ステーブルコインとトークン化預金とホールセールCBDC(中編)
(前編はこちら)
前編で指摘したステーブルコインの3つの摩擦(受容性の摩擦、償還の摩擦、台帳非互換の摩擦)について、原理的な解決法を取り上げる。いずれにも課題があり、銀行預金マネーにおいて有効に機能した二階層システムを活用したとしても、クロスボーダー送金の場合においては本質的な解決法にならないことを指摘する。
トークンという表層の移転がどれほど高速化しても、バックアセットの移転が既存の資金証券決済システムに依存している限り、決済の即時性やアトミック性は担保されない。このミスマッチは、新たな決済リスクや信用エクスポージャーを産み出し、既存のコルレスバンキングが抱える構造的課題を再生産するに過ぎない。
米国19世紀のフリーバンキング時代からサフォーク・システム、国立銀行制度、連邦準備制度に至る歴史的変遷を紐解けば、マネーの額面割れや通貨システムの不安定化を防ぐための鍵は、単なる資産の裏付けではなく、中央銀行マネーというアンカーと、これを軸とした資金清算・決済インフラの適切な設計にあることが浮き彫りとなる。ステーブルコインの規制設計において英国と日米には発想の差があり、この点についても中編で敷衍する。
続く後編では、未来の通貨システムを巡る最先端の議論において、何がベストソリューションと考えられ始めているのかを、これまでの議論を踏まえて紹介する。その際、ホールセールCBDCを巡る主要国の考え方などにも触れる。
未来の通貨システムのグローバル・コンセンサスはまだ固まってはいないが、その揺籃期にあるのかもしれない。ビジネス戦略の策定上、通貨システムの原理を知り、その変革に関する世界の動向を認識しておくことは重要である。
ソリューションその1:独占
ステーブルコインの摩擦を緩和する最もシンプルな方法は、マネーの発行を独占市場にすることである。複数の主体がマネーを発行しているがゆえに、受容性や償還の摩擦や台帳の非互換性が生じている。この独占アプローチの典型例が紙幣(銀行券)である。
現代の多くの国では銀行券の発行を中央銀行に集中させ、法定通貨としての強制通用力を持たせることが一般的である[1]。現金や預金や電子マネーといった形態の相違や、発行体の相違があったとしても、「同じマネーであり等価である」と世の中に受け入れられていることは、マネーの単一性(Singleness of Money)と呼ばれている。マネーの単一性は、1)預金と法定通貨との等価交換が制度的に下支えされていることに加え、2)民間・中銀預金マネーの二階層システムによって、発行体が異なる民間預金マネーの等価性が保たれていることによって成立している[2]。前者の要因が注目されがちであるが、後者の制度設計もマネーの単一性の成立のためには等しく重要である。
思考実験として、紙幣発行における独占をリテール決済用の電子マネーに適用してみよう。現在の日本では、様々な業種のエコシステム・プレーヤーによって電子マネーが発行され、利用者や加盟店の獲得において激しい競争が行われている。トポロジー(位相幾何)構造としては、中央銀行・民間銀行・電子マネー発行体の三層構造となっている。電子マネー発行体m社が民間銀行n行に預金を持ち、利用者から発行体への預金振替によって電子マネーが新規に発行される仕組みとなっている[3]。店舗への入金も銀行預金を通じて行われる。仮に電子マネーが1社独占になったとすると、同一発行体内での振替により効率的な決済が実現するだけでなく、決済のための資金流動性の分散も抑制される。加盟店側の売上げ入金や店頭対応についても同様である。
ステーブルコインも規模が大きいほど、発行体内部での振替と単一のバックアセットプールでの償還対応によって高い決済効率性が発揮できる(ただし法域を跨ぐ場合、別の問題が生じる)。独占まで行かなくとも、大規模な市場シェア(利用者と加盟店という2 sided marketにおける高いシェア)を獲得できれば、こうした決済効率性やユーザー利便性(売上入金が早く、手数料も安い)が期待できる。大規模な民間銀行が取引先間の決済効率化を目指してホールセール型のデジタルマネーやステーブルコインを発行するのにも同様な合理性がある。
もちろん、独占やそれに近い状態によって競争やイノベーションが阻害され、利用者や加盟店の便益が損なわれかねないため、決済効率性だけで産業構造を考えるべきではない。データドリブン社会が進むなかで、ビジネスや生活を支える情報システムと決済システムは一体化が加速していく。それゆえ、広いスコープでより望ましいリテール決済の産業構造のあり方を考える必要がある。
