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デジタル・センチメントの力学:SNS世論や金融市場における情報伝播と社会分断化への解法

―解題 SBI Research Review Vol.10―

The English translation can be accessed at the following link.

Dynamics of Digital Sentiment: Information Propagation in Social Media and Financial Markets, and Approaches to Social Fragmentation —Explanatory Notes on SBI Research Review, Vol.10—
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特集2本立て号

今回の特集は2本立てである。第1特集は、「デジタル・センチメントの力学:SNS世論や金融市場における情報伝播と社会分断化への解法」、第2特集は、「次世代金融インフラの構築を考える研究会:分科会ACの提言書と座談会」である。

第1特集の狙い

現代社会において、SNS上の世論形成や市場・経済を巡るセンチメントは、個人の意思決定や金融経済活動、政策決定を左右する大きな力学として機能している。このデジタル・センチメントは、しばしば建設的な議論を阻害し、エコーチェンバー現象やフィルターバブル現象を通じて深刻な社会分断を招く要因となっている。

消費税ほか各種の財政政策、医療や年金などの社会保障制度、中央銀行の独立性を含む金融政策、原発などの電力・エネルギー政策、コロナワクチンなどの公衆衛生政策、移民受け入れなど、公共政策に関するものだけでも幾つもの事例が挙げられる。夫婦別姓や同性婚、少子化対策など個人の価値観に関連した事例も多い。国政・自治体選挙への影響も甚大である。偽情報・誤情報による海外からのDisinformation/Misinformation攻撃は、2016年の英国Brexitや同年の米大統領選挙で広く知られるようになり、近年ではAI技術の発展により一段と深刻なものとなっている。広告や推薦技術の発展も、その利便性の裏側でフィルターバブルを引き起こしており、我々はどのような情報に接するかを自らの意思によりコントロールすることが困難となっている。こうした事例を考えるだけでも、本テーマが現代社会にとって重要かつ広範な領域にかかる論点になっていることが理解されよう。

ところが、デジタル情報空間上のセンチメントは、個々のツイートや動画は容易に観察できる一方で全体像を捉えることが難しい。伝統的な世論と同様、一種の「空気」のようなものであり、SNS世論という言葉がこれを象徴している。そして、空気がどう移り変わっていくのか、そのプロセスや仕組みを捉えることは更に困難である。もっとも、デジタル情報空間のメリットである網羅的なデータ把握と、近年の自然言語処理技術や分析技法の発展により、空気の見える化や空気の移ろいに関する分析や実験が可能となっている。

その代表例が計算社会科学(Computational Social Science)である。人間の複雑な相互関係によって成り立つ社会をデータに基づいて解明していく学際分野であり、社会学、経済学、政治学、心理学、言語学といった社会科学と、コンピュータサイエンス、ネットワーク科学、統計物理、データサイエンスが交差する領域として誕生した新しい学問分野である。従来の世論調査や意見形成・社会合意を対象とする社会科学では、アンケートを主な調査・分析手段としてきた。これに対して計算社会科学では、SNSの投稿ログ、検索サービスやECでの検索履歴、携帯電話の位置情報、電子決済データ、センサーデータといった人間行動の電子的痕跡(デジタルトレース)を、大規模かつ高解像度で扱う点に特徴がある。アンケート調査のように「どう答えたか」ではなく、書き込みを含めて「実際に何をしたか」を膨大な規模で観測可能になったことが発展の技術的背景になっている。日本においても、近年、研究の蓄積や学会の創設がなされている。本特集に助言を頂戴し、寄稿も頂いた鳥海不二夫教授(東京大学大学院工学系研究科)は、日本の計算社会科学をリードされてきた研究者のお一人である。

本特集の前半では、デジタル情報空間上の「空気」がいかに形成され、広範囲に伝播していくか、そのメカニズムを分析した実証分析を3本取り上げた。具体的には、

1)  新型コロナウイルスのワクチンを巡る世論の分断構造と個人の意見変容を、X(旧Twitter)上の1億件を超える膨大なツイート・リツイートから分析した論文、

2)  メディア情報リテラシーが誤情報の真偽判定や拡散行動に及ぼす影響を、日本で実際に拡散した誤情報を題材として5,000人規模の調査で検証した論文、

3)  SNS上の話題性や個人投資家の集団的熱狂によって株価が急騰するミーム株の価格変動や投資家収益に注目し、ネットワーク上の情報伝播を組み込んだ人工市場シミュレーションによって定量分析を試みた論文、

