ステーブルコインとトークン化預金とホールセールCBDC(前編)
変革の時こその鳥瞰図
現代のマネーシステムは「民間銀行の預金マネーと中央銀行の預金マネーという二階層構造」が基盤となっている。多様な電子マネーが登場してきたが、決済システムの構造という観点からは下部レイヤーが加わって三層構造になったに過ぎない。
日本では、こうした伝統的なマネーシステムは明治期を通じて形成されていった[1]。その後、戦時体制下で内為集中決済システムが導入され、1960年代後半に始まる第一次~第三次オンライン化、全銀システム・日銀ネットの発足、口座振替の普及やATM網の展開、国債や株式等の無券面化、DVP、全銀ネットの資金清算機関化、RTGSやCLS、全銀モアタイム、ことら、全銀EDIの導入など、様々な改革を通じて高度化が進展し、かつ安全性を高めていった。銀行預金マネーを基盤とする決済システムは、与信機能を含む広義の銀行システムと不可分な関係にある。現代社会を支えるこれら両システムの重要性は、将来にわたって微塵も揺るぐことはない。
その一方で、分散型台帳技術の発展により、証券決済システムや資金決済システムにおいて、即時性、コスト効率性、確実性、プログラマビリティの柔軟性といった面で、更なる改善のポテンシャルが広く認識されるようになった。また、AI技術の爆発的な発展により、あらゆるビジネスインフラや生活インフラとの連動性や統合可能性がマネーシステムの未来像として意識されるようになりつつある。分散型台帳技術を活用したマネーの新しい形態として、ステーブルコインやトークン化預金、トークン化中央銀行当座預金(ホールセールCBDCの一形態)が登場し、その検証や実装化、利用拡大が既に始まっている。
例えば、2026年3月のJapan FinTech Week期間中には、円建てステーブルコインの新展開や、AIエージェントによるステーブルコインの利用、プライベートチェーンで稼働していたトークン化証券プラットフォームのパブリックチェーン移行、日本銀行による中央銀行マネーのトークン化への言及など、新たな動きが表明されている。また、同月に全国銀行資金決済ネットワーク(全銀システムの運営主体)が公表した新決済システムのブループリントでは、ステーブルコイン発行体とのシステム連携や、トークン化預金の相互運用を確保するための共通基盤の必要性に言及がなされている[2]。
こうした発展に伴って、マネーシステムの複雑化と決済用資金流動性の分散・分断という新たな課題が併発している。多くの技術革新がそうであるように、現在の社会を支えている基盤システムに新たなイノベーションが加わる、あるいは一部(ケースによっては全部)を置き換えていく場合、大きな軋みや試行錯誤、競争、混乱、社会的非効率性が伴う。そうした過程を経て、やがてはより優れた新しい姿に移行していく。
もちろん、もとの姿に戻ってしまう、あるいは変革が殆ど進まずにイニシアティブが終了するケースも少なくない。歴史に埋もれた試行錯誤は、多々存在している。変革の成否が偶然や時代環境に支配されることも多い。このため決済システムの進化には経路依存性があり、世界各国の決済システムやマネーシステムには共通項が多いものの、様々なバリエーションも生じている[3]。
前・後編からなる本稿では、ステーブルコインなど新しいマネーの特徴を決済システムの視点から俯瞰し、その課題や今後の発展方向を展望することを試みる。マネーシステムのトランスフォーメーションが、できるだけ効率的にかつ安全に、適切な方向へ進むための頭の整理が本稿の目的である。
もちろん、新しいマネーは金融機関や新規参入者などのビジネス推進の視点から発行されるものであり、決済システムに絞り込んだ本稿では扱わない側面が多々ある。本稿の内容は筆者個人の視点によるものであり、各業界でビジネス推進を担われている方々が、より広範な視点や実務に基づく深い解像度を持たれていることはいうまでもない。
必然としてのステーブルコイン
財サービスの物々交換が著しく不便であるように、金融資産の直接交換も同じくらい非効率的である。そして、資産の交換以前に、資産価値の評価・認識においてもドル建てや円建て表記が用いられるのは、マネーをニューメレール(価値基準)としたほうが圧倒的に便利であることによる。1SDRや1satoshiで何が買えるのか、普通、誰も認知できないし、したくもない。財サービスや資産の価値は、円やドルなど慣れ親しんだ単位でないと認知が困難である。