このように考えると、電子マネーやステーブルコイン(リテール・ホールセール含む)の発行が独占・寡占されることは、おそらくは適切な解決法にならないであろう[4]。競争の結果、圧倒的に優れたサービスの提供主体が独占することになったとしても、コンテスタビリティ(潜在的な競争環境が参入圧力によって維持されること)の確保は、将来の改善機会のために必須となる。そして、規模の経済やネットワーク効果が働く産業では、いったん独占や寡占が生じるとコンテスタビリティの維持は困難となる。近年では、クラウドサービスや大規模言語モデル開発がその典型例であり、金融ではクレジットカードの国際ブランドネットワークもその一例である。
ネットワーク経済効果が働く市場で生じがちな独占に対しては、互換性を保証する標準化によってメリットを享受しつつ、独占の弊害を回避する方法がある。決済インフラの効率化においても標準化は有効な手段であり、決済指示のメッセージの標準化やクレジットカード規格の標準化(EMV)、API接続の標準化などに活用されている。
もっとも、金貨などの商品貨幣でない現代のマネー(債務性マネー)では、互換性は標準化だけでは達成できない点に限界がある。債務性マネーが抱える移転の難しさに対しては、転々流通特性を追求せず、消滅・発生構成を用いて、異なる銀行預金台帳間で、安全かつ迅速、効率的に資金決済を行う仕組みが考案された。それが「中央銀行預金を用いた二階層システム」であり、時代を経てもなお主流のアーキテクチャとして世界中で活用され続けている(消滅・発生構成については、前編の文末脚注15を参照[5])。
発行の独占ではないが共通基盤の利用というアイディアは、台帳の非互換性を克服するものとして注目されている。Unified Ledgerという考えがBISから提唱され、Project Agoráとしてグローバル金融機関と主要通貨国中銀が共同で2024年より検証を続けている。Unified Ledgerについては後編で触れる。
ソリューションその2:償還しない
償還の摩擦に対する極めて直接的なソリューションは、商品性が大きく異なってしまうが、償還を認めないという設計にすることであろう。兌換紙幣は、金貨や銀貨のように金属価値に裏打ちされた正貨との兌換を保証することで価値が共有される。不換紙幣(Fiat money)であっても、預金や他のマネーとの額面での交換が一般的であり、支払い手段としての一般受容性を獲得している。その価値のメジャーメントは、百円や千円、一万円でどのような財サービスが購入できるのかという社会認知に依存している。不換紙幣の一般受容性は、貨幣制度への信認が社会に広く浸透していることに依っている。
仮に、ステーブルコインで償還を認めないとした場合、その価値が額面通りステーブルに維持されるかどうかは不明である。銀行預金マネーや現金に戻せないマネーは、前払式支払い手段やポイントと同様、マネーネス(マネーらしさ)が一段低くなるため、ディスカウントが発生しうる。これは、前述の「マネーの単一性」に関わる歴史的な問題であり、マネーの発行体や一国の通貨システムの設計者が直面してきた伝統的な課題であるため、次節で解説する。
なお、わずかなディスカウントであれば支障がないと考えることもできるが、支払いの際の一般受容性に疑念が生じると、瞬時に大幅に減価するリスクがあることはデジタル時代のマネーの特徴となっている。償還を約束しているケースにおいても償還能力に疑念が生じることで取り付け(Run)が発生しうるが、これは銀行預金マネーも同様である。
ところで、日本の電子マネーのうち前払い式支払い手段は、現金や銀行預金マネーでの償還がなされない。にもかかわらず、額面からのディスカウントは発生していない。その理由としては、「多額でなければ財サービスの購入などで使い切れるので償還は不要である」と利用者が考えている可能性が考えられる。多くの人は銀行預金に100万円を預けても、前払式支払い手段の電子マネーには多額は保有しないであろう。実際、日本では残高上限が数万円に設定されているものが主流である(ICカード・スマホのようなローカルデバイスへのストアド・バリュー型、かつ無記名無認証の利用である場合、不正利用や紛失の損害を一定範囲に封じ込めるため、リスク管理上の措置として上限が設定されている)。
