SBI金融経済研究所

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レポート Report

ブロックチェーンはESGを再構築する

仮訳:英語版は文末に掲示しています。( English version is posted at the end of the text. )


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筆者:アリサ・ディカプリオ、クリス・フォード、インイン・チャン

 

ブロックチェーンは、ESG市場を、ユニークな方法 -信頼できる資産の多様化- で発展させた。

この主張は意外に思われるかもしれない。ブロックチェーンについては、電力消費の大きいマイニングがもたらす環境問題が採り上げられることが多い。しかし、ブロックチェーン本来の利用例が、社会政策や金融ガバナンスの民主化を目的としていたことは見落とされがちだ。

このことがESGの信頼性にどのような影響を与えたかを理解するため、4つの切り口でブロックチェーンの利用事例をみていこう。

セクション1:市場の効率化

ESG商品が標準化され、市場で取引しやすくなったとしても、その市場構造には根深い問題が存在する。カーボンクレジット市場はその最たる例だ。その非効率性ゆえに、サステナブル・ファイナンスの強力なツールになるものなのか、疑念がもたれてきた。

ブロックチェーンを活用することで、カーボンクレジット市場は、運用面で2つの改善が図られ、効率性が高められた。

  まず、分散台帳技術を活用することで、カーボンクレジットの登録、取引、管理の複雑さが軽減された。たとえば、ESG1プラットフォーム[1]は、ソフトウェアで計測したエネルギー消費量からカーボンクレジットを直接生成し、ブロックチェーン上で取引できるようにした。GuildOne Inc[2]が構築したこのプラットフォームは、Corda[3]ネットワークとスマートコントラクトを活用して、データの信憑性が自動的に検証されたカーボンクレジットのエコシステムを構築している。

また、ブロックチェーンを活用して市場取引を簡素化することは、排出枠の利用増加に寄与してきた。アブダビのエアカーボン[4]はその一例だ。しっかりとした制度が整えられ、規格化された世界初のカーボンクレジット市場とそのクリアリングハウス(決済機関)を、ブロックチェーンとスマートコントラクトを活用して構築することで、停滞していたグローバルなカーボンクレジット市場に大きな進展をもたらした。

セクション2:社会政策のための分析をより安全に行えるようにする効果

ESG の「S」は、企業政策の社会的側面を指す。最大の難点はデータ測定に関わる問題だ。特に、社会政策のための分析に必要なデータを収集することが、その社会政策によって支援しようとしている人たちを却って危険にさらしてしまう場合がある。

慈善団体Hope for Justice[5]はその一例だ。彼らは、人身売買や強制労働といった現代の奴隷制に関するデータを収集している。現代の奴隷制のグローバルな実態を明らかにしようとする彼らの取り組みを、R3など複数の企業が支援している。しかし、彼らが収集するデータは、非常に機微な個人情報に基づいているため、それらのデータが漏えいしてしまうと、データを提供してくれた人たちの不安定な立場を危険にさらしかねない。このため、それらのデータを使って分析することが非常に難しいという問題がある。

一つの解決策は、秘密計算[6]をブロックチェーンと組み合わせて利用することだ。そうすることで、Hope for Justiceは、基礎データを公開することなく、現代の奴隷制の動向について、集計値を用いた分析を行うことができる。こうした分析によって、ある国において、報告のあった全ての人身売買のうちの95%が生じた半径35マイルをピンポイントで特定することに成功した。この情報は、当局が人身売買を阻止するために役立てられた。

地政学リスクや、強制労働、安全性に関わるリスクなど、機微な情報であるがゆえに実態把握のためのデータ分析が十分に行われていないものがあることを考えると、多くの企業がESGの「S」の取り組みをもっと重視してしかるべきだ。

セクション3:多様な関係者の意見を反映した良いガバナンス

ESGの「G」は、ESG3つの要素の中で正しく理解することが最も難しい。しかし、ガバナンスの重大な欠陥によって、企業が利益を失うことはよくある。

ブロックチェーンは、ガバナンスに新しい手法をもたらした。ブロックチェーンを活用して、より幅広いステークホルダーが議決権を行使できるようにすることで、組織の管理と監査をより幅広い視点から包括的に行うことができる。特に分散型金融(DeFi)は、ブロックチェーンの仕組みのうえでガバナンス・トークンを用いたガバナンス(オンチェーン・ガバナンス)を普及させた。

オンチェーン・ガバナンスとは、流動性プールの機能(取引参加者から預託された暗号資産をプールして、希望する参加者に貸し出す機能)を持つ分散型取引所(DEX)で用いられる概念だ。予めプログラムされたスマートコントラクトにより、DEXの参加者には、各参加者が流動性プールに預託した暗号資産の額に応じてガバナンス・トークンが自動的に配布される。ガバナンス・トークンは、ブロックチェーンのプロトコル(処理の手順や規約等)の変更を決める議決に直接参加できる投票権だ。より幅広い参加者に投票権が付与されるこのモデルは、ビットコインやイーサリアムのように、ブロックチェーンの仕組みとは別に議決が行われるガバナンス(オフチェーン・ガバナンス)で、中核となる開発者や少数の有力な参加者が決定権を持つものとは対照的だ。