もちろん、マネーの価値はインフレにより目減りする。これは、価値の計測は最終的には消費可能な財サービスに帰着することを示唆しているが、インフレ率が非常に高くない(もしくは変動が激しくない、貨幣錯覚を起こしにくい)限り、マネーをニューメレールとすることは経済活動上、合理的である[4]。
そして、分散型台帳技術が作り出した暗号資産の世界には、価値安定的なマネー、交換手段となるマネーが存在しなかった。DEX(Decentralized Exchange)は暗号資産と暗号資産の取引市場、いわゆる資産の物々交換市場であり、マネーで対価を決済する伝統的な資産市場とは異なっていた。伝統的システムにおけるマネー、すなわち銀行預金マネーとの接点は、暗号資産交換所によって担われていた。
しかし、新世界におけるマネーの不在は、より高度なコスト効率性や即時性、プログラマビリティの活用などを目指した分散型システムの発展に対して制約になっていた。新たなシステム上でより高い自由度や機能を持つマネーを、慣れ親しんだニューメレールの単位(ドルや円)に基づいて創造したいというのは、分散型システムに生じる必然的なニーズであった。ステーブルコインは新世界の必然として誕生したのである[5]。
そのステーブルコインは、ドルや円とリンクした価値尺度マネーとして機能するために、発行体によるバックアセットの維持管理を必要としている。これらのバックアセットは、一般に銀行預金マネーや短期国債など高流動性資産で構成されている。これらは伝統的システムのなかで機能しているため、そこにはなお伝統的システムに一部残存する摩擦(フリクション)が存在している。それゆえ、バックアセットを暗号資産とし、その大きな価格変動リスクに対して超過担保を保持することで価値の安定化を試みたステーブルコインも少数派だが存在している。
このように考えると、分散型システムの世界内でフリクションレスに機能するトークン化預金や、トークン化国債、トークン化MMFのニーズが生じてくることが理解できる。また、価値保蔵手段としてのステーブルコインは、現金と同様にインフレや運用機会逸失に関する弱点がある。それゆえ、ステーブルコインを投資・決済待機資金として所有している者には、安全運用先としてMMFや国債、銀行預金をよりフリクションレスに活用したいニーズがあり、これも安全資産のトークン化動機に繋がっている。米国におけるトークン化MMFの発展ではむしろ後者のニーズが牽引力となっており、この現象については2013年に急成長したアント・フィナンシャルグループのMMFとの類似性が指摘できよう[6]。
なお、日本の銀行でもトークン化預金を発行する動きがみられるが、新世界との接点強化というより、銀行としてのエコシステム強化・既存の顧客サービスの高度化というビジネス戦略の文脈で捉えられているように見受けられる。もちろん、新技術の用途は多様であり、様々な戦略が試されるのは新たな価値の創造に繋がる重要な挑戦である。
金融のデュアルシステム化
ステーブルコインやトークン化預金、トークン化当座預金の動きは、「伝統的システムで作り上げられてきた世界のコピーが、新技術を活用した新世界の内部において段階的に形成されつつある過程」として捉えることもできる。
新世界が相当規模にまで拡大し、金融システムが新旧のデュアルシステムとして認知されるようになった未来がやってくるのならば、両システムの結節点として銀行預金マネーとトークン化預金が重要なチャンネルになろう。同様なことが、「銀行の銀行」としての中銀預金マネー(当座預金)のトークナイゼーション、いわゆるホールセールCBDCの一形態についても予想される。
一方で、伝統的な中央銀行の準備預金や、RDB(Relational Database)やNoSQLという伝統的な台帳システムによっても、トークン化されたマネーの決済は技術的には可能である。一部では、中央銀行マネーのトークン化は必須ではないという考え方も示されている[7]。この点は、後編で触れることし、以下では分散型台帳技術のもとで発行されるトークン化当座預金を想定して話を進める[8]。
