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香港政府によるトークン化グリーンボンド発行はCBDCの第一歩 -CBDCを活用した次世代多通貨資金決済インフラ整備への布石

 2月の香港政府によるトークン化グリーンボンドの発行は、新たなテクノロジーを積極的に活用して、金融ハブとしての主導的な地位を強固にしようとする香港政府の取組みの一環であることを前回紹介した[i]。今回は追報として、実装技術に着目することでプロジェクトの方向性を探るとともに、グリーンボンドのトークン化と同時に実現された香港ドルのトークン化をCBDCの実用化に先鞭をつけるものとして捉え、香港における次世代金融インフラの考察を試みる。

トークン化グリーンボンドの発行はCBDCの発行と表裏

 今回のトークン化グリーンボンドの決済システムは、ゴールドマン・サックスのトークン化プラットフォーム(GSDAPTM)を活用している。GSDAPは、金融機関向けの用途に特化したスマートコントラクト言語「DAML」、データが権利のあるステークホルダーとしか共有されないことを保証するプライバシー対応分散型台帳「Canton」をもとに開発されたプライベートブロックチェーンである。トークン化グリーンボンドでは、債券決済と資金決済を同時に(法的に紐づけて)行い受渡しリスクを軽減するDVPDelivery Versus Payment)が、同一基盤上[ii]でスマートコントラクトを使ってシンプルに実現されている(図表1)。

【図1】グリーンボンド発行(債券決済と資金決済の同時処理<DvP>)

図表1 グリーンボンド発行(債券決済と資金決済の同時処理<DvP>)

筆者作図

 その際、キーとなるのが債券のトークン化(図表2)に加え、資金についてもトークン化していることである。今回の発行では、図表3のとおり、従来のCHATSを通じて銀行から送金された香港ドルと引き換えに、香港金融管理局(Hong Kong Monetary Authority: HKMA)がデジタル香港ドルのキャッシュトークン(e-HKD)を発行している。このe-HKDは、香港の中央銀行に相当するHKMAの債務として発行されるものであり、CBDCに該当する。特に、発行先が銀行に限られるため、ホールセールCBDCwCBDC)のユースケースに分類される。

【図2】グリーンボンドの登録(債券のトークン化)

図表2 グリーンボンドの登録(債券のトークン化)

筆者作図

【図3】e-HKD<CBDC>発行(香港ドルのトークン化)

図表3 e-HKD<CBDC>発行(香港ドルのトークン化)

筆者作図

 HKMAの公表文によれば、CBDCであるe-HKDトークンの発行と償還は、HKMAが国際決済銀行イノベーションハブ(Bank for International Settlements Innovation Hub: BISIH)等[ⅲ]と提携しているクロスボーダーのCBDC決済プラットフォーム(mBridge)で採用した同様の仕組みに基づいているとある。mBridgeは、中央銀行が中央銀行のためにカスタム設計・開発したもので、目的に合った新しいプライベート許可制ブロックチェーンを使って構築された、同一基盤上の単一システムで、参加者が直接アクセス可能なCBDCモデルである。単なる実証実験にとどまらない実運用可能なプロダクトとすることを目指し、モジュール機能、拡張性、および法域固有の政策・法的要件、規制、ガバナンスの必要性の準拠に特別な注意が払われているため、BIS/IMF/世界銀行等共同のG20報告書で指摘されたCBDC5つの包括的な評価基準[ⅳ]を遵守しているとされている。HKMAは、今回のトークン化プラットフォームとmBridgeを連携させることで、国境を越えた債券決済や投資を促進することができるようになるため、次のフェーズで検討する予定としている。

香港におけるCBDCの研究・開発はクロスボーダーを志向

 香港でのCBDCの検討は、多くの中央銀行同様ホールセール層とリテール層を切り離した2層流通モデルをもとに行われてきた。HKMA2017年にProject LionRockの下でCBDCの研究を開始し、wCBDCに関するノウハウを蓄積するため他の中央銀行と積極的に協力している。2019年、HKMAとタイ銀行は共同で、クロスボーダー決済のためのwCBDCの可能性を研究するプロジェクトInthanon-LionRockを開始、ピアツーピアで資金移動を行えるよう設計された概念実証の単一ネットワークを分散型台帳「Corda」上に構築した。2020年から2021年にかけて第二フェーズに入り、分散型台帳「Hyperledger Besu」で構築されたプロトタイプが開発され、(3ヵ国間の資金移動にも対応できるよう)第3の仮想的な法域が追加された。2021年にアラブ首長国連邦中央銀行、中国人民銀行のデジタル通貨研究所、BISIH香港センターが加わると、プロジェクトはフェーズ3に入りmBridgeと改名され、クロスボーダー決済および流動性管理の効率化、為替管理に関する現地規制の遵守を目指した。このように、香港におけるwCBDCは、当初から、クロスボーダー決済のための金融インフラ強化に重点が置かれ、分散型台帳技術(DLT)の可能性について中央銀行と金融機関が共同で研究する場となっている。

