SBI金融経済研究所

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レポート Report

断片化する金融システムを束ねる「オーケストレーター」としての銀行

デジタル化が招く金融の断片化という逆説

現代の金融システムは、2009年のビットコイン誕生に端を発するブロックチェーン技術の黎明期を経て、大きな転換点を迎えている。当初、分散型台帳技術は中央集権的な管理者が不在でも「信頼」を担保できる新しいインフラとして期待され、2015年のイーサリアム実装によって「プログラム可能な通貨」という概念が現実のものとなった。その後、2019年にBISイノベーションハブ(BISIH)が登場したことで、新しいマネーの創造に中央銀行主導の実証実験も加わった。BISIHを中心とした国境を越えた決済に関する多様な実験を経て、現在では中央銀行預金とトークン化された民間預金を同一プラットフォーム上で管理する「Unified Ledger(統一台帳)」という野心的な概念(プロジェクト・アゴラ等)が打ち出されている。

しかし、金融取引の摩擦を解消し、統合された効率的なグローバル市場を実現しようとするこれらの試みは、今、新たな壁に直面している。現実に起きているのは「統合」ではなく、無数のトークン、独立したブロックチェーン、そしてクローズドなSaaSSoftware as a Service)が乱立する「断片化(分断)」という逆説的な事態である。本稿では、BISのチーフエコノミストを務めたシン教授(現・韓国中銀総裁)の論文とSBI金融経済研究所の最新のレポートを手掛かりに、この断片化の正体を解明し、銀行が「情報のHUB」として進化すべき必然性を論じる。

統一台帳を阻む分断の宿命と実務の摩擦

シン教授の論考(Shin, 2026)は、分散型インフラが本質的に抱える経済学的な限界を突きつけている。

第一の障壁は、分散化を維持するために不可欠な「調整プレミアム」である。バリデーター(検証者)間の調整が失敗するリスクを補填するための報酬が必要であり、このコストは最終的にユーザーの負担となる。セキュリティを高めるほどコストが増大し、ユーザーが安価なチェーンへ流出するという「断片化の宿命」が、分権型ネットワークの形成を阻んでいる。

第二の障壁は、副島(2026)が以下で指摘している「3つの摩擦」と、それに伴う「決済のミスマッチ」である。

受容性の摩擦:特定のトークンを受け入れるには、相手も同じ台帳(ブロックチェーン)上に口座を有している必要がある。

償還の摩擦:ステーブルコインでは、トークンと法定通貨(あるいは預金)との11の等価交換(パー交換)が即時に保証されなければならない。

台帳非互換の摩擦:異なる台帳基盤間では、直接的な通信や価値移転ができないサイロ化の問題である。

特にステーブルコインで深刻なのは、トークンの移転速度と裏付け資産(バックアセット)の決済速度のミスマッチである。トークンという表層がどれほど高速に移転しても、裏付けとなる預金や国債の決済が既存の古いシステムに依存している限り、決済のアトミック性(同時完了性)は担保されないからだ。このミスマッチは新たな信用リスクを生み出し、既存のコルレスバンキングが抱える構造的課題を再生産するに過ぎないのである。

この二つの障壁がもたらす帰結は、金融エコシステムにおける指数関数的な複雑性の増大である。独自のガバナンスとコスト構造を持つ無数のチェーンが乱立し、さらに各々の間で多層的な摩擦が生じている現状は、もはや人間が全体像を把握し、最適な取引ルートを瞬時に判断できる限界を超えている。この「管理不能なカオス」こそが、次章で述べるAIエージェントを主役の座へと呼び寄せるトリガーとなる。

AIエージェントの台頭と銀行の後退シナリオ

金融インフラが断片化し、実務的な摩擦が解消されない中で、テクノロジーの分野ではそのカオスを渡り歩く「調整役」として、エージェント型AIAgentic AI)の台頭が起きている。世界が断片化に向かう中で、多数のトークンやSaaSを人間が一つひとつ操作・調整することは不可能となり、期待されるのがAIエージェントなのである。