である。

デジタル情報空間では、意見対立の無用な先鋭化やコミュニケーションの断絶が社会的分断をもたらしている。そもそも、多くの社会問題にはトレードオフが存在する。トレードオフがあるからこそ社会問題になっているともいえる。税負担と公共サービスの受益、為替レート・物価と緩和的な金融財政政策、安価で安定的な電力確保と安全性・環境保全など、枚挙にいとまがない。こうした問題への対処には、冷静で丁寧な議論やサイエンスに基づく定量検証が必要であり、トレードオフの制約内での適切な社会選択や、トレードオフ自体の改善に向けた模索は、こうした議論や対話の中から生まれてくる。しかし、デジタル情報空間がもたらす世論の分断とディスコミュニケーションは、これを困難なものにしている。

本特集の後半では、上述のような現状に対して、どのような解決策や対応が考えられるのかを検証・考察した論文2本を取り上げた。具体的には、

4)  ソーシャルネットワーク上の意見形成モデルにおいて、個人の意見を変えるのではなく、意見の届き方に僅かに介入することで過度な対立を抑制する効果を検証した論文(掲示板型ソーシャルメディアを含む実世界の複数のネットワークデータで検証)、

5)  個人が多様な情報にアクセスし、自律的に情報環境を選択・調整できる情報環境を整えることを「情報的健康」と定義づけ、情報空間に関するリテラシー教育、情報のメタ情報可視化、情報の摂取傾向を診断する情報ドック(人間ドックの情報健康版)の導入という方策を提示し、社会分断の緩和と健全な言論空間の実現を訴えた論文、

である。

第1特集の最初の4論文のベースとなる研究は、いずれも海外の専門ジャーナルに英語で掲載されたものである。また、第5論文が提唱した「情報的健康」は、書籍化され各種メディアにも登場している。特集の狙いに沿って、これらをキュレーションした目的は以下の4点にある。

まず、日本を題材とした近年の優れた研究を、現状分析と問題の解法という2つの視点から収集し、1本の特集にまとめるという目的である。

2番目は学術専門研究の掘り起こし紹介である。英文専門誌に掲載された研究は、政策当局者やビジネス界、メディアの目に触れる機会が比較的少なく、日本の研究者が日本のデータや論点に沿って優れた研究を行っているにもかかわらず、一般には認知されにくい。寄稿者の方々には、分析内容を十分に伝えられる範囲で、可能な限り平易に書き下し、専門家でなくとも理解できるよう補足情報を加筆して頂いた。デジタル情報空間の「空気」は、最新技術を用いれば分析可能である。この点を広く紹介することが2番目の目的である。

3番目は、学術分野やビジネス分野の枠を超えた情報共有である。所報の主たる読者層は、金融経済の実務界、行政界、学術界、メディア界である。本特集のテーマは横断的な重要性を持ち、かつ、データや分析技法が学際的で新規なものであるがゆえに、往々にして各専門分野の視点から零れ落ちやすい。金融経済学では、行動経済学・行動ファイナンスや実験経済学、人工市場シミュレーション、市場センチメント計測など近接領域が存在しているが、本特集で取り上げた内容を直接扱ったものは少ないように思われる。異なるビジネスや専門領域間の橋渡しが3番目の目的である。