 一方、リテールCBDCrCBDC)に関しては、2021年から技術面、政策面の研究を開始している。2022年には、金融・財務局(Financial Services and the Treasury Bureau: FSTB)は、「香港における仮想資産の開発に関する政策声明」[ⅴ]で、『rCBDCの重要性は、法定通貨と仮想資産や暗号通貨とをつなぐ「バックボーン」「アンカー」としての役割を果たす可能性にあり、さまざまな種類の資産に基づくSTOSecurity Token Offering)のイノベーションを促進するのに必要』としており、香港におけるrCBDCのユースケースを想定するうえで興味深い。トークン化した証券のDVP決済に使われるのは通常はwCBDCとされるが、HKMArCBDCのユースケースとしても位置付けられるとしており、政府も、投資家が仲介者なしでトークンを購入できる消費者向けアプリケーションの開発を含むST分野への支援を表明していることと合わせると、rCBDCについてもクロスボーダー決済を意識している可能性がある。

CBDCのクロスボーダー志向は次世代多通貨資金決済インフラ整備への布石

 HKMAは、従来から資金決済インフラ整備に力を入れており、香港ドル、米ドル、ユーロ、人民元4 通貨のRTGSシステム、これら通貨間(6通り)のPVPPayment Versus Payment)決済システム、さらに、アジア各国中央銀行(マレーシア〈リンギット〉、インドネシア〈ルピア〉、タイ〈バーツ〉)の地場通貨RTGS システムとリンクする他に例をみない多通貨決済インフラを保有する。こうした香港の多通貨決済システムは、国際金融センターとしての優位性強化が命題である、香港の金融当局の危機意識の下で取り組まれてきた面があったと考えられる。こうした視点から見ると、多通貨CBDCによるクロスボーダー決済をメインとしたmBridgeのような仕組みは、次世代の多通貨決済システムともいうべきものといえる。香港は中国本土とグローバル経済との結節点として独特かつ重要な役割を果たしているなかで、多通貨決済システムが、国際金融センターとしての香港の地位を維持するために必須と考えているのであろう。また、新興国や発展途上国にとって、非支配的な通貨ペアの為替取引は課題も多く限定的で、CLS(Continuous Linked Settlement)のような既存の仕組みも対応していないことも多いが、こうしたCBDCの取組みが解決のヒントになる可能性がある。もっとも、相手国におけるCBDCの発行に加え、インフラが複数の法域に跨ることによる法制度面の調整等、実運用に向けて解決すべき課題は多い。

 一方、中国本土では、rCBDCとしてのデジタル中国人民元(e-CNY)の試験的発行が行われていることは良く知られているが、クロスボーダー決済をはじめとするホールセールの取組みについてはあまり話題にならない。mBridgeには中国人民銀行のデジタル通貨研究所が参加していることからも、クロスボーダー決済については当面は目立たぬように香港に任せつつ、一国二制度のメリットを生かし、将来の中国人民元経済圏拡大の足掛かりにしようとする強かな戦略との見方もあろう。 


[i] 香港政府によるトークン化されたグリーンボンドの発行  | SBI金融経済研究所 (sbiferi.co.jp)
[ii] 今回は資金トークンと証券トークンを同一のDLT基板上に発行する「同一基盤型」。別のDLT基板上にそれぞれのトークンを発行し、それら複数の基板間で同期しながらこれらを交換する「複数基盤型」も考えられるが、仕組みが複雑になる。
[iii] BISIH香港センターの他、タイ銀行、アラブ首長国連邦中央銀行、中国人民銀行デジタル通貨研究所。
[ⅳ] Do no harm, Enhancing efficiency, Increasing resilience, Assuring coexistence and interoperability with non- CBDC systems, and enhancing financial inclusion
[ⅴ] “Policy Statement on Development of Virtual Assets in Hong Kong”

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