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2040年の経済社会シリーズ:東京一極集中とよばれる現象にどう向き合うべきか

1 人口戦略会議のレポート

 424日に人口戦略会議から、「令和6年:地方自治体「持続可能性」分析レポート」が報告された。若年女性が2020年から2050年までの30年間で50%以上減少する自治体を「消滅可能性自治体」とし、744自治体をあげている。

 今回のレポートの特徴は、ブラックホール型自治体という新たなカテゴリーを設けて、25自治体をそれに分類していることであろう。このブラックホール型自治体とは、「移動仮定における若年女性人口の減少率が50%未満である一方、封鎖人口における人口減少率が50%以上の自治体で、人口の増加分を他地域からの人口流入に依存しており、しかも当該地域の出生率が非常に低い」自治体であるとしている。「ブラックホール型自治体」25のうち、16が東京都特別区であることを踏まえれば、一見「人を吸い込んでその中に閉じ込めたまま死滅させてしまうような」地域への、一極集中の是正が求められているように見える。

 東京都特別区部は、毎年若い年齢を中心とした大きな人口流入がある。封鎖人口における50%以上の人口減少率というブラックホール型自治体の特徴は、人口が流入している現実の人口と、人口流入を認めない人為的操作を行った人口を比較した計算方法からくるものであり、出生環境が劣っていることを反映するものではない。東京都における、結婚されている方の出生環境を反映する有配偶出生率要因は、全国平均を上回る方向で作用している(令和5年度年次経済財政報告)。有配偶率が低いのは、多くの独身者、求職者を受け入れて、パートナー、自身の能力に合致した企業とのマッチングを果たして、より生計費の低い周辺地域に送り出しているためである。

 このように東京一極集中とよばれる現象自体が日本全体にマクロな意味で悪影響を与えているとは考え難い。

2 スーパースター都市

 しかし、何も心配すべきことはないのだろうか。例えば、特別区部をはじめとしたマンション価格の高騰がマスコミで大きな話題を提供しているが、これは、何を背景としているのだろうか。「ブラックホール」と同じ程度に大げさな名前であるが、ペンシルベニア大学のGyourko教授らは2013年にスーパースター都市という概念を提唱している。それは奢侈財としての特徴、つまり所得弾力性の高い立地特性を備えた都市である。高所得者の分布が厚くなる方向の変化がおきた場合、高所得者がスーパースター都市に流入し、住宅価格が上がり続けることになる。サンフランシスコ、ニューヨークなどがその事例として挙げられている。これらの奢侈財としての特徴は、高い生産性やアメニティなどによってもたらされる。

 スーパースター都市への、高学歴、高所得者の流入がもたらす住宅価格の高騰は、その都市に住んでいた、あるいはこれまでは流入することができた若年者、低所得者をクラウドアウトするかもしれない。高学歴、高所得者のみで構成されている都市というのは維持可能だろうか。生産活動やアメニティの質の維持は、専門的で高スキルな労働力と非専門的で低スキルな労働力が補完しあって行うものである。スーパースター都市におけるアフォーダビリティの低下は、当初高かった生産性やアメニティの質の低下をもたらすだろう。

 そもそも大都市は、現在の所得が低くても、また人的資本のレベルが低くても、それを鍛え上げ、効率的なパートナーや企業とのマッチングを行うことで、人々の生活の質や生産性を上昇させる機能を持っていた。スーパースター都市化によって、そのような人々の流入や居住可能性が低下することは、日本にとっても大きな問題であろう。実際に日本全国と東京都及び特別区部の20092019年所得分布の変化を、図表1で確認してみよう。

図表1 地域別所得分布の変化(20122022年)

出所)「就業構造基本調査」(総務省)より

 東京都特に特別区部では、高所得層の分布が全国よりも明らかに大きく上昇している。これは、東京のスーパースター都市化を反映しているだけではない。例えば、2009年から2019年にかけて、住宅の第1次取得年齢にあたる30歳代の2人以上世帯の収入は、全国では1.1倍になったが、東京都では1.3倍になった(全国家計構造調査(総務省))。この10年で進んだ働き方改革やテレワークの拡大、子育て環境の整備が女性の労働力化を大きく進めたが、住宅価格の中でもマンション価格が高騰しているのは、このような労働市場の構造変化が影響しているのかもしれない。

3 何を心配すべきなのか

 世界的にも、スーパースター都市におけるアフォーダビリティの低下は大きな問題として認識されている。大都市が効率的なマッチングを通じて、生産性や国民の生活の質の向上に貢献していることを踏まえれば、大都市への集積の人為的な抑制ではなく、それを全ての人に対して開かれたマッチングの場とするために、大都市圏の住宅市場のアフォーダビリティの向上を検討すべきであろう。