銀行にとっての「ホラーストーリー」は、銀行が長年守ってきた顧客との接点と意思決定の主導権をAIエージェントに完全に奪われるシナリオである。かつて「Software is eating the world」と言われたが、現在はソフトウェアが守勢に回り、「AI is eating software」のフェーズにある。乱立するトークン、複雑なチェーン、多様なSaaSを人間が操作できなくなった時、価値をいつ、どこへ、どの手段で動かすかを判断するのは人間ではなくAIエージェントなのだ。ひどく分断化されてしまった金融インフラでは、プログラマブルマネーや証券は機能しない。無数の組み合わせ対応、いわゆるクロスチェーン対応をプログラムに担わせる(それを人間が作る)ことに既に限界が来ているのだ。標準化でこれが克服できるかどうかは疑問である。代わって新規にこの困難なタスクを担うのがAIエージェントである。

これは単なるAIの進化ではなく、「ソフトウェアが業務をこなす時代から、エージェントが複数のシステムを調整する時代」に移行していることを意味する。文末の参考文献に示したマッキンゼー、IBMBCG、アクセンチュア、ベイン、アンソロピック、オープンAIといった主要企業の論調は、一つの結論に収斂している。それは、「ボトルネックは技術ではなく、組織モデル(オペレーティングモデル)にある」という点だ。AIはもはや「業務を支援するツール」ではなく、自ら目標を設定し意思決定を行う「デジタル労働力」へと変貌しているのである。

銀行にとっての「ホラーストーリー」は、この「主体性あるAI」に顧客接点と意思決定の主導権を完全に奪われるシナリオである。乱立するトークンや複雑なネットワーク間を跨いで、ユーザーの意図(Intent)に基づき最適解を導き出すのはAIエージェントの役割となる。もし銀行が、単に預金を預かり、指示された決済を処理するだけの「土管」に留まるならば、AIエージェントは銀行のブランドを介さず、リアルタイムで最も摩擦が少なく低コストなルートを自律的に選択する。この時、銀行は顧客の意図を把握できなくなり、流動性は銀行をバイパスしてノンバンクや他の分散型インフラへと誘導されるだろう。顧客が銀行を「選ばない」のではなく、AIエージェントの介在によって銀行を「認識しなくなる」世界――これこそが、既存の銀行ビジネスが直面している真の恐怖である。

インテリジェント・バンクへの進化

AIエージェントに選ばれ、生き残るための唯一の道は、銀行自体がエージェントと共生する「インテリジェントなプラットフォーム」へと進化することである。アクセンチュアが指摘するように、レガシーなシステムは自律型AIの価値を引き出す足かせとなっており、プラットフォームの刷新は急務である。筆者が想定している基本サービスは以下のようなものである。

  • Open Payment(意図に基づく選択と執行)

エージェントが提示する「目的」に対し、法定通貨、ステーブルコイン、トークン化預金、CBDCから最適な手段をリアルタイムで選択・執行する機能を提供する。

  • Open Accounting(会計データを利活用した流動性のオーケストレーション)

商流データから将来のキャッシュフローを予測し、不足時には自動で融資枠を活用、余剰時には最適な資産に振り分ける「自律型財務管理」の基盤となる。この機能は、次章で述べるロボCFOによってオープンなファイナンススキームに繋がっていく。

  • プログラマブルなコンプライアンス

取引が実行される瞬間に、システム自体がリアルタイムでKYC/AMLやリスク評価を完了させ、エージェントの自律的な動きを支える。

IBM(2026)が提唱するように、成功の鍵はAIを単なるツールとして使う段階から、人間、機械、データを統合してリアルタイムに行動できる「単一のシステム」を構築する段階への移行である。

実現のためのシステム要件とロボCFO

インテリジェント・バンクを実現するには、正確な記帳のみを目的としたシステムから、商流データを金融価値に変換する「意思決定インフラ」へと進化させなければならない。その具体的なサービス像の一つが、AIを用いてキャッシュを最適化する「ロボCFO」である。