分散型台帳技術の新世界において、信用と預金の同時創造(いわゆる信用創造)を担う銀行・中央銀行は今のところ存在しない[9]。しかし、伝統的システムにおけるこれらのエンティティが信用創造機能と深く結びついた預金マネーによる決済サービスを新世界向けに提供すれば、①新世界内部での摩擦の削減と、②世界がデュアルシステムになった時の新旧システム間の摩擦の削減、その双方において有効であると思われる。
この点は、新世界が信用創造機能を内包することの是非と関係してくる。銀行システムの健全性を巡っては、社会経済を揺るがした数多くの金融危機の歴史と、その経験を踏まえた制度設計の見直しや監督規制体系の改善の積み重ねの長い歴史がある。伝統的世界がどのようにして現在の姿に辿り着いたのかを数世紀にわたって振り返ることは、未来の金融システムを考えるうえで極めて貴重な情報になる。
なお、デュアルシステムでは、ショックの伝播が伝統的世界より「更に」複雑になる。未知のシステムでのコンテイジョンチャンネルの特定化は容易ではなく、どれほど事前の危機予防策や伝播の遮断措置をとっても、“This time is different.”が真実になる日は永遠に来ないのかもしれない[10]。これも金融危機の歴史の残念な教訓である。
マネーの摩擦(フリクション)
新世界が抱える摩擦について、まずステーブルコインから考察する。これは、伝統的マネーシステムが創造されてきたときに生じたものと同じ摩擦であり、マネーの本質にかかわるものである。分散型台帳技術だから、あるいはトークン化されているから解決できるという類のものではない。トークンは銀行預金と異なり、現金のように転々流通するベアラー(bearer、持参人払い)マネーであることがその利便性として指摘されるが、その利便性は無条件には成立せず、受け手の受容性という銀行預金マネーと同根の課題を抱えている[11],[12]。
これを順に理解するために、まず、銀行預金マネーがその性質上、必然的に抱えざるをえなかった摩擦と、その解決方法の歴史的展開をみてみよう。
預金とは銀行の負債であり、預金者にとっての債権である。日本では明治初期に銀行制度が導入された際、中央銀行は存在していなかった[13]。それゆえ、国立銀行(国が免許を与えた民間銀行)の間の資金決済では、互いに預金を持ち合う(プリファンディングする)という内為コルレスバンキングが採用された[14]。
行内振替は最も効率性が高い送金や決済手段であり、同一の預金債務発行体が、預金者間で銀行債務(預金者債権)の付け替えをおこなう行為である(正確な議論は文末脚注を参照[15])。そのためには、同一銀行内に顧客が預金口座を持つ必要がある。銀行間資金決済のように相手方が銀行である場合も同様である。
容易に想像できるように、この方法では銀行間資金決済において決済用預金流動性の大量の無駄使いが発生する。銀行がn行あった場合、銀行間の預金の持ち合いが、n x (n-1) 組も発生する。それゆえ、明治の国立銀行創設期のコルレスバンキング・ネットワークは疎(スカスカ)にならざるを得ず、地域間の送金が不自由なだけでなく、資金偏在や大きな金利差が収斂しないという問題に直面した。
国立銀行制度の制定と運用開始後、さほど時を置かずして日本銀行が設立された主たる理由の1つに、この問題の解決があった[16]。ただし、日本銀行の支店数が急には増えなかったため、内為コルレスバンキングと日本銀行預金を用いた決済は明治大正期を通じて併存した。日本銀行預金による内為集中決済制度が導入されたのは戦時体制下である[17]。日本銀行支店の集中的な新規開設もこの時期に行われている。
銀行の銀行:二階層型マネーシステムというソリューション
ポイントは、発行体が異なる債務(預金者にとっては債権)には互換性がないという点であり、その課題解消のため明治初期に中央銀行が設置されたという点である。現代の二階層型マネーシステムはこうした歴史展開に由来する。以下では、異種債務の互換性のなさが、異なる時代や異なる地域において、どう克服されてきたのか複数の事例を紹介する。
