7公表に先立ってブログ記事(Tratamento de criptoativos no balanço de pagamentos do Brasil、2024年1月)を公表している。同記事では、対応する負債を持たず、一般的な交換手段として設計された暗号資産の輸入構造や現行統計での計上方法(貿易収支)を整理し、2022年の輸入額が75億ドルに達したことを公表している。
実際の計上にあたっては、暗号資産特有の性質や取引形態に起因する実務的困難がある。代表的な課題は以下のとおりである。
1)仮名性による取引・保有主体の特定困難
・ ブロックチェーン上では仮名アドレスが用いられるため、取引・保有主体(居住性、部門など)の特定が困難。
・ 暗号資産やステーブルコインの発行者が米国に集中しており、特に米国側統計での扱いが課題。
2)取引目的の不明確性
・ ブロックチェーン上では取引目的(例:投資、支払、送金)が記録されないため、統計作成に必要な分類情報が得られない。
3)海外取引所・自己管理型ウォレットの普及
・ 欧米では、ユーザーが自国取引所を介さずに取引するケースが増加。
・ 取引所を通じたKYCやデータ把握が機能せず、保有実態の過小評価につながる懸念。
こうした困難から、対応の方向性を公表していない国・地域が大半であるが、IMFでは各国・地域におけるBPM7導入時期を2029~2030年と見込んでいる。各国・地域では、統計整備の検討に加え、必要に応じて国内関係当局、他国や国際機関との連携が不可欠である。規制など制度的対応や、価格変動リスクや金融安定性への影響評価には、保有残高の規模や構成の把握が前提となるため、こうした連携による統計整備進展の効用は大きい。
おわりに:統計とアンケート調査
統計とは、一定の定義や分類に基づいて社会・経済活動を定量的に把握するためのものである。たとえるならば、統計はサイズや顔の向きが厳密に定められたパスポート写真のようなものであり、厳格な型に沿って経済活動を提示するものである。
一方、アンケート調査は、人々の行動や感覚を捉えるスナップショットであり、統計では捉えきれない多様な姿を映し出す。保有目的における利便性や好奇心といった動機は、統計では把握困難な人間的側面を補う役割を持つ。
本稿では、BPM7の改訂による「制度的な位置づけ」と、アンケート調査の結果を通じた「保有実態」の両面を整理した。この「パスポート写真」(統計)と「スナップショット」(アンケート調査)の双方を踏まえることで、暗号資産が経済活動にどのように組み込まれつつあるのか、その現在地を多角的に捉えることが可能となる。
当研究所では、こうした視点も踏まえて、2025年アンケート調査の集計作業を進めている。毎年定期的に実施している本アンケート調査が、暗号資産保有の実態に関する理解を深める一助となることを期待している。