 災害に脆弱な地域に、低所得者、若者が追いやられることを防ぐため、密集市街地の都市再開発における、アフォーダブル住宅供給の促進など様々な方策がありうる。しかし、東京都においても空家が89.8万戸、うち賃貸・売却用及び二次的空家を除くものが21.5万戸存在している現状を踏まえれば、これらの遊休資源を市場に戻すことをまず考えるべきだろう。これまでに空家対策は外部不経済の発生を抑制することが主眼におかれてきた。今後は空家税の課税などにより市場への供給量を増やし、それが流通しやすい既存住宅流通の円滑化が図られるべきであろう。

4 地方都市の消滅を回避するために

 しかし、大都市だけで構成される世界が「人口減少時代の豊かな生活」を支えられるのだろうか。物質的な豊かさのみならず、多様な自然、文化に根差した環境に住むことも、我々の幸福感の重要な要素である。そのような多様な豊かさを多くの人々が享受するためには、多様性のある地域の持続可能性が重要だろう。そのため都市のコンパクト化が、都市政策の大きなテーマになっている。都市のコンパクト化とは、理論的にはどんな意味を持つのだろうか。それは「失われようとしている都市の存在意義、『集積の経済』を取り戻すための措置」と考えることができる。

 集積の経済は、マッチング、シェアリング、情報スピルオーバーという要素によって構成されていると考えられている。ここではシェアリングに注目しよう。典型的には、公共財や公共サービスのように多くの人が同時に消費可能なものによって説明することができる。つまり消費する人が多くなればなるほど、財・サービスの提供は効率的なものになる。

 市町村における行政サービスの提供には、資本集約的な技術を用いるもの(インフラや公共施設)と労働集約的な技術を用いるもの(介護・福祉サービス等)がある。前者は市町村の人口規模が、後者は人口密度がその効率性に影響を与える。市町村の行政サービスの一人当たりコストは、人口規模についても、人口密度についても当初は顕著に低下するが、ある水準を超えると、次第に上昇する傾向にある。つまりU字カーブを描く。人口減少は市町村の人口規模の縮小、人口密度の低下を通じて、行政サービスの一人当たりコストの大きな上昇をもたらす。図表2は人口密度と一人当たり行政コストの関係を、全国の市町村を単位とした散布図で表したものである。

図表2 市町村の人口密度と一人当たり歳出額(2020年度)

出所)総務省「国勢調査」、「市町村別決算状況調」より作成

 ここで人口規模、人口密度と行政サービスの一人当たりコストとの関係を、簡単な回帰分析でみてみよう。

1人当たり歳出額
=13.33 + 0.044*人口² -1.027*人口+0.009*人口密度²-0.224人口密度
 (0.160)   (0.002)   (0.035)     (0.001)          (0.015)
  補正決定係数:0.843 サンプルサイズ:1782

1)括弧内は標準誤差。全て1%水準で有意。
2)両対数で推計。

 上記の関係を基に、国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来人口推計(2023年)」を用いて、2040年の一人当たりの歳出額のランク別に市町村数を予測してみた。図表3によると行政サービス提供の効率性の高い市町村数は低下し、効率性の低い市町村が大きく増加することがわかる。

図表3 1人当たり歳出額別市町村数の予測

出所)総務省「国勢調査」、「市町村別決算状況調」、国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来人口推計(2023年)」より作成

 マクロな人口減少は、長い期間にわたって積み重ねられたものであり、今すぐ出生率を引き上げたとしても、この傾向を短期的に変えることはできない。それでも集積を促進して一定の人口密度を保つことは可能なのではないだろうか。それが、都市のコンパクト化を進める理由である。

 このようなコンパクト化を進めるためには、市町村に対して何等かのインセンティブを与える必要があろう。しかし、現在の地方交付税交付金の仕組みは逆に公共施設の統廃合に関してディスインセンティブを与える構造となっているのではないか。地方交付税交付金は、基本的に「基準財政需要額-基準財政収入額」によって算定される。基準財政需要額とは、対象となる地方公共団体の様々な状況を勘案して標準的に必要とされるであろう財政需要を算定したものであり、基準財政収入額は、標準的に得られるであろう財政収入を同様に算定したものである。ここで、基準財政需要額の算定方法に注目する。現在の地方公共団体の人口や学校などの公共施設によって行われているため、コンパクト化に伴って公共施設を整理統合した場合には、基準財政需要額が低下し、地方交付財交付金が減額されてしまう。つまり、地方交付税交付金は「現在の地方公共団体の姿」を維持するために交付されるため、未来を見据えたコンパクト化に対しては大きなディスインセンティブを与えてしまう可能性がある。このため、コンパクト化を進めるためには、地方交付税交付金の算定にあたっては都市計画(立地適正化計画)と一定の連動を図ることが求められよう。

 またコンパクト化にすぐに対応できない、高齢者をはじめとした移動が困難な者への、ドローン宅送、ライドシェアなどによる痛みの緩和が同時に進められなければならない。消滅可能性自治体を回避するのではなく、消滅可能性都市圏を回避することが目指されるべきである。


(参考文献)
中川雅之(2024), 「大都市住民の多様性維持を(経済教室 これからの都市住宅政策(上))」日本経済新聞

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