気候変動を巡る国際金融規制:バイデン政権時代の振り返り (2)
第1回では、国際的な気候変動関連の企業開示規制の導入経緯や気候変動タクソノミー、トランジション・プランを巡る動きを振り返った。第2回では、開示規制と並んで注目を集めたグリーンウォッシング対策に触れたうえで、気候変動リスクに対する銀行規制・監督規制当局の動きを振り返る。
グリーンウォッシング対策について
第1回で述べた開示関係の動きと並行して、特に証券市場監督当局者に対するもう一つの大きなテーマは、所謂グリーンウォッシング対策であった。ESG問題への関心が高まるにつれて、ESG投資への需要が急速に高まり、他の一般的な投資ファンドに比してESGファンドに顕著に資金が流入することとなった。それと共にファンドの名称をESGを冠したものに変更する動きが進み、2021年にピークを迎えた。しかも、曖昧なESGの用語を名称に使うファンドが増えてきている。
サステナブル関係の金融商品の特徴としては、その多様性がある。例えば、アプローチをとってみても、① ESG要素を統合したもの、② エンゲージメントを目的としたもの、③ 何等かの規範をベースとしてスクリーニングをかけるもの、④ ネガティブ・スクリーニングをかけるもの、⑤ ベスト・イン・クラス(その分類の中で最も優れた企業を選ぶ等)、⑥ インパクト投資、などがある。これに伴い、共通の基準、明確な用語定義と商品分類及び名称付けのルールがない中では、ポートフォリオ管理実務に関する開示が重大な誤りや誤解を招く表現等を含むリスクが高まってきた。
更に、こうした新しいビジネスや商品に対し、業者の法務やコンプライアンス部門の実務が追いついていないことが、問題を複雑化してきている。こうした背景の下、いわゆるグリーンウォッシングを防止する観点から、国際的に金融当局は、特に資産運用関連の業者に対して、①商品レベルの開示規制の導入、②ファンド名称に関する規制の導入、③監督上の目線を示すなど、監督・執行面の強化、及び④ESG格付機関等への規律付けといった対応を行ってきている。
資産運用業者及びESG商品の開示規制とファンドの名称規制
資産運用業界に対しては、2021年11月に、証券監督者の国際的なフォーラムである証券監督者国際機構(IOSCO)が、加盟規制当局に対して、資産運用業者への対応、サステナビリティ関連商品レベルでの開示、監督及び違反摘発執行、金融用語の定義、及び投資家教育についての5つのハイレベルな提言を提示した報告書を取り纏めた。これを背景とした各国当局の動きを見てみよう。
まず、EUにおいては、サステナビリティ関連商品レベルの開示には、サステナブル・ファイナンス開示規制(SFDR)があり、これが事実上商品の名称規制としての機能を果たしてきた。SFDRでは、金融商品をサステナビリティの考慮の程度に応じてメインストリーム金融商品(6条ファンド)、環境・社会的特性を促進する金融商品(8条ファンド)及びサステナブル投資を目的とする金融商品(9条ファンド)に分類し、分類ごとに各金融商品が満たすべき開示要件を規定している。
この規制をベースに、欧州証券市場監督局(ESMA)は、加盟国間でESG関連の金融商品の開示等に対する監督上の対応の一貫性を確保する為に、監督上のガイドラインを2022年に公表をしている。そのポイントは、サステイナビリティ・リスクがどのようにファンドの投資判断に統合されたのか、具体的には8条ファンドにあっては環境・社会的特性の性格、9条ファンドにあっては投資のサステナビリティ目標や目標を達成する戦略が明確に示されていることを当局は検証すべきである、とされている点にある。加えて、ESG関連の文言は実体的事実で裏付けられていなければファンドの名称に使用されるべきではないこと等が示されており、違反がみられた場合には行政処分を行うことも検討すべきと記されている。
