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レポート Report

在宅勤務の将来

はじめに

 COVID-19のパンデミックを契機として、社会的な距離を置く必要性や感染への恐れから、在宅勤務(Working from HomeWFH))(注1)への移行が急速かつ広範に生じた。在宅勤務は多くの企業で定着しているが、最近ではGoogleAmazonJPMorgan Chaseといった大手IT企業や金融機関などで、出社頻度を増加させたり出社を義務付けたりする動きも見られる。コミュニケーションの質の低下、企業の一体感の喪失、偶発的なイノベーションの減少などが問題視され、オフィスでの対面の交流の重要性が再評価されたためである。こうした中で、本年1月にサンフランシスコで開催されたアメリカ経済学会(American Economic Association)年次総会ではWFH研究の第一人者であるスタンフォード大学のブルーム教授が”The Future of Working from Home”Bloom 2025)と題して最近の研究動向のサーベイを行った。本稿では、その内容を中心に、米国における在宅勤務の現状や経済への影響を概観し、今後、在宅勤務がどのような方向へ進んでいくのかについて考察する(注2)。

1.在宅勤務の現状

 米国の在宅勤務は、2019年には勤務日の7%程度に過ぎなかったが、COVID-19のパンデミックにより、2020年5月には60%を超える水準まで急増した。その後、パンデミックの終息とともに低下したが、2023年以降は30%程度とパンデミック前の4倍程度の水準で安定的に推移している(図)。

図 米国の在宅勤務の割合(%)

(出所)Survey of Workplace Attitudes and ArrangementsSWAA https://wfhresearch.com/

 オフィスへの出勤は、都市部のオフィスビルの入退館データ(KASTLE Office Occupancy Data)や全米の携帯電話のオフィス街への流入データ(Placer.ai Nationwide Office Building Index)によれば、パンデミックで激減した後、2022年にかけて回復したが、2023年以降はパンデミック前を大幅に下回る水準で安定的に推移している。2019年に比べてオフィスビル入退館者数は50%程度、オフィス街への携帯電話の流入数は70%程度となっている。

 在宅勤務の普及度合いには国や産業ごとに違いが見られる。34カ国の大卒労働者を対象とした2023年の調査によると、在宅勤務の割合は北米で最も高くアジアで最も低い(Aksoy et al. 2023)。一週間当たりの在宅勤務の日数は、米国で1.8日、日本では0.7日となっている。産業別に見ると、金融保険業(2.38日)、情報技術産業(2.29日)では高いが、宿泊・飲食業(0.56日)、個人サービス業、小売業(いずれも0.69日)では低い。在宅勤務の導入が容易な業種もあるが、現場での対面サービスが必要な業種では導入が難しい。

 また、すべての従業員が在宅勤務を実施しているわけではなく、6割程度の人が毎日出社しており、その多くが高卒以下で賃金が比較的低い現場の従業員である(SWAA)。一方、1割強の人は毎日在宅勤務をしており(以下、完全在宅勤務という)、ITサポートや給与計算などの専門的な役割を担う請負業者に多い。3割弱の人は在宅勤務とオフィスへの出勤を併用しており(以下、ハイブリッド勤務という)、大卒で賃金が比較的高い専門職や管理職の人に多い。

2.在宅勤務によって生じている現象

 在宅勤務の普及は、単に働き方が変化するだけでなく、都市構造、労働市場、さらには個人の余暇といった経済の様々な側面に影響を与えている。Bloom(2025)は以下の8つの現象を報告している。

(1)都市のドーナツ化現象

 在宅勤務の普及により、約100万人が米国の主要都市の中心部から郊外へ移動した(Ramani and Bloom 2022)。この現象は「ドーナツ化現象」と呼ばれ、郊外の住宅価格の上昇と小売支出の増加を引き起こしている。一方、都市の中心部では小売支出が減少し、企業のオフィス需要が減少して古いオフィスビルはテナントを見つけにくくなっている。ドーナツ化現象は米国だけでなく、ロンドンなど他の都市でも見られている。

(2)通勤距離の増加

 在宅勤務の普及により、従業員の自宅から勤務地までの平均距離はパンデミック前(2019年)の約15マイルから2023年の約26マイルへと約2倍に増加した。この変化は大部分が新規採用によるものであり、30代の従業員で顕著となっている(Akan et al. 2025)。

(3)労働市場の柔軟性の高まり

 通勤距離別に企業の業績の変化と採用あるいは離職の変化の関係を見ると、オフィスから遠くに住む人は、近くに住む人に比べて、企業の業績が改善した場合には採用されやすく、業績が悪化した場合には解雇されやすい傾向が見られる。このことは、在宅勤務が労働市場の柔軟性を高めている可能性を示唆している。