ガバナンス・トークンの活用事例としてConstitution DAO[7]をみてみよう。Constitution DAOは、暗号投資家のコンソーシアムで、米国憲法の初版本の入札のために47百万ドル相当のイーサリアムを調達した。投資家たちには、ガバナンス・トークンが配布されたが、元来、それは落札した憲法の初版本の保管場所を決める投票に用いるためのものであった。しかし、落札に失敗したため、調達した資金の新たな使途を決める投票にガバナンス・トークンが使われ、資金は投資家に返却されることが決まった。

オンチェーン・ガバナンスにも、より多くのトークンを持つユーザーが投票プロセスを優位に進めるという、いわゆる「金権政治」のような問題を含め、いくつかの課題がある。従って、ブロックチェーンを活用することで「良い」ガバナンスが広がるとしても、「より良い」ガバナンスになるかということについては、議論の余地がある。

セクション4:投資の対象になりうる新しいアセットタイプの創出

ブロックチェーンを活用して、企業のESG政策を再構築する第四の方法は、投資の対象になりうる新しいアセットタイプの創出だ。

Ikea、KeurigH&Mなどの多国籍企業は、ESGへの貢献を訴求する商品で利益をあげようと苦労してきた。天然素材由来の「グリーン」な化粧品やペットボトルを再利用した靴などは消費者に人気がある。しかし、「持続可能な」(地球環境の持続可能性を高める)ものとはどういうものかという国際的な基準はない。

ESGへの貢献度を自ら検証できる資産があったらどうだろう?

これは金融の世界ではすでに起こっていることで、2つの方法で投資家が取引(投資)してもよいと考える多様な資産(金融商品)を生み出している。第一に、ESGの観点でどのように役立っているかという根拠となる事実を、ブロックチェーンを用いて検証できるようにすることで、これまで投資の対象にならず、流動性が低かった資産を、ESG志向の投資家が取引(投資)してもよいと考える資産(金融商品)にすることができ、そうした資産の市場流動性を高めることができる。資金使途がESGに貢献するものであることの検証が不可欠なグリーンボンドは、この手法を活用すればより発行しやすくなる。

第二に、例えば、インフラ向けの投融資のように、複数の貸し手や投資家が資金を拠出する金融商品、すなわち既存のシンジケート・ローンやシンジケート債のようなものも、ブロックチェーンを活用することで、より幅広い貸し手や投資家を募ることができるようになる。インターネットを基盤とし、ソフトウェアをダウンロードすればどの端末からでも参加できるブロックチェーンの仕組みを使えば、より幅広い資金の出し手が参加して売買が活発になり、市場取引の厚みが増すし、投資対象となる金融商品をトークン化すれば売買に伴う所有権の移転も容易になる。その結果、ブロックチェーンが誕生する以前からある伝統的な資産(金融商品)も、ブロックチェーンを活用することで、投資がよりしやすくなる。ブロックチェーンを活用することでデジタル資産の過去の取引履歴は容易に追跡可能であるため、すべての市場参加者の信頼を高めることができる。

まとめ

最後に、ブロックチェーンとESGについて論じる以上、プルーフ・オブ・ワークの仕組みを用いたブロックチェーンの運営に必要なエネルギー量が極めて増加している事実に目を向けないわけにはいかない。しかし、すべてのブロックチェーンが同じというわけではなく、CordaAlgorandなどのように、プラットフォーム自体の持続可能性(地球環境の持続可能性に貢献すること)に取り組んでいるブロックチェーンが増えている。

分散台帳技術とスマートコントラクトを活用することで、ESGの要件充足度(ESGに役立っているという根拠となる情報)の信頼性を高めている。ブロックチェーンを利用した革新的なプロジェクトは、ビジネスの効率性を高めると同時に、温室効果ガスの排出を削減し、不平等の是正を図り、生命を救うことにも役立っている。

産業界は、企業や政府と協力し、これらのメリットを大々的に実現する必要がある。なぜなら、現在も環境問題は、その解決策を上回るスピードで拡大しているからだ。


[1] Welcome_esg1
[2] Home • GuildOne (guild1.co)
[3] 米国R3が開発したブロックチェーン技術を活用したミドルウェアソフトウェア
[4] AirCarbon: A Global Exchange Revolutionising the Voluntary Carbon Market
[5] Hope for Justice | End Slavery. Change Lives.
[6] 元データを秘匿化したまま処理をする技術
[7] アメリカ合衆国憲法の原本をオークションで落札するために設立されたDAO



English Version


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Blockchain is restructuring ESG

Authors: Alisa DiCaprio, Chris Ford, Yingying Zhang

Blockchain has advanced the markets for environmental, social and governance (ESG) policies in a unique way - by diversifying the set of credible assets.