しかしながら、この6条、8条、9条という類型は、一般の個人投資家には分かりにくい為、別途Eco Labelというものを策定する動きが各国及びEUにも見られていた。もっとも、例えばドイツの規制当局は、2022年5月に、「規制、エネルギー、地政学のダイナミックな状況を背景に、予定していたsustainable investment fundの指令は保留する」と表明し検討を棚上げするなど、その後大きな進展の動きは見られていない。同時に、上記SFDRの規制は複雑であることも事実である為、後述する英国での規制案策定も睨みつつ、現在、SFDR自体の見直しの検討が進められている。
英国においては、規制策定に先立ち、英国金融行為規制機構(FCA)が、2021年に英国の資産運用業者のCEOに対し、ファンドの名称、リソースの配分、投資家向けの開示につき適切な対応を要請することを企図し、ファンド名、投資目的、投資方針や戦略に関する開示書類の記載と実際に保有する銘柄について一貫性のある形で反映させる為の詳細な指針原則を示したレターを発出している。そのうえで、ESGファンドの名称規制については2023年11月に、①Sustainable Focus、②Sustainable Improvers、③Sustainable Impact、及び④Sustainable Mixed Goalsの4類型に分類することを内容とした最終報告書を取り纏めている。
FCAは、この最終報告書の公表と併せて、英国の資産運用業者のESG原則の適用状況について調査を行い、結果を公表している。公表物では、ESGの名称を持ついくつかの商品は、ESG関連の目的を明示的に有していなかった、ファンドの保有資産がESG目的と整合がとれていなかった、ESG関連の鍵となる情報が説明・開示されていなかった等の問題が指摘されている。今後、新規制の導入に伴い、こうした問題が是正されることが期待される。
米国においては、SECが運用会社のESG投資に関する開示強化を目的とし、ESG要素を考慮するファンドに対して、インテグレーション・ファンド、ESGフォーカス・ファンド、インパクト・ファンドの3つの類型を示してそれぞれに要求される開示内容を示した規制案を公表した。これとともに、2023年9月に最終化されたファンド名称規制の改訂において、特定のアセットクラス、産業、国・地域を冠するファンドに対し、その名称が示唆する投資対象に資産の80%以上を投資する方針(80%投資方針)を採用することを求める規制を拡大した。この規制をファンドの投資決定にESG要素を組み込んでいることを示すファンド名等にも適用することを明示するといった規制の近代化を行った。
規制執行面においては、SECは、バイデン政権発足に合わせ、30名強からなる、ESG関連の違反摘発タスクフォースを設置し、モニタリングを強化した。この結果、世界最大のブラジルの鉄鉱石会社やいくつかのグローバルな資産運用会社による違反を摘発するといった成果を上げた。また、SECの検査方針の優先重点分野においても、ESG投資のグリーンウォッシング対策が掲げられていた。
しかしながら、政治的な風当たりが強くなってきた為か、2024年検査方針の優先重点分野からはESG投資のテーマは消え、また、上記のタスクフォースも解散してしまった。ただ、2024年秋においても、複数の資産運用会社に対して、ESG投資に関しての不実記載で違反の摘発はなされている。その摘発の際のプレスリリースに述べられているとおり、「やると言ったことは実際にやらなければならず、また、やっていることは正しく開示されなければならない」ということである。
このように考えた場合、特段、政治的に摩擦を生みやすい気候変動問題ということを旗頭に掲げ大上段から摘発をしなくても、従来のアプローチによる不実記載等での実効性のある摘発は十分に可能であると考えているものと推察される。
ESG格付及びデータ提供者に対する規制
グリーンウォッシング対策のもう一つの大きな柱は、ESG格付及びデータ提供者に対する規制である。資産運用業者のESG格付及びデータ商品への依存が進む中で、基準の欠如はグリーンウォッシングのリスクを惹起しているとして、IOSCOは2021年11月に、規制当局、ESG格付及びデータ提供者、利用者、ESG格付及びデータ商品の対象となる企業に対し、10のハイレベルな提言を提示した最終報告書を取り纏めている。