4番目は、ビジネスや政策実務への応用である。政策の立案や実施、選挙戦略、Disinformation攻撃への対処などには、デジタル情報空間における世論形成が重要なことは言うまでもない。SNS世論をデジタル・センチメントと読み替えれば、マーケティングや市場分析の視点とも連動する。個人の関心と時間を奪い合うアテンション・エコノミーは、善き社会の実現には繋がりにくい。一方で、アテンション・エコノミーの様々な病理(関心を広告活用目的で収奪、怒りや不安などのエンゲージメントや短期刺激の濫用、人間の認知能力に対する脆弱性攻撃、自律と内省の侵食など)については、逆にこれらをどう反転させるか、その方法次第で「善き社会経済」が実現できるかもしれない。価値の源泉を(ゼロサムで奪い合わずに)分かち合ってポジティブサムにしていく共感経済、人々が善く生きることを目的とするウェルビーイング経済、消費者意図を重視するインテンション経済、信頼の価値を活用するトラスト経済など、ポジティブな社会経済像に転換できる潜在力が、デジタル情報空間には存在している。

そして、マーケティングはビジネス界だけではなく、政策当局においても重要である。複雑な社会制度や金融経済の姿は、トレードオフの存在も含めて理解が容易ではない。また、トレードオフを直視したくない(良く云うと、ゼロ成長・人口減少経済であっても、どこかにトレードオフ改善の機会があるかもしれず、これを専門家に模索してほしい)と志向する人々がいるのも尤もである。その可能性の有無確認を含めて、1)社会経済構造や様々な不確実性の把握と、2)その適切な社会認知に対する働きかけ、3)これらを通じた民主的な社会合意の形成は、行政当局にとってクリティカルな課題となっている。期待に働きかける異次元緩和政策は、金融市場への働きかけは成功したが、価格や賃金設定にかかる働きかけとしては機能せず、実際に変化が始まったのは後年の外生ショックや供給制約によってであった。後者については、そもそも無理であった可能性もあるが、もっと優れた方法があったのかもしれない。センチメントのサイエンスは、行動への橋渡し部分を含めて、重要な政策上の戦略分野として残されている。

第2特集の狙い

SBI金融経済研究所は、「次世代金融インフラの構築を考える研究会」を2023年末に設置し、20247月には第一次提言として「次世代金融インフラの構築を考えるに当たっての指針」を、20253月には第二次提言として「「次世代金融インフラのあるべき姿」の例示」を公表した。その後、「例示」からさらに踏み込んだ各論を議論するため、次の3つの分科会を設置した。分科会Aと分科会Cは、研究会メンバーを新規に迎え入れて討議を行い、本年5月・3月にそれぞれ第一次提言を公表した。第2特集では、両提言書を掲載するとともに、公表後に行われた研究会メンバーによる座談会の模様を紹介する。

分科会A: 金融インフラの標準化(当面の課題:標準化・相互運用性のあり方)

20265月に第一次提言として「次世代金融インフラの標準化・相互運用性に関する戦略的指針~持続可能な『トラスト・サイクル』の実装に向けて~」を公表。

分科会B: 決済システムの新しい仕組み(当面の課題:決済システムのあり方)

分科会C: 金融産業構造の未来像(当面の課題:業務範囲規制のあり方)

20263月に第一次提言として「金融業における業務範囲規制のあるべき姿」を公表。

ここで、この研究会に込めた狙いを改めて述べておきたい。情報技術革新は、金融ビジネスのあり方やこれを支えるインフラの構造変革のみならず、金融産業がその外縁(非金融領域)に向かって拡張する現象、あるいはその逆の現象を引き起こしている。これは、データそのものが価値の源泉となり、分野を問わず結合・活用されうるというデジタル情報の性質から必然的に生じる現象であるといえよう。金融APIやブロックチェーン、ビッグデータ、DeFiや暗号資産、AIエージェント、企業活動に関わる広範な情報を意味づけて結合するオントロジーを核としたデータ統合基盤の登場により、付加価値の源泉はデータへと移りつつある。そこでは、金融サービスの担い手の組み換えや、付加価値の創造と分配を巡る激しい競争が始まっている。金融機関のライバルは、既に金融機関ではなくなりつつある。

それにもかかわらず、銀行・証券・保険といった業態規制と二階層型の決済制度を前提に創り上げられてきた現行の金融インフラ――法規制、ITシステム、会計ルール、ガバナンスなど広範な対象を含む――は、この急激な変化に追いつけていない。既存の枠組みに対症療法的な修正を重ねる発想は限界にきており、グローバルな競争環境での足枷となりつつある。

