2040年の経済社会シリーズ:シェアリングエコノミー導入で地方からイノベーションを
1. シェアリングエコノミー、破壊的イノベーションか?
個人等が保有する共有可能な資産や能力をインターネット上のマッチングプラットフォームを介して他の個人等も利用可能とするシェアリングエコノミー(共有経済)は省資源・人口減社会におけるビジネスモデルとして注目されてきた。Airbnb(2008年創業)やUber(2009年創業)などのシェア事業者がそのビジネスを展開・拡大していった時期に、Botsman (2010) ”What's Mine Is Yours”(邦訳『シェア』)がこれらの事業者のビジネスモデルを所有から共有、活用への経済活動の転換、「コラボ消費」のビジネスモデルであるとしており、Schor (2010) ”Plenitude: New Economics of True Wealth”(邦訳『プレニテュード』)では共有・共同利用による省資源、環境への負荷の低減も期待されている。またSundararajan (2016) ”The Sharing Economy”(邦訳『シェアリングエコノミー』)がシェアリングエコノミーによる雇用就業機会の創出などの経済効果を提唱している。
シェアリングエコノミーは新事業を創出する一方で、タクシーなどの旅客運輸業やホテル・旅館などの宿泊業などの既存事業者のビジネスを代替することから日本ではその導入に対して既存事業者の反発も強かった。日本でもやっと2024年4月に一般ドライバーが有償で顧客を送迎する「日本型ライドシェア」が条件付きで利用可能となったが、タクシー会社が運行管理し車両不足が深刻な地域や時間帯に絞って限定解禁が認められるなど、本来のシェアリングエコノミーとはほど遠い形態となっている。既存事業者のビジネスを保護する政策を継続したために、ドライバー不足問題をより深刻化させ2025年問題への対応を難しくさせてしまったと考えられる。労働力不足がより深刻化する2040年問題を考える際に、シェアリングエコノミーの活用によって労働力を含めた遊休の資産を活用することは政策的にも強く求められるところであるが、そこには新たなシェアビジネスの積極的導入が不可欠である。
確かにシェアリングエコノミーを含めた経済のデジタル化(デジタルエコノミー)は、サービスを供給する既存事業者の付加価値額である生産者余剰を低下させる。一方でシェアリングエコノミー事業者自体のビジネスは価格低下を上回るコスト削減によって生産者余剰を獲得しているのが実態である。経済産業省 (2018)や内閣府経済社会総合研究所 (2019) がシェアリングエコノミー等の経済活動による付加価値の推計を行っている。特に後者はシェアリングエコノミーに該当するサービスを手掛ける仲介事業者を対象によるヒアリング調査を実施し、各仲介事業者の売上や費用構造等を把握、シェアリングエコノミーの分野ごとに名目市場規模、付加価値額の推計を行っている。その結果各分野の付加価値額を合計すると、2017年は1,300億円~1,500億円程度と推計、「②SNAの生産の境界内/現在、捕捉できていないと考えられるもの」の付加価値額は800億円~1,000億円程度、「③SNAの生産の境界内/現在、捕捉されていると考えられるもの」の付加価値額は400億円~500億円程度となっている。これらは現行のGDP体系では捕捉されなかったシェアリングエコノミー事業者による生産者余剰の捕捉と推計であると考えられ、ここには当然新たな雇用も創出されている。
シェアリングエコノミーは、その分野のサービスを供給する既存事業者にとっては厳しい「破壊的イノベーション」をもたらすが、新規市場と労働力を創出し、さらに省資源、環境への負荷の低減にも資するものであると考えられる。
2. 地方でのシェアリングエコノミーの政策的導入、温もりのあるイノベーション?