現在、グローバルに利用されているステーブルコインの発行企業では、以下のような2層型の償還設計が採られている事例がある[6]。利用者を2グループに分け、発行体が提供するサービスに口座を開設した利用者には償還サービスを直接提供する。一方、発行体提供の口座は有していないが何らかの方法でチェーン上に口座を有しており、流通市場でステーブルコインを入手した者に対しては、仲介機関を経由して償還するという仕組みが採られている。
前者は仲介機関を含むホールセール向けが想定されており、後者には個人や小規模事業者が想定されている。償還は価値の安定性のための重要な仕組みであり、バックアセットの確保と迅速な対応を支える体制が必要となるが、利用者間でステーブルコインのまま流通し続けるほうが効率的なことは言うまでもなく、上記の手法はそうした効果を発揮しやすくする制度設計であるといえよう[7]。これが成立するためには、仲介機関に対する償還要請が迅速、確実に履行されるという信認が確立されている必要がある。
まとめると、「償還しない」アプローチは、摩擦の除去と価値の安定のトレードオフ問題に陥ってしまい、少額リテール決済用途を除きソリューションにはなりえないであろう。ただし、償還を保証したうえで効率的な運営を設計することは可能であり、とりわけ法域を跨ぐ場合の安全性の工夫を中心に、事業者と規制当局の両者で制度設計の試行錯誤と検証が続いている(前編を参照)。
どこで、誰が、どのような条件で、どのマネーと、額面どおりに、即時に(もしくは、さほど時間を要せずに)、換金してくれるのかは、マネーの価値の安定性を維持するうえで重要な要件である。不換紙幣(正貨との換金性がない)としての中央銀行券も、民間銀行預金マネーとの互換性、すなわち紙幣が銀行預金として無条件に等価で受け入れられることが重要であり、偽札対策や中央銀行券の品質・クリーンさの維持(損傷券の回収)は、文字通り中央銀行の日々の業務となっている。
マネーの単一性と持参人払証書としての民間銀行券
償還(他のマネーとの1対1のパー交換)は、マネーの単一性が保たれるための必要条件である。持参人払証書(bearer instruments)がマネー、典型的には民間銀行券(Banknotes)として発行されてきた歴史を振り返ると、単一性が阻害された原因や対応方法を知ることができ、現代の視点からみても有益な情報となる。実際、ステーブルコインの特性を分析した最近の論文やレポートでも過去の通貨システムとの対比を試みたものが少なくない[8]。
しばしば、トークン化により転々流通特性が獲得されるという言説がなされる。前編では、転々流通特性には受容性が必要であり、デジタルマネーの場合、対象台帳上で記録される口座保有が前提になるという指摘を行った。一方、物理的な紙幣や硬貨、持参人払証書では、物理的媒体を持っている人が、名義の確認なしにマネーと交換できる性質を有している。この場合、受容性が高ければ、転々流通特性が成立しやすい(持参人払証書でも、相手方が受取対象としない場合は当然ある)。
一般に、持参人払証書は転々流通特性を獲得することで「市場価格を持つ金融資産」という特性を帯びてしまう。通貨システムの歴史を振り返ると、持参人払証券の性質を持つマネー(例えば民間銀行券)は額面から乖離しやすくなることがわかる。これは、発行体が償還の義務を負っていたとしても生じる現象である。以下では、米国の通貨システムの変遷から、償還と転々流通特性、額面流通の関係をみてみる。
19世紀央の米国フリーバンキングの時代では、同じ1ドル札でも、発行銀行が物理的に遠い(正貨への償還コストが大きい)、信用力に差がある、知名度が低いと信用力が判らない(情報のコスト)、州法が異なる、偽造されやすい、ブローカー市場が競争的でないといった種々の理由から、額面以下で流通していた[9]。ディスカウントの原因は、発行体の信用不安、償還コスト、裏付け資産の不確実性、偽造リスク、法的地位の弱さなどにあり、完全ではないとしてもこれらを抑制する手法が考案されてきた。
正貨と額面で引き換える即時兌換の義務付けといった法規制対応のほか、距離問題は支店網・代理店網・コルレス網を広げるという対応法がとられていた(ユニットバンキング制の米国ではコルレスバンキングが選択された)。距離に伴うコストはデジタル化社会では解消されたが、法域が異なる・各国の内国為替システムが独立していることに伴う摩擦へと姿を変えて存在し続けている。
