2023年8月25日

金融機関の自己成長をサポートする「金融データ活用組織チェックシート」

株式会社セブン銀行 コーポレート・トランスフォーメーション部長

中村 義幸

金融データ活用推進協会

 金融データ活用推進協会は、「金融データで人と組織の可能性をアップデートしよう」をミッションに掲げ、実務目線で業界横断のデータ活用を推進する目的で、2022425日に設立された。20237月末時点で会員は約160社、会員の半数以上は金融機関であり、実務的な交流を期待して新規入会が現在も続いている。

 本協会は、金融機関が「在るべき金融データ活用組織」に向かっていけるよう、主に3つの施策に取り組んでいる。1つ目は金融データ活用の実務ノウハウを盛り込んだ教科書「金融AI成功パターン」の出版、2つ目は人材育成・人材発掘を目的とした業界横断の金融データ分析コンペの開催、3つ目は金融機関のデータ活用レベルの自己成長をサポートするセルフチェックシートの策定である。本稿では、3つ目の施策について、セブン銀行における具体的な取組みも交えて紹介する。

 なお、本稿は8月10日号の岡田拓郎氏(金融データ活用推進協会代表理事)の寄稿と連動している。前号(生成AI誕生による金融データ活用の本格化の兆し)では上記の最初の2施策を紹介しており、未読の方は本稿と併せて参照頂きたい。

金融機関のデータ活用の現状と課題

 金融機関は、他の業界に比べ提供サービスや業務のIT化が進んでいるため、膨大かつ品質の高いデータが蓄積されている。したがって、本来は昨今のAI・データ関連の技術やツールの進化を受け、さまざまな分野で高度なデータ活用により大きな恩恵を受けられるはずだが、実際のところそういった金融機関は限定的なようだ。

 金融機関のデータ活用の始め方は二つある。一つは、内部人材が外部研修や独学でデータサイエンスを学び、自社の提供サービスや業務の課題解決にAI・データを活用する方法である。この方法で成功するためには、(1)すでにビジネススキル(業務を可視化して課題を設定できるスキル)を持っていてデータサイエンスの素養もある人材が存在すること、また、(2)この人材にデータ活用を専任させ、全面的にバックアップできる組織文化を整えておくことが条件となる。データ活用はデータサイエンススキルだけでは進まない。しっかりとビジネス効果を発揮するためには、どんなビジネス課題をAI・データで解決するのかという課題設定が最も重要になる。目的はビジネス課題を解くことであり、AI・データはその解決手段に過ぎない。

 もう一つの方法は、コンサルやITベンダーなど外部リソースを活用して始める方法である。この場合、内部人材に伴走してもらう形で外部リソースを活用するとうまくいく。セブン銀行のデータ活用もこのやり方で始まった。ただし、外部リソースに任せっきりにしてしまうと、内部人材が育たず単発の取組みで終わってしまうケースが多い

 金融データ活用推進協会において、様々な金融機関と情報交換を行っていくなかで、金融機関のデータ活用の現状は次の3つに整理できることが分かった。1つ目は、(1)課題設定、(2)データ分析/AI構築、(3)ビジネス効果検証、(4)次のアクション、というデータ活用サイクルをうまく回すことで、データ活用が定着し、スパイラル的にレベルアップしているケース。2つ目は、1サイクル回したものの、ビジネス効果が出ず、データ活用に失望し、次に何をすればよいか分からなくなり停滞しているケース。3つ目は、データ活用を始めようと思っているものの、何から着手すればよいか分からないケースである。データ活用を始めるためにはどんなことを検討する必要があるのかという最初の1歩目の悩み、1サイクル回した後、次にどういった取組みがあり得るのかという2歩目の悩み、こういった悩みに対してデータ活用のお手本のようなものが求められているのではないだろうか。

 その一つの手がかりとして、セブン銀行のデータ活用を紹介する。セブン銀行は、データ活用の経験に関する情報提供に積極的に取り組んでおり、この経験が業界貢献に繋がるのであればと考え、金融データ活用推進協会の標準化委員会での活動を開始した経緯がある。本稿もそうした動機から執筆している。