シェアリングエコノミーのグローバルなビジネス展開が続く一方で、日本では人口の減少が続く中山間地域等の地方において地域課題の解決を目指したシェアリングエコノミーの導入が政策レベルで進められてきた。内閣官房シェアリングエコノミー促進室「シェア・ニッポン100 ~未来につなぐ地域の活力~」には地方において自治体や民間事業者等がシェアリングエコノミーに取り組んでいる事例がまとめられている(2020年時点で115団体の事例)。促進室はグローバルに展開するシェア事業者によるビジネスを、新たな需要を掘り起し市場に劇的な変化をもたらす「破壊的なイノベーション」と位置づけるのに対して、地方で展開されるシェアリングエコノミーを、地域の共助の精神などを育て、地域コミュニティの再生や地域独自の課題の解決を目的としたイノベーション=「温もりのあるイノベーション」として、国や行政が地域の社会的な課題を解決するための取組として位置づけている。
図1 地方で導入されているシェアリングエコノミーの事例の分布状況
出所)内閣官房シェアリングエコノミー促進室 (2020)「シェア・ニッポン100 ~未来につなぐ地域の活力~」, https://cio.go.jp/share-nippon-100_R2 より
前述のSundararajan (2016)はシェアリングエコノミーを市場経済と贈与経済にまたがるものと述べている。贈与経済(=Gift Economy)は経済人類学者のマルセル・モースによって提唱されたもので、狭隘な原始社会においては贈り物の付与で生み出された相互的な関係が経済的な領域を超えた重要な原則として社会の道徳的な基礎を形成することが主張されている。人口減が進む地方でのシェアリングエコノミーの展開を考える際に、既存の資源を利用しつつコミュニティ内で完結するサービスとなる可能性が高い。これは地方のコミュニティが従来持っている贈与経済(コミュニティ内での相互性、互恵性、そして信頼性)の側面でもあり、地方でのシェア事業の立ち上げに際して親和性を持っていると考えられる。ただし、シェア事業の維持・継続に際しては「破壊的なイノベーション」を進める民間事業者のプラットフォームの活用、そしてシェア事業の継続性のための広域展開や多角化が必要となる。島根大学情報経済研究室が2021年度に行った「シェア・ニッポン100」に掲載されている地域のシェアリングエコノミー導入の現状や課題に対するアンケート調査においても特定のシェアリングエコノミーだけに特化して事業を行うだけでなく、他シェア事業とも組み合わせた事業の多角化が進められていることが確認された。アンケート回答51地域中複数のシェアリングエコノミーの取組を行っている地域は20件(39%)であり、運営の組織形態は「単独の組織(行政、外郭団体、中間組織、その他)」が14件(27%)、「それぞれ別の組織で運営」が6件(12%)であった(図2参照)。
図2 複数のシェアリングエコノミーの取組をしている地域と運営の組織形態
出所)島根大学情報経済研究室実施シェアリングエコノミー導入地域対象アンケート調査(2021)より作成
3. 地方でのシェアリングエコノミー導入の課題と可能性
日本で地方において進められているシェアリングエコノミーの事業は、そのほとんどが国による補助金(総務省による「IoT サービス創出支援事業」「地域IoT実装推進事業」、地方創生の一環である「地方創生加速化交付金事業」など)によって始められており、外国人滞在施設経営事業を進める「国家戦略特別区域」なども活用されている。さらに2018年度からは総務省による「シェアリングエコノミー活用推進事業」もスタートしている。
地方でのシェア事業は、自治体がサービスを提供する事業を補助金などでスタートさせて分散型プラットフォームによる母数をカヴァーしようとしても、中小規模の自治体ではその地域だけで規模の経済性(ネットワーク効果)を成立させることは難しい。また地域でNPO法人などの中間事業者を立ち上げたとしても、その運用・維持のためのコストを地域の単独の事業だけで回収し事業を継続させることは困難である。観光振興や雇用創出などの手段としてシェアリングエコノミーのサービスの導入を始めても、地方の中小規模の自治体にとってこの事業だけに特化してシェア事業を展開することは難しく、近隣自治体との広域的な取組や、他のシェア事業とも組み合わせた事業の多角化が求められる。