現代のステーブルコインと類似した裏付け資産・準備・担保を制度化する方法も採られていた。フリーバンキング時代には、民間銀行券が持参人支払証券の一種として発行されたが、発行銀行には州債や連邦債などの預託が求められたほか、金銀での償還義務が課され、州によっては事前に金銀準備を保有することが求められた(この時期、州債のデフォルトは珍しくなかった)。担保価値が低下して発行残高に見合わなくなった場合には、追加担保の差入れ、または「民間銀行券の回収・償還」が必要となった。これは、マネーの供給がバックアセット準備に制約される点でステーブルコインやナローバンク制度と類似している。ただし、こうした種々の措置にもかかわらず、民間銀行券の額面割れ流通は解消されなかった。
フリーバンキング時代とほぼ同時期に併存していたサフォーク・システム(Suffolk System)では、ニューイングランド地方の銀行で発行された民間銀行券を額面で受入・清算する機関(クリアリング・コンソーシアム)が設立された。サフォークバンクが同機関をボストンに設立し、加盟銀行に無利子の預け金を求める代わりに、額面償還を保証することでニューイングランド地域ではほぼ額面での流通が実現した[10]。加盟銀行は自行銀行券の額面割れやこれに伴う不人気を回避できるほか、償還に備えて大量の正貨を保有する必要がなくなるメリットがあった。このシステムを預金債務に置き換えると、サフォークバンクが現代の中央銀行と資金清算機関を併せたような機能を提供したことになる。サフォーク・システムは、中央銀行無しで通貨システムを作る方法やその限界を考える参考になる[11]。
米国の通貨システムは、フリーバンキング制度の後、19世紀後半の国立銀行制度(National bank system:国法銀行に連邦国債を預託させ、その担保に基づいて民間銀行券を発行させることで統一的なマネーを作る制度)を経て、20世紀初にFederal Reserve System(中銀マネーの登場)に転換していく。
なお、銀行制度や決済システムの長い歴史を通じて獲得されてきたマネーの単一性を巡っては、ステーブルコインの登場を契機に国際的な議論が盛んに行われている。その一方で、以下のような警告もなされている[12]。すなわち、中央銀行や規制当局は「一元性が満たされているか否か」という二元論で語りがちであるが、マネーの価値安定はスペクトラム(連続体)として捉えるべきという意見である。
現代の中央銀行券においてすら、ATMからの引出手数料や引出額の制限、店頭での高額紙幣の受取拒否(もしくは紙幣全般の受取拒否)が存在している。電子マネーへの対応は店舗次第であり、大口の決済には利用できず、現金払戻しの制約や手数料があり、送金不可の電子マネーもある。外為コルレスバンキングやステーブルコインにも送金手数料が存在し、その金額や料率も様々に相違している。伝統的な中央銀行預金マネーは個人利用ができない。こうした種々の制約やコスト面を含めれば、実態としては単一性からの逸脱、すなわち様々なマネーネスが日常的に存在している。
マネーの単一性を議論する際には、額面での交換性だけではなく、受容性、低コストでの移転可能性、即時の決済完了性、法的・制度的な利用可能性、法的・制度的な安定性などを総合的に勘案すべきという指摘はその通りであろう。
ソリューションその3:中銀預金マネーの利用
銀行預金マネーの互換性のなさを二階層システムで解消したように、ステーブルコインに同じアイディアは適用できないであろうか。同一通貨建ての同一銘柄のステーブルコインが異なる企業体によって発行されるケースを考えよう(前述したように同一発行体であれば銀行内部での振替と同様、内部で完結するため効率的な決済が実現される)。
同一台帳基盤を用いていれば、基盤内での記帳でマネーの移転は終了する。クロスチェーンが実現していれば異なる台帳基盤間でも同様である。もっとも、バックアセットの移転が残されている。預金債務の移転という面倒が回避できる一方、バックアセットの移転問題に姿を変えて、問題の本質は何も変わらないまま残りつづける。
すなわち、バックアセットが銀行預金の場合、内為送金もしくは同一通貨の外為送金が必要となり、短期国債の場合は国債CSDでの所有の移転(国境をまたぐ場合は例えばグローバルカストディアンの利用)が生じる。即時性も効率性も改善しない。これを回避するために即時グロス決済でなく時点ネット決済を利用すると、即時性やアトミック性(マネーの移転に関する一連の工程が一体化され、その結果、移転が行われた/行われていないの2つの状態のいずれかしか取りえないこと、移転途中にあるという状態を産み出さないこと)も満たされず、発行体間にもエクスポージャーが生じる。