米国では連邦準備制度・連邦準備銀行が設立されたのは1913~14年である。それ以前は、民間銀行の三階層構造により広大な国土内での決済が行われていた。地域の銀行Country banksは、地域主要都市のReserve city banksに準備預金口座を持ち、同banksはニューヨーク(のちにシカゴとセントルイス)にあるCentral reserve city banksに準備預金口座を持つという民間銀行の三階層構造である(Country banksがCentral reserve city banksに準備預金を持つことも可能であった)。現代の日本においても、民間銀行間のドル資金決済を東京で行う場合、米国大規模民間銀行の東京支店が提供するドル預金口座が利用されている。
このように中央銀行預金でなくとも、レイヤーを重ねることで預金マネーの互換性(インターオペラビリティ)のなさを補うことが可能である。しかし、「銀行の銀行」を民間銀行が担うことにはシステミックリスクが伴う。コンチネンタル・イリノイ銀行がTBTF(Too Big To Fail)であった理由の一つに、連邦準備制度以前において同銀行はReserve city banksであり、時代が変わってもその歴史的経緯から多数のコルレス先銀行を抱えるcorrespondent銀行であった点が挙げられている。
また、外為PvP決済における「銀行の銀行」を担っているCLSも、外為決済リスクの管理を理由に設立された。銀行破綻に伴う国際的な「資金のとりはぐれ」が1970年代に発生していたが、1990年代には金融市場のグローバル化に伴って外為決済リスクへのエクスポージャーが各国主要銀行で巨額なものとなり、金融システム上の極めて深刻な問題となった。こうしたなか、中央銀行の後押しにより民間銀行によってCLSが設立された。CLSは民間銀行であり、グローバル決済インフラでもある。そのシステミックな重要性ゆえ、FRBの法的監督権限下にあり、かつ、決済対象通貨18か国の中央銀行による協調オーバーサイトの元で運営されるという特殊な形態をとっている。
中央銀行マネーを活用した「銀行の銀行」という二階層型マネーシステムは、世界の殆どの国で採用されている。これは、決済の効率性と安全性の面で高い合理性があることに起因している。
ステーブルコインの三重のフリクション
発行体が異なるマネーに互換性がないという原理原則は、ステーブルコインにおいても同様である。これに起因して以下の3つのフリクションが発生する。受容性の摩擦、償還の摩擦、台帳非互換の摩擦である。順に解説する。
受容性の摩擦: トークンの有用性として転々流通するという特徴が指摘されることがある。これは、受け手がおなじチェーン(分散型台帳)にアカウントを有している場合に成立するものであり、この受容性が常に成立するとは限らない[18]。資金流動性(マネー)の分散化を防ぐために、同一のチェーン上で同一のコントラクトによって発行されれば、異なる法人が同一銘柄のステーブルコインを発行する場合であっても集中のメリットを甘受することができる。
ただし、発行体の法域が異なると、規制上、代替可能性(fungibility)が認められないこともありうる。これは規制に伴う受容性の摩擦といえよう。Multi-issuer fungibility arrangementを認めるかは、現在、国際的な論点の一つになっている。
なお、銀行預金マネーについても全く同様な受容性の摩擦が存在した[19]。銀行Aの預金者が銀行Bの預金者に送金したい場合、中央銀行預金のような上位レイヤーも、内為コルレスバンキングも存在しないとすると、銀行Bの預金者に銀行Aに預金口座を開設してもらうしかない。これでは不便なので、先に紹介したように明治初期から戦時中にかけて、内為コルレスバンキングと二階層型マネーシステムの併用が進み、内為集中決済の導入やオンライン化によって受容性の問題が徐々に解消されていった。
同一銀行内での振替に勝る効率性はないが、二階層型マネーシステムでの効率性や安全性を高めるために、集中決済、ネッティング、中央清算機関設立といった決済の高度化が進展した。こうした経緯は、ステーブルコインやトークン化預金に今後生じうる発展を予測するうえで参考になる。