前述の「日本版ライドシェア」に関しては、公共交通機関の乏しい過疎地域では自家用有償旅客運送制度を使いやすくする等の要件を緩和して類似サービスを広げる「地方版ライドシェア」も提起されている。「シェア・ニッポン100」にも取り上げられている北海道天塩町、中頓別町等の自治体では既にそれぞれ国土交通省による実証実験事業を民間のシェア事業者と連携して「地方版ライドシェア」を展開している(北海道天塩町は株式会社nottecoと提携し自家用車による乗合事業の実証実験を実施、中頓別町はUberのICTシステムを活用したライドシェア事業を実施、いずれも2016年から実証実験の開始)。いずれも実証実験段階が終わり本格運用も開始されているが、自治体職員による負担において運営されているのが現状である。交通以外の社会資源のシェア(空きスペース等)についても推進が検討されているが、いずれもまだ検討段階であり、特定のシェアリングエコノミーのサービスだけでは事業の継続が困難であることを示唆している。
一方で、京都府京丹後市では自家用車有償運送「ささえ合い交通」(事実上のライドシェア)が、中間事業者であるNPO法人によって独立採算制で運営されている。NPO法人が事実上の「ライドシェア事業」を他の公共交通機関(オンデマンドバス等)との組み合わせによって「地域の足の確保」を行っており、シェアリングエコノミー以外の事業との組み合わせによる「多角化」によって事業を継続している。今後もこの事業全体が継続可能となるためには、「ライドシェア事業」の展開だけでなく、連携する他の公共交通サービス(オンデマンド型交通等)の事業の維持も不可欠である。これはシェアリングエコノミーの事業の運用・継続といった観点からみた「多角化」だけでなく、公共交通サービスの運用・継続をコミュニティバスやデマンド型交通、有償ボランティア輸送などを組み合わせて進めてきた過疎地域にとって、シェアリングエコノミーも含めた事業の継続を指し示すものでもある。
「地域の足の確保」など様々な課題を抱えた地方ではシェアリングエコノミーの導入と事業の継続だけでなく、本来地域の課題解決に必要な事業でありながら、単独では維持・継続が困難な事業を地域が持つ未利用資産・能力を活用し、シェアリングエコノミーの活用も含めた多角的な事業展開によって解決することが本来求められている。2040年により深刻化が予想される労働力不足の課題に対して、既に走り始めている「地方版ライドシェア」に代表される地方でのシェアリングエコノミーの導入を、より広域的、多角的に進めることが地方からイノベーションを興すカギになる。
(参考文献)
Botsman, R., Rogers, R. (2010) “What's Mine Is Yours”, 小林弘人監修・解説、関美和訳 (2016)『シェア』, NHK出版
Schor, J. B. (2010) “Plenitude: New Economics of True Wealth”, 森岡孝二訳 (2011)『プレニテュード』, 岩波書店
Sundararajan, A. (2016) “The Sharing Economy”, 門脇弘典訳 (2016)『シェアリングエコノミー』, 日経BP社
経済産業省 (2018)「シェアリングエコノミーにおける経済活動の統計調査による把握に関する研究会報告書」, http://www.meti.go.jp/shingikai/economy/stat_share_eco/pdf/001_01_00.pdf
内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室 (2016)「シェアリングエコノミー検討会議 中間報告書」https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/senmon_bunka/shiearingu/chuukanhoukokusho.pdf
内閣官房シェアリングエコノミー促進室 (2020)「シェア・ニッポン100 ~未来につなぐ地域の活力~」, https://cio.go.jp/share-nippon-100_R2
内閣府経済社会総合研究所 (2019)「2018年度シェアリング・エコノミー等新分野の経済活動の計測に関する調査研究」報告書, https://www.esri.cao.go.jp/jp/esri/prj/hou/hou080/hou80.pdf
野田哲夫 (2023)「地方でのシェアリングエコノミーの展開の課題と自治体の役割」, 公益財団法人日本都市センター『都市とガバナンス』vol.39, pp.44-51