この問題は、中銀預金マネーの活用で「原理的には」解決できる。ステーブルコインのバックアセットを中銀預金マネーで「集中的に」管理する方法である。海外のステーブルコイン発行体が当該通貨建ての中銀預金マネーにアクセスできれば、安全な中銀預金マネーによる償還とバックアセット勘定間の移転がグローバルベースで実現する。
中銀マネーへのアクセスを業態や法域を超えて拡大する発想は、クロスボーダー決済の課題解決に向けたホールセールCBDCの実験プロジェクト(業態は銀行を想定)で既に取り上げられている[13]。ただし、様々な問題があり現実的なソリューションとはなっておらず、マネーの発行体が銀行でない場合、更に困難となる[14]。中銀マネーへのアクセスを国内発行体に限定すれば困難さは幾分和らぐが、それではグローバルに流通するステーブルコインのメリットは実現されない。
英国と米国のアプローチの違い
法域を跨がない国内利用であれば、既に上述のアイディアは実現に向けて動き出している。BOEが2025年11月に公表したUKポンド建て「システミック」ステーブルコイン規制の市中協議書では、バックアセットの40%を中銀マネーで、残りを短期国債で保有することで、価値の安定性を図る案が提示されている。ちなみに2023年に最初に出された市中協議書では100%中銀マネーでの保有が求められていた。改正案では、発行者の収益源として短期国債による運用を認め、大量集中償還への流動性対応として中銀マネーによる保有も残すかたちとなっている。
ただし、英国外の拠点で発行されたステーブルコインはUKポンド建てであっても対象に含まれず、英国子会社化かつ英国内でのバックアセット保有が前提とされている(前出の文末脚注13を参照)。BOE預金以外のバックアセットの管理については、英国で認可・規制された第三者カストディアンを使うことが求められており、また、発行体が償還やカストディに関する責任を持つことが求められている。第三者保管で倒産隔離を強めるが、責任の主体は発行体のままという設計である。すべての保有者が発行体に対して強い法的請求権を持ち、償還請求があったその営業日末までに資金移転を開始しなければならないとされている。
これに対し、米国のGENIUS法ではOCC(通貨監督庁)の実施案によると、バックアップアセットとして認められるのは、中銀預金マネー、銀行要求払預金、残存期間3M以下の米国債、オーバーナイト・レポ、公債MMFなど、安全・高流動性資産の対象が広く採用されている。中銀預金マネーはその一つにすぎず、構成割合の要求水準も英国より低く、かつ民間銀行の要求払預金で代替することも可能である。また、償還対応の期間も英国より緩やかに設定されている。これは、中銀預金マネーという単一発行体預金に集中させることで決済効率性や即時性を高めるという発想が米国では採られてはいないことを示唆している。
この点は日本の資金決済法も同様である。ステーブルコイン発行体の免許が専用に用意されたわけではなく、預金取扱金融機関、資金移動業者、信託銀行など発行体の業態に沿って、既存の流動性資産準備の形態を想定してバックアップアセットの要件が設定されており、こうした事情から中銀マネーの活用は議論に上らなかったように思われる。
3番目のソリューションをまとめると、中銀マネーをバックアセットの保有や移転に利用することでステーブルコインの摩擦の一部は解消されるが、その効果は国内利用のケースに限定される。法域をまたぐ場合、現在のクロスボーダー送金が抱えている問題と全く同一の課題に直面する。これは、複数のBIS Innovation hubのプロジェクト(Dumbar、m-Bridge、Agoráほか)が取り組んできた・現在取り組んでいる課題である。
これらのプロジェクトや、その延長線上で出てきた新しい取り組みについては後編で解説する。国際的な議論の中で、ステーブルコイン、トークン化預金、ホールセールCBDCがどのように位置づけられつつあるかを紹介する。
(中編おわり、後編に続く)
