2024年2月26日

中長期の視点から経済政策を考える

SBI金融経済研究所 研究主幹・チーフエコノミスト

増島 稔

 経済政策を考えるうえで、証拠に基づく政策形成(EBPM; Evidence-Based Policy Making)が重視されるようになってきている。統計的な手法を用いエビデンスに基づいて政策を評価し、より効果の高い政策手段を選択することが望ましいことは言うまでもない。一方で、政策手段が目指す政策目標は適切に設定されているのだろうか。政治主導の名のもとに、聞こえのよいキャッチフレーズが踊り、思いつきの政策目標が掲げられていないか。 

 日本では、戦後、21世紀に入るまで、14の経済計画が策定されてきた。1960年に池田勇人内閣が策定した『所得倍増計画』はそのひとつだ。経済計画とは、経済分析に基づいて将来の望ましい経済社会を展望し、その実現のために必要な政策をまとめた中長期の経済運営の指針だ。市場経済における経済計画の役割は、①望ましく、かつ実現可能な経済社会の姿についての展望を明らかにすること、②中長期にわたって政府が行うべき経済運営の基本方向を定めるとともに、重点となる政策目標と政策手段を明らかにすること、③家計や企業の活動のガイドラインを示すこと、にあった(※)。

 経済計画は、成長の促進や社会の安定に重要な役割を果たしてきた。個人、企業、政府が経済社会のビジョン、政策の方向性や優先順位を共有し協調することで、予見可能性や政策の一貫性、信頼性が高まり、経済成長を促し社会の安定に寄与したと考えられている。

 今世紀に入って経済計画が廃止された背景には、①経済社会の変化の加速や不確実性の高まり、②政治主導の要請の強まり、といった政治経済環境の変化がある。高度成長期と違って、経済が成熟するにつれて国民の価値観は多様化した。グローバル化や情報化の進展などを背景に経済社会の変化のスピードと不確実性が高まった。将来のビジョンを描きにくい時代だ。また、経済計画は、経済審議会という首相の諮問機関によって策定されてきた。経済審議会は、経済界、学界、労働組合、消費者団体、マスコミなど、各界の有識者で構成されていた。コンセンサス形成には有効だが、利害対立の激しい課題については明確な改革の方針を打ち出すことが難しい。政治のリーダーシップがより強く求められるようになった。

 経済計画は廃止され、その役割の多くが失われた。中長期的なビジョンは策定されなくなった。幅広い分野の有識者、専門家の知見を活用する場もなくなった。経済計画は経済学に基づく理論的、実証的な分析に裏打ちされており、政策目標間の整合性が担保されていたが、こうした分析能力を活用することも少なくなった。一方で、一部の役割は強化された。経済財政諮問会議で『経済財政運営と改革の基本方針』(いわゆる骨太の方針)が策定されるようになり、その進捗を検証しアップデートするメカニズムも組み込まれた。ただし、政策目標の設定をめぐっては、スローガン重視で国民的議論を欠いているとの声も聞かれる。 

 経済計画という手法には限界もあるが今でも必要とされる機能もある。経済社会のあり方についてさまざまな意見やアイデアを吸い上げる、国民が共感できる説得力のある経済社会の展望を描く、経済分析を踏まえ相互に整合的な経済財政政策の方向性と政策手段を示す、そうした腰の据わった政策形成プロセスがあってもよい。デフレを脱却し経済社会が大きく変化しようとしている今、専門家の知識や経験の活用と政治主導の適切なバランスを取りつつ政策目標を設定し、施策を実施していく必要があるのではないだろうか。


(※)『構造改革のための経済社会計画』(199512月)による