この報告書では、規制当局に対して直ちに規制の導入が望ましいと求めている訳ではないが、ESG格付及びデータ提供者に対しては、独立性の確保や潜在的な利益相反への適切な対応、手法やプロセスに関する十分な開示、及び企業の情報収集プロセスの改善などが求められている。
これに対し、EUにおいては、ESMAがEU域内で営業を行うESG格付会社を承認・監督・立入検査・処分する等の権限を有し、格付業者は透明性の向上、独立性の確保や利益相反の管理等を行うべきとする規制案を2023年に公表し、2024年11月に欧州理事会で採択された。なお、英国においても、FCAは行動規範策定の為の作業グループを設置し検討を進めるとともに、英国の労働党政権は、より透明性が高く、説明責任を果たし、持続可能な投資慣行を求める広範な政策の一環として、ESG格付機関及びデータ提供者に関する規制を導入する方向であることを示している。他方で、米国においては、この面での規制導入についての明示的な動きは、これまでのところ見られていない。
銀行規制・監督当局の動き
これまでは、主として、証券市場周りの動きを見てきたが、銀行規制・監督当局の動きを振り返ってみよう。第1回で述べたとおり、物理的リスクや移行リスクといった気候リスクが存在するのであれば、金融システムの安定を確保する為に、銀行等に対して実効性あるリスク管理を行うよう、規制や監督上の対応が必要になる。ただ、その為には、まずは企業開示により必要なデータが出てきて初めて、それを基にリスクや脆弱性の定量化・分析を行うことが出来、その結果、規制や監督上の対応が可能になるというのが、2021年のFSBの整理であった。
国際的な銀行規制・監督当局者の集まりであるバーゼル銀行監督委員会は、2021年に「気候関連金融リスクの波及経路」及び「気候関連金融リスクの計測手法」という2本の報告書を公表している。このうち、「気候関連金融リスクの波及経路」の報告書においては、①物理的リスク、移行リスクといった気候リスクが銀行にもたらす影響は、信用リスク、市場リスク、流動性リスク、オペレーショナルリスクといった伝統的なリスクカテゴリーにマッピング出来る可能性があるが更なる調査が必要である、②波及経路はほぼ同様だが影響の大きさは地理的な要因や経済・金融システムの発展度合及び銀行のビジネスモデルによって異なる、③気候リスクは不確実性が高く、それを定量化し、影響を評価するために、銀行や当局はいくつかの合理的なシナリオを必要としている、と結論づけている。
また、「気候関連金融リスクの計測手法」の報告書では、①気候関連金融リスクを定量化する試みは、まだ初期段階である、②課題は、影響の不確実性の範囲やデータに関する制約、リスクが発現し得る長期的な時間軸である、③リスクを定量的に評価する為には、フォワード・ルッキングな計測手法と十分に粒度の細かいデータが必要である、と指摘している。
この結論に照らせば、バーゼル規制の第一の柱である「リスクを特定・定量化し、それに対して必要な資本賦課をする」という対応は、まだまだ長い道のりが必要になると思われる。従って、銀行監督当局者の間では、十分な気候リスクの定量化が可能となるまでは、フォワード・ルッキングなシナリオ分析の手法の研究を進めるとともに、バーゼル規制の第二の柱である監督上の取扱い、及び第三の柱である開示、が対応の中心となっている。
第二の柱については、主要当局が監督上の目線を相次いで公表したほか、2022年にバーゼル委員会は、気候関連金融リスク管理に係る実務の改善と監督当局の為の共通のベースラインの提供を企図し、内部管理の枠組、リスク管理のプロセス、シナリオ分析の実施等からなる「気候関連金融リスクの実効的な管理と監督のための諸原則」を公表し、現在はこれに基づいて各当局の実施状況のモニタリングを行っている。第三の柱の開示については、金融機関の気候変動関連の開示の在り方を模索し、2023年に市中協議を行っている。
