2023年3月24日

香港政府によるトークン化されたグリーンボンドの発行 -香港ドルのトークン化と併せ、DVP決済や決済期間の短縮を実現

SBI金融経済研究所 主任研究員

中山 靖司

筆者:中山 靖司(SBI金融経済研究所 主任研究員)
杉浦 俊彦(SBI金融経済研究所 研究主幹) 


 中華人民共和国香港特別行政区政府(香港政府)は、2月16日、政府が発行するものとしては「世界初 [i]」のトークン化されたグリーンボンド(機関投資家向け、8億香港ドル<同日の為替レートで換算して約136億円>、1年物、利率4.05%)の募集・発行に成功した。

   本件は、新たなテクノロジーを積極的に活用して、金融ハブとしての主導的な地位を強固にしようとする香港政府の取組みの一環である。また、債券と資金をそれぞれトークン化して同一のブロックチェーン基盤に載せ、スマートコントラクトを活用することで、トークンによる発行・流通取引のDVP(Delivery versus Payment)決済[ii] や発行取引の決済期間の大幅な短縮を実現するなど、実装面でも注目すべき点が多い。

グリーン・サステナブル金融のハブを目指す香港

 香港政府は2050年以前にカーボンニュートラルを実現するとの目標を掲げるとともに、アジア太平洋地域におけるグリーン・サステナブル金融のハブとして香港の地位向上を図るべく、香港の規制基準を国際的なベストプラクティスに合わせつつ、より多くの主体に香港の資本市場や関連する金融・専門サービスを利用してもらえるよう、市場の発展を促している。

 香港政府は、2018年11月に借入上限枠を1,000億香港ドルとする政府グリーンボンドプログラム(Government Green Bond Programme:GGBP)を設置し、環境に配慮した政府の公共事業に資金を供給している。また、2021年7月には借入枠を2,000億香港ドルに引き上げるとともに、公共事業に限らず幅広いグリーンプロジェクトに資金を供給することとした。今回のトークン化されたグリーンボンドの発行も、GGBPの枠組みの下で行われたものである。

国際金融センターとしての地位向上に新技術を積極活用する香港

 香港金融管理局(Hong Kong Monetary Authority:HKMA)は、2021~2022年に国際決済銀行イノベーションハブ(Bank for International Settlements Innovation Hub:BISIH)と共同して、分散型台帳技術を活用して債券関連事務の合理化等を図るためのテストプロジェクトであるProject Genesisに取り組んだ。2021年のProject Genesis1.0では、個人投資家向けの債券をトークン化し、債券の組成・募集から償還までをブロックチェーン基盤上でシミュレートしている。

 また、香港政府の金融・財務局(Financial Services and the Treasury Bureau:FSTB)は、2022年10月に「香港における仮想資産の発展に関する政策声明(Policy Statement on Development of Virtual Assets in Hong Kong)」を公表した。そこでは、分散型台帳技術やWeb3の将来性を積極的に評価するとともに、“same activity, same risk, same regulation”の原則の下、国際標準とも整合的な適切な規制を適時に講じることで、持続可能な形で仮想資産のイノベーションが健全に発展することができる旨が述べられ、仮想資産サービスプロバイダーのライセンス制を導入する方針や、仮想資産ETFに関する市中協議を行う方針などが示されている。

トークン化されたグリーンボンドの発行の含意

 今回のトークン化されたグリーンボンドの発行は、Project Genesis 1.0の成果を発展させ実装したものであり、上述の政策声明で掲げられた実証実験プロジェクト(1.NFTの発行、2.グリーンボンドのトークン化、3.e-HKD)の2つ(2・3)を受けたものである。

 従来、債券の発行・保有・譲渡は、中央証券保管機関(CSD)を兼ねるHKMAの債券清算・決済システム(the Central Moneymarkets Unit:CMU)が帳簿に記帳することで管理し、資金は即時グロス決済システムであるCHATS(Clearing House Automated Transfer System)を用いて両者を接続することでDVP決済を行っているが、これらは複雑で高度な仕組みである。

 今回は、債券をトークン化しただけでなく、資金についても、銀行が支払う法定通貨を見合いにHKMAが香港ドルのトークンを発行した。両者をGoldman Sachsが提供する同一のプライベート・ブロックチェーン基盤に載せて処理することで、債券の売り手と買い手のwallet間で債券トークンと資金トークンを移動させるだけでDVP決済が簡単に実現した。また、スマートコントラクト機能を活用して、債券の発行から償還までの各種事務の大幅な自動化・合理化を図った結果、照合事務などが不要になり、事務の負担軽減や迅速化が図られた。その結果、発行取引における決済期間も大幅に短縮した(T+5日→T+1日)。また、CMUが立脚している既存の法的枠組みを活用することで、これらの資金決済・債券決済に関する法的安定性(トークン保有=債券や資金の所有権を持つこと等)も確保している。

 今回の発行は規模が小さく、商品性等も比較的単純であるのも事実であるが、HKMAは今回の経験から得られた知見・教訓を要約した白書を公表し、次のステップの具体策等を明らかにする方針である。今後の展開も注視していくべきであろう。

 [i] 分散型台帳を使ってトークン化したデジタル公債としては、スイスのルガーノ市が本年1月13日に発行した例がある(2029年満期のスイスフラン建無担保債券、発行総額1億スイスフラン<約138億円>)。また、イスラエル財務省会計検査院とテルアビブ証券取引所は、ブロックチェーン基盤上でのデジタル国債の発行を検討していると公表している。

 [ii] 証券の売買取引等を行った際に、証券の売り手等から買い手等に対する証券の引き渡し(delivery)と、買い手等から売り手等への資金の支払い(payment)を同時に(法的に紐づけて)行うこと。当事者の一方が引き渡しや支払いを行わなかった場合に、支払いや引き渡しを行った他方の当事者が一方的に損失を被るリスクを防止する効果がある。