SBI金融経済研究所

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レポート Report

2040年の経済社会特集号 -解題 SBI Research Review Vol.7-

The English translation can be accessed at the following link.

Special Issue on Economy and Society in the Year 2040 ; Explanatory notes of "SBI Research Review vol.7"

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 所報第7号では、日本の経済社会が2040年にかけて直面する課題について論じている。現在、人口減少、高齢化、デジタル化、脱炭素化といった要因が複合的に作用し、日本の経済社会は大きな転換期を迎えている。10年先ですら見定めることは容易ではない。しかし、長期的な視点に立って、進むべき方向を展望し、そこから遡って必要な政策を検討し、具体的な戦略を提示することには意味があろう。こうした問題意識の下、SBI金融経済研究所では、20246月に「2040年の経済社会研究会」(座長:竹中平蔵慶應義塾大学名誉教授)を立ち上げ、ヒアリングを重ねてきた[i]。その成果も踏まえ、所報第7号には、デジタル化、脱炭素化、財政金融政策、マクロ経済の観点から以下の5つの論考を掲載した。

  • 篠﨑論文「デジタル化と2040年の経済社会 -技術環境と国際環境の変化を手がかりに-」
  • 野村論文「企業はGXにどう向き合うべきか -脱炭素政策の虚構、生じる歪み、そして軌道修正へ-」
  • 渡辺論文「賃金・物価・金利の正常化 -2040年までの展望-」
  • 土居論文「2040年を見据えた日本の税財政運営」
  • 増島・難波論文「2040年の経済財政と世代間不均衡 -SBI-FERI経済財政モデルによる評価-」

 また、研究会メンバーによる座談会では、今後議論を深めるべき論点などについて議論した。

【篠﨑論文】

 人口が減少し供給制約が強まる中で、デジタル化は成長力向上のカギとなる。篠﨑論文は、技術環境と国際環境の変化を手がかりに、日本経済の潜在力と課題を考察し、2040年の経済社会を展望している。

 振り返ると、デジタル化は冷戦終結に伴う平和の配当を享受する中で本格化し、グローバルな最適資源配分を志向する今日の経済が形成されてきた。デジタル化で経済成長を実現するには「技術への投資」のみならず組織改革や人材開発、規制や制度の見直しといった「改革への投資(無形資産投資)」が不可欠だが、特に後者が欠けていた日本経済はデジタル化の波に乗り遅れ、「失われた30年」の低位均衡に陥った、と分析する。

 その上で、今後の展望に際しては、これまでの環境が大きく変貌している点に着目する。平和の配当が消滅し価値観をめぐる対立が深まる中で、サプライチェーンの可視化が進み、企業には効率性だけでなく公平性や倫理も考慮した資源配分(サプライチェーンの再編)が求められている。加えて、デジタル化の波がIoT、ロボット、EVなどのリアル領域にも及び、新たな成長機会が生まれていることから、日本の潜在力が再評価され、外国企業の対日直接投資も活発化している。この流れを「ビッグ・プッシュ」にすることで、日本経済が低位均衡を脱して再生する可能性が生まれている、と指摘する。

 ただし、高位均衡に移行して自律的に成長していくためには、様々な仕組みの見直し(改革)が不可欠であり、特にAIを活用するICT-enabled Bizの勃興を促す改革が重要だと主張する。

【野村論文】

 政府はGX(グリーントランスフォーメーション)を通じて競争力の強化を目指すが、野村論文は、その実現に必要な条件は満たされていないと指摘し、日本での脱炭素政策の現状と課題、そして日本企業がGXにどう対応すべきかが論じられる。

 過去の低炭素・脱炭素政策は、経済合理性のある見通しであるよりも政治的意思に基づく設計へと変質し、競争力を高めるどころか経済成長を阻害してきたと評価する。2000年代にはグローバル化が進んだが、温室効果ガス排出削減の負担目標は主要工業国間に大きな格差があり、負担の大きい国(日本や欧州)から負担の小さい国(中国など)へ生産が移転して「カーボンリーケージ」が顕著となり、世界全体のCO2排出量は増加するという矛盾が生じた。2010年代後半からは先進国の脱炭素政策が加速し、それを先導したドイツや日本ではエネルギー多消費製造業の生産が減退して空洞化が進行した。

 現状では脱炭素技術のコストは依然として高い。一部の日本企業は脱炭素政策による需要から一時的な恩恵を受けるが、脱炭素政策による弊害の顕在化や米国などの政策変更を受け、実需としての持続的な発展は依然として見込めないと指摘する。これまで政策が創出してきた需要が減退すれば、高コストな技術導入が企業の生産性を低下させ、産業の空洞化が一段と進むと懸念される。

 本論文は、CO2排出の削減を目指す「緩和」政策から、低コストで経済活動の活性化にも資する「適応」政策への移行を提言している。日本は脱炭素政策を大きく見直し、企業は不確実性を理解しながらバランスの取れた経営戦略を進めていく必要があると主張している。