そこでSBI金融経済研究所は、目の前の課題を一つずつ繕うのではなく、「望ましい未来の姿を描き、そこから逆算する」という規範的な視座を据えた研究会を立ち上げた。経済主体別の発想を金融機能別の発想へと転換し、金融システムそのものを設計し直す。その先に見据えるのは、国内外の利用者から選ばれる金融システム・金融センターとしての日本である。本研究会が次世代金融インフラの将来像を提言として世に問うのは、唯一の解を模索するのではなく、社会全体の議論を惹起するためである。標準化や業務範囲規制という第2特集の各論も、その大きな構想の一部として位置づけている。また、所報6号のデジタルアイデンティティ特集や、所報5号で取り扱った通貨・決済・市場・情報インフラの特集も、以上のような視座から構想されたものである。当研究所では、こうした取り組みを継続し、社会や金融産業界に対する問題提起を続けていく。

以下では、5つの収録論文と2つの分科会提言書を順に解説する。

佐野・呉・高安論文

佐野・呉・高安論文「SNS世論の分断構造と意見変容の力学日本におけるCOVID-19ワクチンの事例」は、デジタル情報空間に漂う「空気」を計算社会科学の手法によって可視化する試みである。日本のX(旧Twitter)に投稿されたCOVID-19ワクチン関連の約12千万件のツイート・リツイートを題材に、誰が誰の発言を広めたかという関係からコミュニティを検出し、機械学習で各アカウントのワクチン賛否を判定することで、世論の分断構造と意見変容をマクロ・ミクロ双方の視点から描き出している。分析の結果、賛成・反対・ニュース・政治系など6つのコミュニティが浮かび上がり、似た意見ばかりが反響する「エコーチェンバー」が確認された。さらに、所属コミュニティが個人の意見を左右し、反対派の影響が持続的である一方、賛成派の影響は発信の勢いの衰えとともに減衰するという非対称性を明らかにした。本稿が示すのは、分断を生むSNSの仕組みが、正確な情報を広く届ける回路にもなりうるという両義性である。生成AIは分断を一層深めるリスクを孕む一方、その構造を読み解き対策を講じる道具ともなりうる。

山口論文

山口論文「メディア情報リテラシーと『自信過剰の罠』―生成AI時代の誤情報対策設計」は、リテラシーが誤情報に関わる行動にどう作用するかを検証した研究である。誤情報を「見抜く」局面と「広めない」局面を区別して、リテラシーの高低がもたらす影響の分析が試みられている。筆者が重ねてきた一連の調査研究を総合し、日本で実際に広く拡散した誤情報15件を扱う5,000人規模の調査がベースとなっている。メディアリテラシー、情報リテラシー、批判的思考スキルといった客観的に測定されるリテラシーと、自己申告による主観的自信とを切り分けて検証を行っている点も本研究の特徴といえる。分析の結果、客観的なリテラシーが高い人ほど誤情報を拡散しにくいという「防波堤効果」が確認される一方、自分は批判的に考えられると過信する人ほど、かえって真偽を見誤り、誤情報を広めてしまうという逆説―「自信過剰の罠」―が観察された。生成AIは、専門家風のもっともらしさを備えた誤情報を量産し、この罠を一層深める。こうした時代を見据え、メディア情報リテラシーの育成と「自分も騙されうる」という謙虚さの涵養を両立させるリテラシー教育が重要となることを指摘している。

松本・和泉論文

松本・和泉論文「ミーム株現象の人工市場シミュレーション分析―SNS情報伝播と個人投資家の損益構造」は、デジタル情報空間の力学が金融市場に及ぼす影響を、人工市場シミュレーションによって検証した研究である。題材となるのは、SNS上の注目度の高まりによって株価がファンダメンタルズから大きく乖離して急騰する「ミーム株」現象である。本稿は、ロバート・シラー教授が提唱したナラティブ経済学を参考に、SNS投資家間の情報伝播を、感染症の広がりを記述するSIRモデルとネットワークモデルを組み合わせて表現し、人工市場上で再現した点に特徴がある。分析の結果、従来型の投資家が全体として利益を得る一方、SNSの情報に依存する投資家は損失を被りやすいことが示された。さらに、その損益はネットワーク上の位置に強く左右され、利益を得るのは情報の発信源に位置するごく一部に限られるという非対称な構造が浮かび上がった。連帯の物語に駆動された集団行動の裏側で、情報を早く受け取った者が遅れて受け取った者から利益を移転させていた可能性を、本稿は定量的に検証している。こうした知見から、情報アクセスの均等化や金融リテラシー教育の強化、ネットワーク特性を考慮した規制設計、そしてシミュレーションに基づく政策評価の活用を訴えている。