償還の摩擦: ドル建てステーブルコインで銘柄が同じであっても、発行体が異なるとバックアセットの管理主体(償還請求先)も異なる。A社発行のステーブルコインについて、B社も同一銘柄のステーブルコインを発行しているからといって、B社に持ち込んで銀行預金として償還してもらうことはできない。
こうした不便さを解消するため、両社間に特段の契約が結ばれて償還対応が行われているケースがある。しかし、両社間のバックアセットが銀行預金のような伝統的システムで扱われている以上、バックアセット間のリバランスは伝統的システムに依存する(もちろん多数の払い・受けをネッティングすることで決済効率性は高められるが、未決済期間の長期化や一部のデフォルトに伴う全体の巻き戻しリスク、いわゆる決済リスクは高まる)。そして、法域が異なると問題はさらに複雑化する。
台帳非互換の摩擦: 同一銘柄のステーブルコインが「発行体は同一だが異なるチェーン上で」発行されていた場合、償還の問題は発生しないかもしれないが、チェーンを跨いでステーブルコインを移動させることができない。銀行預金に無理やり例えると、ある銀行が異なる勘定系を2つ有しているケースである。両勘定系を連携させれば自行内2系統間の振替が可能となる。これがクロスチェーンの発想である。
しかし、チェーンのガバナンスという視点では、同一主体がガバナンスする銀行勘定系の例え話と異なり、クロスチェーンはより難しいソリューションとなる。CCTP(Cross-Chain Transfer Protocol)のようなプロトコルが開発されているが、異なるチェーン間でのステーブルコインの発生・焼却を単一の発行体が管理できることが前提となっている。汎用的なクロスチェーンプロトコルも存在しているが、仕組みはより複雑となる。ガバナンスの面では中央集権型運営のほうが容易かつ安定的であり、分権型には複雑さゆえの不安定さが伴う。分権型であることのメリットとの間にはこうしたトレードオフが存在している。
さらには、多数のチェーンを結ぶ必要性が生じると、全体が煩雑で非効率的なシステムとなってしまう問題がある。ロック&ミント方式のラップ技術をクロスチェーンに使うことも可能であるが、ただでさえロックの管理が煩雑なところに、組み合わせの増加が起こるため、複雑性が増しかつ資金流動性の低下やマネーの分断化が著しくなる。
なお、同一発行主体のクロスチェーン事例では、償還用のバックアセットは一か所にプールすることが原理的には可能だが、あるチェーンで集中的に償還が発生した場合、これに対応できる資金流動性を機動的に振り向ける体制を伝統的世界(典型的には銀行預金)において確保しておく必要がある。こうしたバックアセットの管理や振分けが法域を跨る場合は、規制に伴う強い摩擦が生じてくる。
同一銘柄のステーブルコインですらここまで解説してきたような複雑さを伴う。異なる銘柄のステーブルコイン間の送金では、通貨建てが同じであっても、受取人が別銘柄での受領を望む場合や受取側サービスがその銘柄しかサポートしない場合には、ステーブルコインの交換を行ったうえで送金する必要がある。Ethereum基盤上の台帳システムで発行され、かつERC-20のような共通規格を用いている場合、交換の容易さが高まるが、交換が必要なことに変わりはない。
以上をまとめると、預金マネーと同様にステーブルコインにおいても、受容性の摩擦、償還の摩擦、台帳非互換性の摩擦が存在しており、各々技術的な解決方法が模索されているが、これらの3要因は複雑に絡み合っているため解決は容易ではない。また、思わぬ落とし穴が事後的に発覚することは伝統的世界の歴史に鑑みても十分予想される。
摩擦の克服
こうしたフリクションは、分散台帳技術上の工夫以外にどのような手段で解決可能であろうか。後編では、まず、ステーブルコインが抱えるフリクションに対して3つのソリューションが考えられることを解説したうえで、トークン化預金の特性との比較を行う。そのうえで、トークン化中央銀行当座預金の可能性と、3つの新しいマネーが加わった金融システムの未来像について解説する。また、ホールセールCBDCを巡っては、未だその概念が固定化されていないため、海外の検討・論考事例を参考に整理を行う。
