2023年8月10日

生成AI誕生による金融データ活用の本格化の兆し

金融データ活用推進協会 代表理事

岡田 拓郎

生成AI誕生による金融データ活用の本格化の兆し

 これまで金融業界におけるAI・データ活用は、2010年代の第3AIブームで注目はされたものの、多くの金融機関ではPoCProof of Concept―実証実験)止まりのものが多く、実現しても大きな成功を収めたものは少なかった。

 しかしながら、2023年度に入り、ChatGPTに代表される生成AIが空前のブームを呼び、業種や企業規模を超えた裾野の広がりに多くの人が新しい時代の到来を実感しているのではないか。金融業界でも次々とChatGPTの全社的な利用が公表され、本格的な実務適用に動き始めている。金融業界におけるChatGPTのユースケース(下表)は多岐に渡り、大きなインパクトをもたらすことが想定される。

ChatGPTの金融ユースケース

ChatGPTの金融ユースケース

執筆者作表

生成AIブームで終わらせないための「在るべき金融データ活用組織」

 生成AIがブームとなり、金融AI・データ活用が再注目される点は喜ばしい事である一方、テクノロジーは手段に過ぎず、金融機関が何を成し遂げたいのか、顧客にどのような付加価値を提供したいのか、そうした視点から「在るべき金融データ活用組織」を突き詰める必要性がある。

金融データ活用スタンダードの3つの柱

金融データ活用スタンダードの3つの柱

執筆者作表

 金融データ活用推進協会では、この「在るべき金融データ活用組織」に金融機関が向かっていけるよう、金融業界でデータ活用が進まない課題を組織論の観点から3つに類型化した。その解決策を「金融データ活用スタンダードの3つの柱」として取り纏め、約160社の会員(20237月末時点)と業界横断で委員会活動を推進してきた。生成AIをブームで終わらせずに、金融機関が本質的なイノベーションを起こすためには、この3つの柱で定める解決策を地道に進めていく必要がある。

 本稿(前編)では、この金融データ活用スタンダードの3つの柱のうち、1つ目、2つ目について論じることとし、3つ目については、別稿(後編)にて担当の標準化委員会の主要メンバーであるセブン銀行中村氏に紹介いただく。

業界横断でAI成功事例の共有を進め、目的を明確化する

 課題1について、金融データ活用推進協会では、まずメガバンク、大手保険会社、カード、リース、パートナー企業の第一線の実務者により「金融AI成功パターン」を定義した。具体的には、下表の7つを基本パターンとしてまとめ、最初のステップにおいてどのように進めると成功するのかを示している

金融AI成功パターン

金融AI成功パターン

金融データ活用推進協会(2023)『金融AI成功パターン』P.12より引用

 また、これらの初期段階の成功パターンを「非競争領域」と定義して、ノウハウの共有を目標にした。AI・データ活用の推進に向けて最初の一歩目を何からどう踏み出せばよいか、戸惑っている企業はすくなくない。各企業がスムーズなスタートを切れるように具体事例を集めて提示した。また、協会メンバー企業にノウハウを限定することなく、多くの金融機関が情報共有できるよう書籍化することとした。「金融AI成功パターン」として日経BP社より20232月に出版されている。

人材発掘・育成 ~地域金融機関はAI・デジタル人材の宝庫~

 課題2は人材発掘・育成である。AI開発技術の発展・民主化により、分析プログラムが書ける「データサイエンティスト」以外の人材にもデータ活用へのハードルが引き下げられた。一方で、データを活用してビジネスにどう活かすか企画できる「データストラテジスト」に求められる資質には変わりがない。こうした変化と、データに基づく経営の重視は、金融機関におけるデジタル人材の採用・育成方法にも大きな変化をもたらした。具体的には、外から中途採用するよりも、社内で既にドメイン知識を保有している人を育成する方針が一般化しつつある。ここで金融データ活用推進協会が取り組んだのが業界横断データコンペティションである。

 データコンペティションとは、企業のデータ分析課題に対し、コンペティション形式でAIのアルゴリズム制度を競い合う競技会である。

 20231月から3月に開催された第1回データコンペティションには、100超の金融機関から、20代から60代まで計1,658名が参加した。日本の金融機関を対象とした分析コンペティションでは、おそらく歴史上最大規模のものとなった。驚くべき事に、表彰式にて金融機関の入賞者に話を聞くと、日頃の業務でデータサイエンス関連の仕事に従事していない人が過半を占めていた。中には、今回のデータコンペティションをきっかけに初めてプログラミングを触る地域金融機関の行員も少なくなかった。多くの金融機関がAI・デジタル人材の不足を嘆いているが、素養を持つ人材は営業店・事務部署等に隠れており、その人材発掘こそが重要な経営課題であることを示す証左となった。この発見は、金融機関の経営層に強く訴えたいところである。

 金融データ活用推進協会では、20241月から3月にかけて、第2回のデータコンペティションを開催予定であり、金融業界のAI・データ活用人材の継続的な発掘・育成に取り組んでいく所存である。

まとめ

 金融機関におけるAI・データ活用の推進のための解決策を3つに類型化し、金融AI成功事例の共有、人材発掘・育成を論じてきた。共通するのがオープン化と業界横断での連携の重要性である。生成AIを巡る昨今の情勢をみても、デジタル化は更に爆発的な進展を遂げていくと思われる。そうした状況に一企業で単独で立ち向かっていくのは、金融機関の体力やノウハウ等あらゆる面において有効な戦略であるとは言い難い。金融業界として非競争領域を明確にし、これらを積極的に共有してAI・データ活用の底上げを行い、業界としてのネットワーク効果を高め、個社の競争力を高めていかなければならない。結果として、業界の魅力も向上し、優秀な人材の参画、個社の競争力向上に繋がるであろう。金融データ活用推進協会は、引き続き、金融業界の発展に貢献していきたい。