一言、筆者コメントを付すと、ナラティブで動くのはミーム株ばかりではない。殆ど全ての金融市場が多かれ少なかれナラティブの影響を受けており、様々な政策立案の現場においてもその影響は甚大である(デフレの議論を思い起こそう)。また、Disinformation攻撃はナラティブの破壊力を悪用するものである。その意味で、本研究はデジタル情報空間を分析することの重要性を強く認識させるものとなっている。

中条・劉・鳥海論文

中条・劉・鳥海論文「友好的・敵対的関係を考慮した意見分極化の緩和手法」は、特集後半の主題である「分断への解法」に正面から取り組んだ研究である。信頼する相手には同調し、不信を抱く相手には反発しやすいという人間関係の特徴をSNSに適用するため、投票者モデルに着目している。各人をネットワーク上の点とみなし、周囲の意見を参考に自分の意見を更新するというモデルである。合意形成の過程を調べる古典的なモデルであるが、分極化は生まれにくい。そこで、人と人を結ぶ線に+(友好的で同調しやすい関係)と-(敵対的で反発しやすい関係)の符号を与えた「符号付き投票者モデル」を採用している。これを用いて、個人の意見そのものを変えるのではなく、誰の意見がどの程度届きやすいかを僅かに調整する介入の効果を検証した。具体的には、海外の掲示板型ソーシャルメディア(Redditなど)や、Bitcoin取引プラットフォーム上での取引相手の評判(レーティング)記録など、実世界の7つのコミュニティのデータを符号付きネットワークで分析している。その結果、「意見状態と関係性を踏まえた構造的な介入」は集団を合意へ着実に近づける一方で、同じ強度でも無作為な介入では殆ど効果がないことが確認された。分断の緩和には、情報接触を闇雲に増やすのではなく、働きかけの向きを定めることが要点となる。その狙いは意見の均一化ではなく、まっとうな議論さえ成り立たなくなる過度な分断を抑えることにある。著者らは、この介入を人間関係の直接の書き換えではなく情報の届き方の調整と位置づけたうえで、悪用や不透明な操作に転じないよう慎重な配慮を求めている。

鳥海論文

鳥海論文「アテンション・エコノミーがもたらす社会的分断と解決に向けた『情報的健康』」は、特集を締めくくる解法論として、情報空間の構造そのものを問い直す論考となっている。出発点に置くのは「アテンション・エコノミー」である。人々の注意や関心には限りがあり、それを奪い合うなかで、広告収入を求めるプラットフォームが、正確さや公共性よりもクリックされやすさで情報を選別する。本稿は、この構造がフィルターバブルやエコーチェンバーを通じて多様な情報との接触を狭め、社会的分断を深める過程を整理している。ここで著者は、分断を意見の相違ではなく、異なる立場の他者を理解不能で敵対的な存在とみなし対話の基盤が失われた状態として捉え直す。こうした状態への対抗概念が「情報的健康」である。これは、誤情報を一律に排除するのではなく、個人が多様な情報にアクセスし、自律的に情報環境を選び取れる条件を整えることを目指す概念である。具体策として、情報空間の仕組みを学ぶリテラシー教育、情報の出所や偏りを示すメタ情報の可視化、自らの情報摂取を点検する「情報ドック」(人間ドックの情報健康版)の3つが提示される。狙いは、意見の統一でも価値観の押し付けでもなく、個人の自律性と表現の自由を尊重しつつ、対立を社会の中で扱える状態を回復し、健全な言論空間へと近づけることにある。こうした転換は市場原理と対立するとは限らない。本稿は、多様な情報に触れたユーザーほど継続利用率が高いという報告を引きながら、情報の多様性が事業者にとっても長期的利益となりうることを指摘している。