This claim may come as a surprise. Most discussions of blockchain focus on the environmental problems associated with mining. But it's often overlooked that the original blockchain use case was intended to democratize social policy and financial governance.

To understand how this intent has impacted ESG credibility, we detail four blockchain implementations that have changed ESG.

Section 1: Improving market efficiencies

Market structure is a persistent problem, even where ESG products are standardized. Carbon markets are a clear example of the scope of the problem. Their inefficiencies have generated consumer cynicism about what could become a powerful tool for sustainable finance.

The incorporation of blockchain into carbon markets has made two operational improvements. 

The first improvement is that decentralization reduces the complexity of registering, trading and managing carbon credits. One example is the ESG1 platform, which generates public chain offsets directly from energy measurement software. Built by GuildOne Inc, it uses the Corda network and smart contracts to create an automated credit validation ecosystem.

Simplifying markets in this way has been shown to increase quota utilization. One example is AirCarbon in Abu Dhabi which is building the first fully regulated carbon trading and clearing house in the world - a major development in a previously stagnant global market.

Section 2: Safer analytics for social policies

The “S” of ESG covers the social dimension of corporate policies. The primary difficulty with social policy is data measurement problems. Specifically, collecting data can be dangerous to those people it is meant to help.

An example is the Hope for Justice charity, which collects data on human trafficking. Companies like R3 support their efforts to provide transparency into a global problem. But their data gathering is based on highly sensitive, personal data. This makes analysis impossible because any data leaks could threaten the precarious position of those who provide it.

One solution has been to apply blockchain along with confidential computing. This allows the charity to create aggregated analytics about slavery trends without exposing the underlying data. This has already shown success in one particular country by pinpointing a 35 mile radius from which 95% of all human trafficking reports originated. This information gave authorities the information they needed to stop the traffickers.

Data about sensitive topics like geopolitical risk, forced labor and safety risks has meant that this component of ESG is underemphasized in many company policies.

Section 3: Diversifying good governance

The “G of ESG is perhaps the most difficult of the three components to get right. And yet, significant governance failures are a common way in which corporate profits are lost.

What blockchain brings to governance is new methods. By making voting more accessible to broader types of stakeholders, blockchain brings more inclusive means of control

and oversight. Decentralized Finance (DeFi) in particular has popularized on-chain

governance through the creation of governance tokens.

On-chain governance is a concept that is used in the decentralized exchanges (DEXs) that govern liquidity pools. It refers to a built-in smart contract that empowers stakeholders, who receive governance tokens for their stakes to vote for protocol changes directly on the blockchain. This model is In contrast to the off-chain governance (Bitcoin and Ethereum) processes where proposals are mainly made by core developers and a few influential stakeholders have decision powers.

To understand how governance tokens are used, we can look at Constitution DAO, in which a consortium of crypto investors raised $47 million worth of Ether to bid on a first edition copy of the US constitution. Each investor received governance tokens which would be used to vote on where the Constitution should be custodied if they won. They did not, so the governance tokens were used to decide what should be done with the funds that had been raised (the decision was to wind down the investment).

Of course, on-chain governance introduces some challenges as well, including the plutocracy of supply, where users with more tokens may control the voting process. Thus, even as blockchain broadens what good governance means, whether it provides better governance remains under debate.

Section 4: Creating new investable asset types

A fourth way that blockchain has reorganized ESG policies is by creating new investable asset types.

Multinational corporations as diverse as Ikea, Keurig and H&M have struggled to monetize positive ESG characteristics in goods. Things like “green” cosmetics or shoes made from plastic bottles are popular among consumers. But there are no international standards about what “sustainable” means.

What if the asset could verify its own ESG claims?

This is already happening in finance and has diversified tradable assets in two ways. The first is by bringing tradability to previously illiquid assets by verifying provenance claims. This means that it can support the issuance of green bonds where ESG provenance is an essential characteristic.

Second is that it brings already syndicated assets—such as infrastructure—to a broader market. This makes legacy asset types more accessible via enhanced liquidity discovery and tokenization. Since the provenance of digital assets is easily traceable, this increases trust among all market participants.

Conclusion

We can’t end this blog without acknowledging the ever-increasing energy requirements that underpins proof-of-work based blockchains. But not all blockchains are built the same. Increasingly, blockchains like Corda and Algorand are addressing the importance of sustainability of the platform itself.

Both decentralization and smart contracts are improving the credibility of ESG claims. Transformative projects using blockchain are driving business efficiency while cutting emissions, reducing inequality and saving lives.

Industry must work with business and governments to realize these benefits at scale. The reason is that, today, environmental problems are growing faster than the solutions for them.

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