(4)障害者雇用の拡大

 パンデミック以降、障害者の雇用が大幅に増加しており、在宅勤務の普及と関連している可能性がある。特に、コンピュータ専門家や教員など在宅勤務がしやすい職種で障害者の雇用が増加している(Bloom et al. 2025)。在宅勤務は、通勤の困難を軽減し、障害を持つ人々の労働参加を促進する可能性がある。

(5)女性の労働参加の増加

 在宅勤務は、育児と仕事の両立を可能にし、女性の労働参加を促進する可能性がある(Tito 2024)。米国のみならず、インドや南米でも、リモートワークの普及が育児による離職の減少につながっていることを示唆する研究がある。

(6)犯罪の抑止

 在宅勤務の普及率が高い地域では、強盗事件が約10%減少している(Matheson et al. 2023)。これは、より多くの人々が自宅にいるようになり、犯罪の機会が減少したためであると考えられる。

(7)地方税の減収

 在宅勤務の普及により、従業員がより税率の低い地域へ移動する傾向が見られ、地方自治体の税収に影響を与えている。特に、年収20万ドル以上の高所得層でこの動きが顕著であり、2020年だけでも、州の限界税率を0.1%程度引き下げる効果があったことが報告されている。

(8)平日の余暇活動の活発化

 在宅勤務の普及により、平日の余暇活動が活発になっている。特にゴルフは顕著で、20228月には、20198月と比較して、月曜日から金曜日までのゴルフ場への訪問者数が大幅に増加した。例えば、水曜日の午後3時の時間帯では2.7倍に増加している。この「ゴルフ効果」は、他の多くのレジャー活動にも広がると考えられる。

 

3.在宅勤務の経済的評価

 それでは、在宅勤務は経済的な観点からどのように評価することができるのだろうか。人々の幸福度、賃金、生産性、イノベーションへの影響という観点からみてみよう。

(1)従業員の幸福度への影響

 従業員の多くが在宅勤務を希望しており、在宅勤務は従業員の幸福度を高める傾向にある。Mas and Pallais(2017)は、従業員が、完全にオフィスに出勤する働き方に比べ、ハイブリッドな働き方を8%の給与増と同程度に評価すると推計している。在宅勤務により、従業員は1日あたり平均約70分の通勤時間を節約でき(Kahneman et al. 2004)、身支度にかかる時間も約10分短縮できる。エンジニア、マーケティングや金融の専門家を対象とした実験は、ハイブリッド勤務が労働時間当たりの生産性には影響を及ぼすことなく、離職率を35%低下させることを示唆している(Bloom et al. 2023a)。

(2)賃金への影響

 在宅勤務の普及は、生産性に変化がない場合には、普及率が高い層(大学卒)や業界の賃金を中心に実質賃金を引き下げる効果があると考えられる。これは、在宅勤務が労働供給を増加させるためである。従業員は在宅勤務をするようになることで満足度が高まるので、同じ賃金であれば減少した通勤時間の一部を仕事に充てて労働供給を増加させるし、在宅勤務できるのであれば賃金の引下げを受け入れる。また、遠隔地や景気の悪い地域に住む人、子育てや介護のために自宅にいなければならない人、障害があって通勤が困難な人などが働きやすくなって労働市場に参入する。

 企業側から見れば、地理的な制約を受けずに人材を採用できるようになり、より賃金の低い地域に住む優秀な人を雇うことが可能になる。賃金が相対的に低いパートタイム労働者、ギグワーカー、障害者の活用や海外への業務移管が進み人件費削減につながる面もある。企業幹部へのアンケート調査(2022年5月)によると、過去12ヶ月間で約4割が賃金上昇圧力を緩和するために在宅勤務の機会を拡大し、今後を含む2年間の累積で約2.0%の賃金上昇抑制効果があったと推定されている(Barrero et al. 2022)。

(3)生産性への影響

 前述の通り、ハイブリッド勤務は労働時間当たりの生産性にほぼ影響がない、あるいは向上させるという結果が多く報告されている。その理由としては、幸福度が高まった従業員のモチベーション向上、集中しやすい自宅環境、通勤時間の再投資などが考えられる。

 一方、完全在宅勤務が生産性に与える影響に関する研究には30%低下させるというものから13%増加させるというものまで幅がある。平均すると約10%の低下となるが、低下の原因としては、コミュニケーションや連携の難しさが指摘されている(Gibbs et al. 2023)。

 在宅勤務の生産性への影響については、従業員の方が企業よりも積極的に評価している。これは、従業員は通勤時間の節約を生産性向上と捉えることが多いのに対して、企業はそうは考えないからだ。通勤時間を労働時間に含めて拘束時間当たりの生産性を考えれば、従業員あるいは社会全体から見ると、通勤時間の削減は大きな生産性向上につながる可能性がある。