[1] 有名な例外が英国であり、イングランドとウェールズではイングランド銀行(BOE)のみがポンド紙幣の発行権限を有するが、スコットランドと北アイルランドでは各々3つの商業銀行が独自のポンド紙幣を発行している。18世紀にはイングランドでも地方銀行が各自の紙幣を発行していたが、1844年のピール銀行条例によって銀行券の発行がBOEに集約された。南北戦争以前のアメリカでは、約1,500もの州法銀行がフリーバンキング制の下で独自の民間銀行券を発行し、その後の国立銀行制度の元でも様々な民間銀行券が発行されていた。これは、明治維新期に米国を手本として設立された日本の国立銀行制度においても継承されている。日本における国立銀行券は当初は金貨(正貨)との兌換紙幣として発行されており、制度上は互換性があった。銀行券面のデザインも統一され(銀行名と頭取サインだけが異なる)、政府が米国に一括発注して製造されている。しかし、その後、銀行設立が容易になるよう不換紙幣に変更され、西南戦争のインフレ期には銀行信用力の格差もあって各銀行の紙幣の受容度合いに差が生じた。1882年に日本銀行が設立され、政府紙幣(太政官札)から中央銀行券への移行に合わせて、国立銀行券の発行は停止された(法的通用力の停止は1899年)。なお、前編文末脚注13中のリンク先では貨幣博物館企画展の図録を紹介している。同図録のp16-19では、米国と日本の国立銀行券の実物画像が掲載されている。
[2] 前・後者ともに、預金取扱金融機関が健全性のために支払っている努力やコスト、規制や監督運営にかかる努力やコスト(預金保険制度や中央銀行の最後の貸し手機能、システミックリスクを回避するための市場・決済インフラや制度などを含む)によって裏打ちされている。
[3] 前編では、米国において連邦銀行制度が誕生する前(国立銀行制度時代)の「民間銀行預金マネーによる3階層構造」を紹介した。その事例では、地域の中核銀行(2階層目)が地方銀行(1階層目)の「銀行」になるという地域集約型のネットワークになっていた。これは、支店網の展開を認めない米国ユニットバンキング制度に起因するものであり、国立銀行制度下における準備預金規制によって制度化されたものである。デジタル化時代の電子マネー発行体と民間銀行預金では、電子マネーが全国展開するために地域集約は行われず、全先リンクのmxnネットワーク構造(発行体m社が各々n行の銀行に口座を持つ構造)になっている。デジタル化時代の恩恵により効率的に運営されているとしても、構造的には複雑なトポロジーとなっている。なお、預金者と加盟店も各地域の民間銀行に各々口座を持っている。こちらはある程度は地域集約がなされているが、預金者と加盟店の数が桁違いに多いネットワーク構造となる。
[4] マネーの発行に関する独占の是非と同様に判断が難しいのは、市場取引や清算機関、証券保管振替機関といった市場・決済インフラに関する集中(独占)のメリットの是非である。清算機関では参加者が多いほどネッティング効果が強まる。取引市場も流動性が集約されるほど、効率市場価格の発見や、取引機会の増大、マーケットインパクトの抑制など望ましい効果が得られる。取引所の分散のデメリットは、米国のように最良執行義務とオーダールーティングシステムなどにより部分的に対応可能であるが、清算や証券保管振替では集中のメリットが大きい。欧米では、取引市場におけるATS/PTSの登場とユーロ通貨の誕生によって、取引・清算・保管振替の垂直サイロ型のインフラ産業構造に変革がもたらされ、インフラ間競争が生じた。競争環境と効率性のバランスをどう取るかは明解な解が得にくい難しい問題である。
[5] 前編では発生消滅構成と記述していたが、消滅が発生の前提となるので正式な法律用語としては消滅・発生構成が用いられる。
[6] Circle社webサイトhttps://www.circle.com/legal/usdc-terms?utm_sourceやhttps://www.circle.com/circle-mintを参照。
[7] ステーブルコインについては、米国の国立銀行制度時代(1863-1913年)における民間銀行券の発行システムとの類似性が指摘されている。連邦政府が認可した民間銀行は銀行券を発行することができた。発行銀行は財務省証券を担保として保有することが義務付けられ、その90%を上限に独自の銀行券を発行できた。償還では正貨(金貨)やグリーンバック(連邦政府が発行した政府紙幣)との額面交換が求められ、市中で額面通りに転々流通した。直前のフリーバンキング時代(1837-1863年)では、民間銀行券が額面からディスカウントされて使用されていたが、南北戦争後に導入された国立銀行制度のもとで、価値が同一であるという意味での統一通貨を作り出すことが可能となった。明治初期の日本の銀行制度は本制度を参考にしたが、前出脚注1で述べたように導入後の制度変更によって機能しなかった。米国のフリーバンキング制度や国立銀行制度の詳細は、Mark Carlson(2026) “A brief history of bank notes in the United States and some lessons for stablecoins” FEDS Notesや、Stephan Luck(2025) “A Historical Perspective on Stablecoins,” NYfed, Liberty Street Economicsを参照。