まとめ

5つの論文は、デジタル情報空間に漂う「空気」を可視化することから出発し、その分断を緩和する具体的な道筋へと至った。通底するのは、分断が新しい技術がもたらした不可避の宿命ではなく、構造を理解し、仕組みを設計し直すことで、働きかけの対象となりうる現象だという認識である。アテンション・エコノミーの病理を、共感やウェルビーイング、信頼を基盤とするポジティブサムの経済へと反転させられるか――その問いに答えるための科学的な基盤づくりは始まったばかりであり、今後の発展が期待される。

次世代金融インフラの構築を考える研究会

研究会分科会A

分科会Aの第一次提言「次世代金融インフラの標準化・相互運用性に関する戦略的指針~持続可能な『トラスト・サイクル』の実装に向けて~」は、標準化と相互運用性を次世代金融インフラの信頼基盤として位置づけ直す提言である。金融機能のアンバンドリングやTradFiDeFiの融合が進む一方で、顧客のエコシステムへの囲い込みが優先され、標準化による正の外部性が享受されず、繋ぐためのコストが高止まりしている。これに対し、提言は3つの柱・9つのアクションを示しており、以下では中核となる2点を紹介する。第一に、「強い標準化」と「弱い標準化(柔軟な接続)」のハイブリッド設計である。すべてを統一する従来の標準化だけを目指すのではなく、ID・決済などの根幹は厳格に、サービス連携層はAIが差異を翻訳・吸収する柔軟な接続を適用するというレイヤー別のベストミックスを志向している。従来の標準化議論は前者のみを目指すものであったが、調整コストの大きさや、標準化を進める誘因が主体ごとにばらつくという限界もあった。近年のAI技術の発展が、この課題に対して新たなアプローチをもたらしている。第二に、ID(主体の確定)・データ(価値の可視化・評価)・資産・決済(トークン化・流動化)を連携させ、さらに資産移転や決済の実績を再びデータとしてIDの信用力に還元する「トラスト・サイクル」の構築を志向している。取引の積み重ねが信頼を醸成し、その信頼が次の価値創出を生む自己強化型の循環をインフラとして実装することを目指す。これらを支えるため、良い標準化と悪い標準化を峻別し、官民連携によるアジャイルなガバナンスとコスト負担の枠組みを整えるとともに、日本が国際標準のフォロワーからルールメイカーへと転じる対外戦略を短中長期別のロードマップとして提言している。

研究会分科会C

分科会Cの第一次提言「金融業における業務範囲規制のあるべき姿」は、銀行・保険会社に課された他業禁止規制などの業務範囲規制を抜本的に見直すべき時機が到来したことを説く提言である。AIエージェントやBaaSの進展で商流(非金融)と決済(金融)の融合が進む一方で、健全性確保や産業支配・利益相反の防止を名分とする厳格な業務範囲規制が継続している。加えて、現行制度は、議決権保有割合と持株会社判定基準という2つの基準が複雑に絡み合い、銀行持株会社に該当する場合には、銀行主要株主とは異なり、業務範囲規制が課せられるという非対称な構造を持っている。このため、一般事業会社グループは規制を回避できる資産・資本構成とせざるをえず、機動的な事業展開を難しくしている。提言は、他業を「禁止」する事前規制の役割が終焉を迎え、高度化した健全性規制と第三者機関による事後監視へ移行したこと(十分条件)、融合が進展する時代に一律規制を残せばイノベーションを阻む「チャレンジしないリスク」が顕在化すること(必要条件)と整理している。以上のような現状整理を踏まえ、健全性規制の厳格運用を大前提に、1)子会社・兄弟会社に対する他業禁止規制の撤廃、2)一般事業会社グループの経営管理とガバナンス遵守の徹底、3)持株比率規制の撤廃とリスクウェイトの厳格適用、4)事後チェック体制の強化という4つの措置を示し、「事前規制から事後規制へ」という規制パラダイムの転換を提言している。



 

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