(4)イノベーションへの影響

 オフィスでの対面コミュニケーションは、知識の拡散や新しいアイデアの創出を促進する可能性がある。そのため、在宅勤務の普及はイノベーションのペースを鈍化させる懸念も指摘されている。ある実験では、対面での会議を行ったチームの方が、ビデオ会議のみのチームよりも、より高い評価を受ける製品アイデアを生み出す傾向があった(Brucks and  Levav 2022)。特に、アイデアの初期段階や暗黙知の共有においては、対面コミュニケーションが重要であることが指摘されている(Lin et al. 2023)

 逆に、ビデオ会議、仮想現実(VR)などの在宅勤務関連技術の急速な進歩により、地理的に離れた専門家が最適なチームを組んで共同作業すること(リモートコラボレーション)が容易になっている。Chen et al.(2022)は、リモートコラボレーションによる科学論文の質は時間とともに向上し、2010年頃には対面コラボレーションと同等以上の影響力を持つようになったと報告している。

4.今後の展望

 米国の在宅勤務の比率はパンデミック前の4倍の水準で安定しており、在宅勤務が一時的な現象ではなく、定着してきていることを示している。アトランタ連銀が実施した「20237月ビジネス不確実性調査」によれば、企業経営者は今後5年間で完全在宅勤務とハイブリッド勤務の働き方の割合が緩やかに増加すると予想している(Bloom et al. 2023b)。在宅勤務は持続的なトレンドであり、社会と経済の様々な側面に影響を与え続けるであろう。

 在宅勤務の増加を後押しする要因としては、以下の諸点が挙げられる。第一に、技術革新である。在宅勤務をサポートする技術は急速に進歩してきており、今後も在宅勤務へのシフトを促進すると考えられる。第二に、企業による業務慣行の改善である。企業には人材獲得の柔軟性向上といったメリットがあることから、意思決定や評価などの業務慣行を継続的に見直し、在宅勤務に適した環境が整備され生産性が向上すると考えられる。第三に、従業員の選好である。多くの従業員が在宅勤務という働き方の柔軟性や通勤時間の削減といったメリットを高く評価しており、今後も在宅勤務を希望する傾向は続くであろう。

 一方で、生産性の低下やイノベーションの停滞といった潜在的な課題も存在する。前述した大手IT企業や金融機関における在宅勤務見直しの動きは、それらの企業がオフィスでの対面での同僚との連携が重要であることを再認識したためである。今後は、ハイブリッド勤務によってオフィスでの協働を効果的に行いつつ、リモートコラボレーションを活性化してくことが重要となる。企業は、業種や職種の特性に合わせて、業務のやり方を見直しながら、最適な出社と在宅勤務の組み合わせを試行錯誤で探っていくことになろう。

 そうした中で、政府は在宅勤務が経済や社会に与える影響を注意深く分析し、労働者保護や教育訓練などの制度整備を進めていく必要があろう。


(注1)在宅勤務は自宅を就業場所とする働き方。テレワークは、ICT(情報通信技術)を活用し、働く場所を問わず、遠隔で仕事をする働き方。在宅勤務のほか、モバイルワーク(移動中の電車やカフェ、顧客先などでパソコンなどを活用して業務を行う働き方)、サテライトオフィス勤務(企業が設置したサテライトオフィスやコワーキングスペースなどを就業場所とする働き方)を含む。

(注2)本稿では、主に米国における実証研究を紹介し将来を展望している。企業文化や働き方が異なる日本にそのまま当てはまるわけではないが示唆に富む。日本の在宅勤務の現状や課題については稿を改めて論じることとしたい。


(参考文献)
Akan, Mert, Jose Maria Barrero, Nicholas Bloom, Thomas Bowen, Shelby R. Buckman, Steven
J. Davis, and Hyoseul Kim. 2025. “The New Geography of Labor Markets.” NBER Working Paper No. 33582.
Aksoy, Cevat Giray, Jose Maria Barrero, Nicholas Bloom, Steven J. Davis, Mathias Dolls, and Pablo Zarate. 2023. “Working from Home around the Globe: 2023 Report.” EconPol Policy Brief 53.
Barrero, Jose Maria, Nicholas Bloom, Steven J. Davis, Brent Meyer, and Emil Mihaylov. 2022. “The Shift to Remote Work Lessens Wage-Growth Pressures.” NBER Working Paper 30197.
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Bloom Nicholas, Gordon B. Dahl, and Dan-Olof Rooth. 2025. “Work from Home and Disability Employment.” NBER Working Paper No. 32943.
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Ramani, Arjun, and Nicholas Bloom. 2022. “The Donut Effect of Covid-19 on Cities.” NBER Working Paper 28876.
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