[8] 脚注で前出したMark Carlson (2026)や、Stephan Luck (2025)のほか、Garratt & Shin(2023) "Stablecoins versus tokenised deposits: implications for the singleness of money" BIS Bulletin No.73を参照。
[9] 前出脚注論文やGary Goden(1999) “Pricing free bank notes” Journal of Monetary Economics, Vol 44(1)を参照。
[10] Arthur Rolnick et. al(1998) ”Lessons From a Laissez-Faire Payments System: The Suffolk Banking System (1825-58)” Federal Reserve Bank of Minneapolis, Quarterly Review 2643や、日本銀行金融研究所(2004)「中央銀行と通貨発行を巡る法制度についての研究会」報告書のIII-3(2)や、大森琢磨(2004)『サフォーク・システム:フリーバンキング制か、中央銀行制か』日本評論社を参照。日本銀行金融研究所(2004)は、日本を含む主要国の通貨システムの発展経緯を知るうえで有益な資料である。
[11] サフォーク・システムの限界として以下の点が指摘されている。①全国的な制度でなくニューイングランド地方に限定されたこと、②最終的な決済用資産は正貨であり、中央銀行預金マネーと異なり需要に応じた弾力的な供給ができなかったこと、③制度運営がサフォークバンクという一つの私的機関に依存しており、独占的収益や地域銀行への支配力行使(無利子預け金制度や清算機関が引き取った民間銀行券の正貨への兌換圧力<銀行券発行量の抑制>)が問題視されたことである。いずれの点も、中央銀行の創設が解決策になりうるが、フリーバンク制度の次は国立銀行制度が試されることになった。
[12] Bidder et al.(2025) "Single minded? Stablecoins and the singleness of money" Qatar Centre for Global Banking and Financeを参照。
[13] BIS Innovation Hubのシンガポールセンターが中心となったProject Dunbarがその一例である。詳細は、副島豊(2024)「金融システムの未来像を探る中央銀行の挑戦」の5節を参照。類似のアプローチとして香港センターが中心となったプロジェクトm-Bridgeがあった。中銀マネーへのアクセスポリシーは、一国の資金決済インフラの構造骨格を規定する重要な問題である。各国の方針にも参加者数や業態、間接参加構造などで様々な差異がある。詳細は上述の副島豊(2024)の4節(2)を参照。
[14] 中銀マネーにアクセス可能なのは主に預金取扱金融機関であり、一部国では資金移動業者へのオープン化も始まっているとはいえ、広範な経済主体のアクセスは一般的ではない。その理由の主たるものに金融安定がある。中銀マネーへのアクセスは、しばしば日中流動性や貸出ファシリティなど信用供与を伴う。多くの中央銀行がアクセスを監督やオーバーサイトの対象機関に限定しているのはこうした理由がある。また、中銀マネーは一国の決済システムのアンカーであり、集中しているからこそシステミックリスクの伝播チャンネルになりやすく、決済システムへの参加者の健全性を確保しておく必要がある。このほか、商業銀行ビジネスへの不関与、金融政策への影響なども関係してくる。一国の中央銀行が監督不能な海外のステーブルコイン発行体に中銀マネーへのアクセスを広範にオープン化するのは困難である。そして本文で示したアプローチは「広範」でなければ機能しない。