 セブン銀行では、最初の1サイクル目で体制作りやデータ活用の一連の流れを学んだ。一方で、明確なビジネス効果を得られるまでには至らなかった。主力ビジネスであるATMビジネスの一部KPIを予測する課題設定の重要さを身をもって学ぶ経験となった。2サイクル目では、AIで何を予測するかに加え、予測結果を活用してどんな打ち手を実行するかまで企画段階で練り上げた。また、今後のAI活用の継続性も見据え、簡易ではあるがセキュリティ対策も完備したデータ分析環境を構築し、本格的なAIを構築した。データ活用の手応えを得ることができた。現在ではデータ活用専担の組織を作り、データサイエンティストを増やし、複数のデータ活用テーマを同時並行で立ち上げている。

金融データ活用組織チェックシートの策定・公表

 標準化委員会は、金融データ活用組織チェックシートを策定し、2023628日に公表した(『 金融データ活用組織チェックシート 』 公開および入手方法について)。チェックシートの策定目的は二つある。一つは、金融機関がデータ活用状況をセルフチェックして自社の現在地を把握し、次に取るべきアクションや今後のレベルアップ方針を検討できるようにすることである。もう一つは、金融データ活用推進協会にてセルフチェック結果を収集して国内金融機関のデータ活用進捗度として可視化し、業界全体のレベルアップを促すことだ。(図表1)

図表1 金融データ活用組織チェックシートの目的

図表1 金融データ活用組織チェックシートの目的

出所:金融データ活用推進協会「金融データ活用組織チェックシート概説」

 標準化委員会は、銀行や証券、保険、カード、リースなど各業界の検討委員と、AIスタートアップやコンサルティング企業などのアドバイザーによる全27社で構成されている。いずれも業界を代表する有識者が集結し、チェックシートを策定するために半年間にわたって活発な議論を重ねた。アドバイザーが各業界での知見・経験を用いてチェックシートの素案を作成し、検討委員は自社での具体的な取組事例や成功・失敗体験を標準化委員会内で共有しながら、チェックシートをより良くするために積極的に意見を述べた。自社内でのデータ活用の取り組みに課題意識を抱えていた有志が集まっているだけあって貢献意欲は高く、全員が主体的に議論に参加した。

 このチェックシートの想定利用者は、金融機関に絞っている。金融機関にとって最も有効なチェックシートとするためだ。例えば、製造業と金融業では扱うデータが全く異なる。製造業では画像や音声など非構造化データが中心であるが、金融業では膨大な構造化データやプライバシー性の高い個人情報などを扱う。金融機関に絞り込む意義は明白だろう。実際に、完成したチェックシートを利用した金融機関からも好評をいただいている。

 完成したチェックシートは、本協会会員へ先行公開し、特に金融機関である一般会員にはセルフチェック及びチェック結果の提出を依頼した。提出は任意であったが、一般会員の半数近くである30社からデータが提供された。予想を大きく上回る提出率であり、会員金融機関のデータ活用に対する関心の高さと本協会の取り組みに関する評価がうかがえる。今後もデータを集計してベンチマークとして利用していきたいと考えている(図表2)。本テスト結果は、協会のWebサイトから参照できる。

図表2 FDUAベンチマーク

出所:金融データ活用推進協会「金融データ活用組織チェックシート概説」

標準化委員会の今後

 標準化委員会では、チェックシートの認知度向上やセルフチェック結果データの収集拡大を行いながら、ベンチマークの有用性をより高めていきたいと考えている。加えて、チェックシートそのものも内容を充実させ、セルフチェックによりユーザーがより多くの気付きを得られるようにアップデートしていきたい。また、現状、データ分析プロセスやAI開発プロセスは、システム開発のように広く標準化されたものがないので、業界全体のデータ関連業務の高度化・効率化に直接寄与する取組みとして、これらのプロセスの標準化も新たに企画することを考えている。

 こういった標準化の取組みは、新しい技術が生まれると必ず必要になるものであり、生成AIについても同様である。日本の金融機関のAI・データ活用がグローバルでもトップクラスになるよう、業界横断の取組みを今後一層拡大していく。