従来の運転資金ファイナンス手法(CCC改善・ファクタリング・仕入れ値引き等)は個別企業の財務改善に閉じており、取引の一方が得をすると、他方に悪影響が及ぶものだった。CCC改善は、バイヤーの流動性を改善する一方、サプライヤーの運転資本を悪化させる。ファクタリングは、サプライヤーの流動性を一時的に解決するが、バランスシートが劣化し信用力を低下させる。仕入値引きの実行にはバイヤーが早期決済に必要なキャッシュを常に準備しなければならない。サプライチェーンは組織と市場の中間に存在するため、決済のタイムラグが生じた場合の影響が正確に把握できない。その特性ゆえ、俯瞰的な解の提示が困難だったのではないかと推察する。

こうした課題を解決し得るのがロボCFOによるキャッシュ最適化である。ロボCFOは契約内容・インボイス情報を踏まえ、サプライチェーン全体を多次元に分析し、決済期間、調達コスト、利益率の有効フロンティアを導き出し、最適な取引条件を提示する。ロボCFOは、企業価値の源泉であるキャッシュの最大化を目指すもので、自社サービスへの「囲い込み」を目指すものではない。ロボCFOのコンセプトは、これまでの銀行の立ち位置を変革し、SaaS(財務会計と非財務データ)+銀行+金融インフラがエコシステムとして連携しサービスを構成するものだ。この実現には、以下のような要素への対応が必要になるだろう。

  • 更新系&ストリーミングAPI

従来の「参照」中心のAPIではなく、SaaS側の商流データを受け取り、勘定系の残高や融資枠に即座に反映させる双方向のリアルタイム連携が必要。

  • 動的モニタリング&審査エンジン

AIを活用し、日々変動する商流スコアに基づき、融資枠を自動で増減させ、異常値を検知して早期警告を行う機能を組み込む。

  • アイデンティティ中心のセキュリティ

境界防御からID中心へシフトし、融資判断に使う商流データを改ざん不能な形で記録・保存する。

信頼のアンカーとしての銀行システムの再定義

シン教授が示した通り、純粋に分散化されたシステムは、調整コストの問題から構造的に分断されやすい性質を持つ。また、副島氏が指摘するように、トークンだけを動かしても裏付け資産の決済問題は残り続ける。この「断片化した世界」において、通貨の単一性(Singleness of Money)を維持し、自律的に動くAIエージェントの行動に「信頼」の担保を与えることができるのは、中央銀行および商業銀行の制度的基盤だけではないかと筆者は考える。

銀行はテクノロジーに代替される対象から、テクノロジーを調整する(オーケストレーションする)主体へと変わらなければならない。伝統的な二階層システムの堅牢さと、最新のエージェント型AIの柔軟性を高度にオーケストレートすること。それこそが、ホラーストーリーを希望の物語へと書き換え、次世代の金融システムにおいて銀行が再び中心的な役割を担うための唯一の解である。


参考文献

Accenture. (2025). The new rules of platform strategy in the age of agentic AI.
Anthropic. (2026). The 2026 State of AI Agents Report: How enterprises are building and deploying AI in production.
Bain & Company. (2025). State of the Art of Agentic AI Transformation.
Boston Consulting Group. (2025). Leading in the age of AI agents: Managing the machines that manage themselves.
IBM. (2026). Agentic AI’s strategic ascent. IBM Institute for Business Value, Research Insights.
McKinsey & Company. (2025). The agentic organization: Contours of the next paradigm for the AI era. website.
OpenAI. (2025). The state of enterprise AI: What we’re learning about AI at work.
Shin, H. S. (2026). Tokenomics and blockchain fragmentation. BIS Working Papers No.1335. Bank for International Settlements.
副島豊. (2026). ステーブルコインとトークン化預金とホールセールCBDC(前・中編). SBI金融経済研究所.

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