第一の柱については、気候変動リスクに対する規制上の措置の必要性について、引き続き検討中である。しかしながら、例えば米国銀行監督当局は、低炭素経済への移行を促進するような責務は有していないとの立場を表明しているし、英国中央銀行も、2022年に公表した報告書では規制資本は気候変動の根本的な原因に対処する為の適切な手段ではないと述べているなど、当局間でも温度差があり、十分なデータが欠如していることと相まって、見通しは厳しいものと思われる。
最後に
以上のバイデン政権時代の主要国の気候変動関連金融を巡る国際規制当局の動きを踏まえ、最後にいくつか私見を述べてみたい。
- 気候変動問題に金融面から対処する為に実務的に必要となるデータの確保に向けて、国際的に一貫性と比較可能性のある開示規制の策定が進み、現在は各国で導入のフェーズにある。しかしながら、その基準に基づく開示が進んだとしても、それで十分な量と必要な粒度・質のデータが取れる保証はない。必要なデータのユースケースを確立する必要があるなど、データを利用する側がもっと声を上げて開示制度を構築する側と意見交換を緊密にする必要があると思われる。
- トランジション・プランの策定や開示に向けた動きが進んでいる。同プランへの関心の高まりを背景に、トランジション・プランが金融安定に対して有する重要性についての意識が高まってきている。それぞれのトランジション・プランの相互比較や着実な移行実現に向けた実効性あるモニタリングとピア・プレッシャー確保の為に、更なる枠組みの標準化に向けたガイダンスについての議論が必要と思われる。
- 更に言えば、これまで、2050年ネットゼロ目標までの時間が限られていた為、さまざまな施策について十分な整合性確保の為の議論の時間をかけず、取り合えず出来ることはどんどんやると言うアプローチを取ってきた感じがあるのは否めない。その中でも、関係者に開示をさせて、それをベースに移行の実現を図るというアプローチを気候変動対策の中心の一つに置いてきているが、それで本当に充分な成果が上がっているのか、一度立ち止まって考えてみることも有益かもしれない。
このアプローチでは、企業や金融機関にESG目標の誓約をさせ、その実現に向けた取組を開示させることで、その企業に対する市場の評価に差がつき、それが長期的な財務的利益にも結び付くという思想となっている。しかしながら、ケンブリッジ大学のサステナビリティ・リーダーシップ研究所の報告書にあるように、この市場評価は移ろいやすく、また短期的な利益と相反するケースも多いので、グリーンウォッシングの温床になっているともいえる。
それゆえ、完全に市場の自主的な動きに委ねるのではなく、規制などの政府の一定の介入を伴うビジネスのあり方の仕組みの改善 ― ビジネスにサステナビリティの考え方を取り込むという現行のアプローチからサステナビリティにビジネスの考え方を取り込む ― が必要になるかもしれない。例えば今後はカーボン・クレジット市場創出に力点を移すなど一層直接的に気候変動への取組が収益に結びつくようなアプローチを模索する必要があるかもしれない。 - グリーンウォッシング対策については、特に欧州を中心として、自国のグリーン市場を競争力のある世界最高水準の市場にしようという観点から、規制・監督体制を整えてきている。他方で、足元、米国においては気候変動関連の取組への反動の動きも強く、SECの気候変動関連の企業開示規制も導入の目途が立っていないほか、民間ベースのグラスゴー金融同盟(GFANZ)の枠組みから離脱をする米国大手金融機関も増えている。このように、国際的な今後の動きは見通し難いが、アジア諸国の中には高排出国も多い為、アジアに位置する我が国は、例えば2024年10月に正式に設立されたアジアGXコンソーシアムなどを梃にして、これまで以上により野心的・戦略的な動きを考えていく余地は残されているように思われる。