【渡辺論文】

 慢性デフレから脱却して賃金・物価・金利が正常に機能するようになることは、望ましい2040年の経済社会を実現するための前提条件だ。渡辺論文は、過去30年間、賃金、物価、金利が据え置かれていた状態を脱し、2040年にかけて正常化していくという展望を示している。

 正常化は二段階で進むとされる。第一段階は2022年春から2025年初までの3年間で、名目変数の正常化が進んだと評価している。具体的には、消費者のインフレ予想と値上げ許容度が高まり、企業の価格転嫁が進み、30年ぶりの高い賃上げが実現した。日本銀行は政策金利の引上げを開始した。こうした動きを定着していくことが課題であると指摘している。

 第二段階は2040年までで、名目変数の正常化が実質変数に波及し、価格メカニズム、実質為替レート、政府債務の正常化が進むとされる。具体的には、物価や賃金、さらには金利が変動するようになり、価格メカニズムが正常化して資源配分の効率性が高まることから、経済がダイナミズムを取り戻すとされる。また、労働生産性の上昇を反映して賃金が上昇するようになると、円安圧力が解消に向かって実質為替レートが正常化し、日本の賃金と物価が海外に比べて安すぎる「安いニッポン」現象も解消に向かうと分析する。さらに、インフレにより政府債務が実質的に減少することから、政府債務の正常化が進むと指摘したうえで、この政府債務の負担減を金融政策の正常化、慢性デフレからの確実な脱却、介護報酬など公定価格の引上げに活用すべきだと主張する。

【土居論文】

 2040年に向けて経済社会の構造変化に対応して税制を見直していくことも重要な課題である。土居論文は、2010年代の税制改革を振り返りつつ、今後の税制のあり方について論じている。

 2010年代の税制改革では、消費税率の引上げ、法人税率の引下げ、高所得者への所得税の控除縮小が行われた。これらの改革は、所得格差を是正する効果は限定的であったが、動学的一般均衡マクロ経済モデルを用いたシミュレーション分析によると、経済厚生を改善し経済全体の資源配分の歪みを小さくする効果があったと評価される。これは、企業活動等を通じて資源配分を歪める効果が大きい法人税の税率を引き下げ、労働供給や資本蓄積により中立的な消費税の税率を引き上げたためであると解釈される。

 2040年にかけて、少子高齢化の影響で増大する社会保障費を賄うために増税が必要となると見込まれるが、増税は資源配分を歪めるため、経済厚生への悪影響を最小限に抑えるように税制を設計すべきであると主張する。上記のモデルを用いた分析によれば、消費税率の早期引上げは、経済全体の資源配分の歪みを小さくし、経済成長への影響を小さくすることが確認された。

 このことは、現在の税収構造を所得税や法人税といった所得課税から、消費税を中心とする消費課税へとシフトさせていくことで、税制による資源配分の歪みを小さくできることも意味している。

【増島・難波論文】

 2040年にかけて生産年齢人口の減少と高齢者人口の増加が加速し、労働力不足と社会保障費の増大が深刻化する。増島・難波論文は、経済成長を維持し社会保障の持続可能性を高めるための方策について検討している。

 シミュレーション分析によると、現状のままでは、将来世代に過大な負担が先送りされるが、生産性や就業率を高めることは、経済成長の確保と財政の持続可能性の向上のみならず、世代間不均衡の是正にとっても有効である。

 しかし、成長戦略の効果は不確実であり、就業率をこれ以上向上させていくことも容易ではない。一方、外国人労働力の活用は現実的な選択肢であり、成長率を高め、財政の改善に寄与するだけでなく、将来世代の負担を軽減する効果が大きいことが明らかになった。外国人入国超過数を増やして25万人を上回るようにすることができれば、極端に就業率を高める必要もなくなる。

 高齢化が進む中で医療給付の対GDP比率の上昇を止めるためには、医療高度化による一人当たり医療費の上昇を許容しない程度の医療費抑制が必要になる。それは容易なことではないが、社会保障の持続可能性を高めるためには、医療費の増加を抑制する努力を続ける必要がある。それは、世代間不均衡の軽減にも寄与する。

 外国人労働者を増やし、医療費を抑制するためには、解決しなければならない課題も多い。しかし、2040年の日本を考えたとき、議論を避けてはいけない重要な政策オプションであると主張する。

 2040年を展望すると、日本の経済社会の将来は、人口減少と高齢化、デジタル化の進展、脱炭素化といった複合的な課題にどのように対応できるかにかかっている。現状維持では、日本経済はさらなる長期停滞を余儀なくされるであろう。そうならないよう、SBI金融経済研究所は、2040年の経済社会の展望試算を示しつつ、大胆な改革を志向する政策提言を発信していく。


[i] その概要はSBI 金融経済研究所Webレポート2040年の経済社会シリーズとして公表している。

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