(後編に続く)
[1] 明治期の銀行間資金決済の発展については、小池良司(2026)「個別決済方式の内国為替:1880-1943」、日本銀行金融研究所、IMES Discussion Paper Series 2026-J-2がコルレスバンキングのネットワークの本数を文献から掘り起こした貴重な調査結果を提供している。明治維新前後の銀行制度創設期の経緯については、鎮目雅人(2021)「渋沢栄一と国立銀行:近代日本の経済発展を支えた金融インフラ」、資本市場研究会『月刊 資本市場』429号や、鹿野嘉昭(2025)「日本近代銀行制度の成立史」、東洋経済新報社、靍見誠良(1991)「日本信用機構の確立:日本銀行と金融市場」、有斐閣を参照
[2] 以下リンク先を参照。https://www.zengin-net.jp/announcement/pdf/announcement_20260319-2.pdf
[3] BISの決済市場インフラ委員会CPMI(旧CPSS)の作成物に、主要国の決済インフラや制度、エンティティを共通記述項目でまとめた「Red book」と呼ばれる解説書があり、国際比較可能な形で各国別に提供されている。筆者は、2011-12年のアップデイトの際に日本編を担当した。なお、Red bookには統計編があり、こちらは毎年更新されている。決済統計の国際比較に有益なデータセットとして提供されている。https://www.bis.org/cpmi/paysysinfo.htm
[4] 文化活動、精神活動的には必ずしもそうではない。あの人には借りがあるの「借り」を金銭債務として計測することは殆どの場合、不適当であろう。贈与論と債務としての貨幣論の間にはグレーゾーンが存在している。なお、貨幣錯覚を起こさないほど人間が超人化すれば(もしくは記憶・認知・判断の強化支援システムが発展すれば)、媒介としてのマネーは不要になるかもしれない。マネーが担っている価値の共通尺度や交換の媒介機能は、データや記憶装置、アルゴリズムによって置き換えられていく可能性があるという考えが成田悠輔氏によって示されている(同氏の主張には、マネーは限定された1つの次元で価値を測るものに過ぎず、価値が生産されてきた過程にある情報を捨象してしまっているというマネー中心の価値観への批判も含まれている)。需要曲線が右下がりである、すなわち一物多価値が成立しているのは、人によって異なっている財サービスの価値判断にマネーを価値尺度として適用していることの裏返しである。近年では、一物多価値を価格差別(Price discrimination)に活用する動きが情報のデジタル化によって加速しているが、これはデータ化社会の深化過程の一現象であろう。もちろん、消費者余剰を奪う価格差別の仕組みの是非は、何が公正(fair)かという時代の規範に左右される。税や社会保障制度にも累進税率や控除・給付という一種の価格差別が導入されているが、デジタル化社会の深化に伴って、こうした仕組みがより高度化されていく可能性についても成田氏が指摘している。
[5] 本稿では、パブリックチェーンとパーミッションド/プライベートチェーンを含む広義のTokenised ledger world を新世界と呼んでいる。トークン化預金・当座預金はパーミッションド/プライベートチェーンを前提としたものが多いと思われるが、本稿とは異なり、これらを伝統的な世界とみなす考え方もありうる。
[6] 規制変更がなされるまでのアリペイは、顧客の銀行口座と振替が自在にできるエスクロー口座(顧客からの預かり金口座として機能)を同一銀行内に設け、ECでのDVP(資金取りはぐれ・商品受け取りはぐれの両リスク回避)に活用した。加えて、待機資金が摩擦なしに自社グループのMMFへ向かえる資金運用ビジネスを作り出した。消費用の手元資金が不足するとMMFをリアルタイムで取り崩せるシステムでもあったが、これはMMFに大きな資金流動性リスクをもたらすものであり、規制当局が介入する「要因のひとつ」となった。デジタルバンク化が進むほど銀行預金にもこうした流動性リスクが高まることは、シリコンバレーバンクの破綻でも明らかとなっている。
