GXを成長につなげる

SBI金融経済研究所 研究主幹・チーフエコノミスト

増島 稔

 将来の経済社会を展望して、現在取るべき政策を考える意義は大きい。今後20年を展望すると、人口減少、高齢化が確実に進展する。一方で、不確実性も大きい。世界経済の分断の動き、DX(デジタルトランスフォーメーション)の進展などと並んで不確実性が大きいのがGX(グリーントランスフォーメーション)の動向だ。

 GXとは、化石燃料中心から再生可能エネルギー中心に経済社会システム全体を変革することだ。目的は温室効果ガスの排出を抑え、地球温暖化を止めることにある。日本政府はGXを重要な成長戦略と位置づけており、2050年カーボンニュートラル実現に向けてグリーン成長戦略を具体化している。脱炭素のためには膨大な設備投資が必要だ。それは需要面からGDPを押し上げる。また、投資にともなう生産性の向上やイノベーションが供給力を高める。世界的な脱炭素の動きは日本企業にとっても大きなビジネスチャンスだ。

 しかし、その道筋は平坦ではない。地球環境を維持するためには大きなコストがかかる。カーボンプライシングの導入などによって化石燃料を使ったエネルギーの価格は上昇する。当面は再生可能エネルギーのコストも高止まりしよう。エネルギー価格の大幅な上昇は石油ショックのような負の供給ショックとなって経済成長を抑制する。また、クリーンエネルギーが普及するにつれて、化石燃料を前提とした物的資本や人的資本はその価値を失っていく。

 最近公表されたOECDのシミュレーション*はこの移行過程について重要な示唆を与えてくれる。エネルギー転換によって、2050年の潜在GDPは、OECD3.7%G2011%低下する。これは、すべての国で一律のカーボンプライシングが導入された場合の数字だ。カーボンプライシングは、与えられた排出削減量を達成するための最も効率的な手段だ。規制や固定価格買取制度等の別の政策手段をとる場合や、国際的な協調行動がとられない場合には、そのマイナス幅はさらに大きくなる。

 こうしたマイナス効果を相殺すると期待されるのが投資の拡大だ。特に低炭素電力設備への大幅な投資の増加が必要となる。さらに、こうした投資の拡大や構造改革の取り組みは、生産性の向上やイノベーションを促し供給力を高めると期待される。供給力の強化は、巨額の投資がインフレや金利上昇を招くことなく円滑に実現されるためにも必要だ。投資の拡大や構造改革の取り組みには、政府の関与が必要になる。前述のOECDのシミュレーションによれば、カーボンプライシングの強化はエネルギー転換へのインセンティブを高める。一時的ではあるが税収は増加する。それを投資への補助、労働課税の軽減、イノベーションの支援に使えば、投資や労働供給を増やし生産性を高めることによって供給力を強化することができる。試算は、こうした政府の関与によって、エネルギー転換のマイナスの効果を相殺することができることを示している。一方で、カーボンプライシングの強化はエネルギー価格の上昇につながる。規制改革などの構造改革は痛みを伴う。いずれも政治的には困難な選択肢であることを指摘している。

 脱炭素と成長の両立は容易ではない。投資の拡大と生産性の上昇が不可欠だ。そのためには、政府の関与も必要だ。耳ざわりのよい面にだけ目を向けるのではなく、GXという将来を展望して、今後とるべき政策のシークエンスを示す必要があるのではないだろうか。

*Guillemette, Y. and J. Château(2023), ”Long-term scenarios: incorporating the energy transition”, OECD Economic Policy Papers, No. 33, OECD Publishing, Paris