[7] Durfee, Maniff and Slattery (2023) “Examining CBDC and Wholesale Payments,” FED notesを参照。データベース技術の視点からトークンを定義する見解については、後出の脚注15を参照。
[8] 2026年3月のFIN/SUMにおける日本銀行植田総裁の挨拶「新金融エコシステムにおける中央銀行の役割」では、「トークン化された中央銀行マネー」という表現が使われている。また、国際的な実験プロジェクトであるプロジェクト・アゴラでは、「中央銀行マネー」をブロックチェーン上の「トークン化預金」として発行できる仕組みを検討していることにも言及している。
[9] DeFi等にはステーブルコインのレンディングサービスが存在し、これを信用創造と呼ぶ誤用も一部に見られているので、概念整理を行っておく。暗号資産を売却して対価をステーブルコインで得れば単なる売買であるが、暗号資産を担保にステーブルコインを借入れ、期末に返済すれば、レンディングとなる。貸手は「既に保有している」ステーブルコインについて、担保資産を担保に貸し出すことが想定されている。そこでは、バックアセットの新規預け入れとセットでステーブルコインが新規に発行されているわけではない。質屋のカウンターで質を担保に現金を借りるのと同じ行為である(現金は予め資産として質屋が所有している点がポイントである)。そもそも、バックアセットの入金見合いで発行されるステーブルコインは信用創造ではない。バランスシートの左側に貸出が立ち、右側に見合いで預金が発行される行為が信用創造である。なお、ステーブルコインをレンディングすることで、カウンターパーティリスク(貸出先の破綻・未返還リスク)の対価として金利収入を得る機会を提供するサービスも存在する。これが無担保での個人向け融資であれば消費者金融と同じ機能であり、機関投資家やハイクレジットの企業への審査・モニタリング付き融資であれば、無担保のノンバンク・ローンやプライベート・デッドと同じ機能である。これらも、融資に伴い新規のマネー(ステーブルコイン)が創造されるものではなく、与信ではあるものの信用創造の範疇には入らない。貸し手が「資産として予め保有している銀行預金」が借り手に送金される行為である(質屋のケースの現金に相当)。
[10]"This Time Is Different: Eight Centuries of Financial Folly"は、カーメン・ラインハートとケネス・ロゴフが2009年に出版した研究書である。過去800年にわたる66カ国以上の金融危機の歴史を体系的にデータ分析した貴重な分析結果が示されている。その中核的メッセージは、 金融危機は時代や地域を問わず繰り返し発生しているにもかかわらず、人々はそのたびに「今回は違う(This time is different)」と信じてしまい、この集団的な思い込みこそが危機を招く根本的なパターンだと指摘している点にある。金融危機の原因は、金融システムが発展する過程において意図せざるかたちで組み込まれる。様々な形態をとって危機が表面化するが、危機の拡大・伝播メカニズムを事前に予想するのは容易ではない。預金マネーの取り付けや資産の流動化・投げ売りの自己実現的なループは、その主要な発生形態となっている。
[11] 現金においてすら受容性の問題は存在する。例えば、自国の法定通貨でなく米ドルでの支払いを要求するドル化経済国、クレジット・デビットカードの普及と現金流通網のリストラにより現金での支払いが拒まれがちとなってしまった国、民間銀行が各々の地域で異なる紙幣を発行していた時代など、現金の受容性は自明のものではない。
[12] BISの各種レポートではステーブルコインをbearer instrumentsと表現しているが、IMFはprivate keyによる支配と分散型台帳上の記録という2つの特徴で整理している。EBA(欧州銀行監督機構)は、トークン化預金はその多くが預金マネーと同様にアカウントベース(トークンでなく口座による管理、脚注15を参照)であり、non-bearerだと述べている。
[13] 国の免許に基づいて設立された国立銀行制度においては、各民間銀行が銀行券を発行していた。同制度が導入される際には、英国のイングランド銀行をモデルに正貨準備(金貨銀貨)に基づく兌換紙幣を発行する単一の銀行を設立する案と、米国のナショナルバンクをモデルに全国各地に民間銀行を設立して不換紙幣を発行させる案があり、米国を視察した伊藤博文が推す後者が採用された。銀行論争といわれる。判りやすい解説が、日本銀行金融研究所の貨幣博物館が2022年に行った企画展「にちぎん140周年企画展、水辺の風景と日本銀行:日本橋川と中央銀行誕生までのあゆみ」の図録p11やp16-19にある(以下のアドレスから閲覧可能)。https://www.imes.boj.or.jp/cm/exhibition/article.html?20220916
[14] より正確で詳細な解説は脚注1の小池論文を参照。
[15] 日本法上は、預金による送金は民法上の通常の「債権譲渡」や「債務引受」として構成されていない。明治期の民法成立より先に存在していた預金を用いた送金行為は、現代において法解釈上「発生消滅構成」として整理されている。これは、暗号資産の移転におけるmint and burn(発行・焼却)と類似した概念である。あるアカウントに紐づけられている暗号資産を消滅させ、代わりに新たな同一種類の暗号資産を発生させて、これを受け手のアカウントに紐づけるという行為である。暗号資産と銀行預金のデータベース技術上の相違点は、暗号資産のデータベース管理が、まずトークンありきで、そこに所有者アカウント情報や価値単位情報を紐づけるものであるのに対し、銀行預金は、所有者アカウント(預金口座)がまずあって、その残高情報を書き換えていくというデータベース設計上の相違に過ぎない。トークンとは何かという問いに対する回答の一つは、「データベース上のKey IDをトークンという資産のひと固まりで定義して管理するもの」というデータベース技術上の概念理解である。そのKey IDに対して、何単位であるか(例えば1ビットコインなのか0.08ビットコインなのか)、所有者アカウントは何かといった属性情報が付与される。これに対して、銀行預金のKey IDは預金口座のIDであり、そのIDの所有者情報はCIF(Customer Information File)で管理され、一般にはリレーショナルデータベースとして連結される(リレーションシップが張られる)形態をとる。本論に議論を戻すと、民法上の制約が強く働くのは、同一の債権・債務関係をそのまま第三者に承継させる場合であり、銀行送金では、①振込依頼人と仕向銀行の振込依頼契約、②仕向銀行と被仕向銀行の為替取引契約、③被仕向銀行と受取人の預金契約という「別個の契約関係の連鎖」として発生消滅の枠組みで捉えられている。こうした理解は、過去の裁判所判例や近年の民法改正にも反映されている。
[16] 「日本銀行百年史」第1巻を参照。https://www.boj.or.jp/about/outline/history/hyakunen/index.htm
[17] 集中決済やネット決済、清算機関の活用により、決済用預金の持ち合いは劇的に抑制することができる。詳細は、副島豊(2024)「金融システムの未来像を探る中央銀行の挑戦」、SBI金融経済研究所、所報5号の図表7を参照。
[18] たとえ、Ethereumの上にERC-20のような共通規格を用いて分散型台帳が実装されたとしても、外部ブリッジが不要になり、同一基盤ゆえに交換の実装コストが大きく下がるに過ぎず、台帳同士が同一になるわけではない。銀行の勘定系システムを共同センターの同一インフラで運営したとしても、A行とB行の預金台帳は何らかの送金システムを必要とするのと同じである。その対応においては、相互に預金を持ち合うコルレスバンキング制ではなく、内為集中決済システムを通じて中央銀行預金で決済するという対応がとられている。
[19] 外為送金においては今も異なる形で存在している。日本の地域銀行の預金者が、外為コルレスバンキングによって海外の地域銀行預金者に送金しようとした際、指定された預金者口座を見つけられず送金不能として返ってくるケースがある。口座が見つけられないというのも受容性の摩擦の変形バリエーションである。