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レポート Report

デジタル人民元の本質的大転換

―CBDCから民間銀行預金へ―


中国では20251231日から202611日にかけていくつかの銀行がデジタル人民元に利息を支払うことを公表した。これは従来中国人民銀行が掲げていたデジタル人民元には利息を支払わないという方針を変更する出来事であるが、同時に、デジタル人民元の性格を本質的に転換する出来事であった。本稿ではこの大転換の内容について検討することとしたい。

デジタル人民元に対する付利の開始

デジタル人民元を収納し取引するためのアプリである「デジタルウォレット」を顧客に提供している機関を指定運営機関と呼ぶ。現在デジタル人民元はいまだ実証実験段階にあるが、現段階で指定運営機関である銀行は6大銀行(中国工商銀行、中国銀行、中国建設銀行、中国農業銀行、交通銀行、郵政貯蓄銀行)、株式制銀行2行(招商銀行、興業銀行)、QR決済系の民営銀行2行(アリペイ系の網商銀行とウィーチャット系の微衆銀行)の10行となっている[1]

これらの銀行すべてが、「当行が顧客のために開設したデジタル人民元の実名ウォレットの残高に202611日から当行の普通預金金利を支払う」という、ほぼ同様の内容を公表した。従来、中国人民銀行はデジタル人民元に付利しないとの方針を明らかにしてきたが、デジタル人民元は人民銀行の債務であるから、仮に付利するのであれば中国人民銀行が金利を支払うものと考えられてきた。ところが、今回の公表内容を見ると、各銀行がそれぞれ金利を支払うこととなっている。

従来の人民銀行の方針

従来の人民銀行のデジタル人民元の開発方針は、20217月に人民銀行が公表した「中国デジタル人民元の研究開発進展白書」に示されていた。そこでは、デジタル人民元は中国人民銀行が発行する法定通貨であり、人民銀行の公衆に対する負債であると位置付けられ、現金と同じく統計上はM0に位置づけられるとされた。技術的には口座移転と暗号技術(ブロックチェーン技術)による価値移転の効果を併せ持ち、支払い即決済終了となる。コントロール可能な匿名性をもち、小口は匿名だが、大口は法に従い情報を遡及することができる。そして、デジタル人民元は人民銀行の債務として国家信用に裏付けられる信頼性の高さを持っているため、銀行預金からの大規模なシフトが生じて銀行の信用創造機能を害する可能性がある。これを回避するために、デジタル人民元には金利を支払わないという方針が示されていた。

デジタル人民元の取引額や保有額の上限についてはデジタルウォレットの身分証明の強度によって設定することとされた。現在の実証実験段階では金融機関によって金額等に若干の違いがあるようだが、身分証明の分類については共通して以下の4つの分類によって上限が定められている。

 

一類

二類

三類

四類

身分証明方法

携帯電話番号
有効な身分証明書
銀行口座
運営機関との対面での署名

携帯電話番号
有効な身分証明書
銀行口座

携帯電話番号
有効な身分証明書

携帯電話番号
(非実名制)

利用限度額

残高上限

無し

 

50万元

2万元

1万元

一件毎の限度額

5万元

5000

2000

一日累計限度額

10万元

1万元

5000

年間累計限度額

無し

無し

5万元

(出所)各種報道から筆者が作成

中国人民銀行の説明

各銀行の公表に先立ち中国人民銀行の陸磊(りくらい)副総裁は、20251229日付の金融時報紙に「守正とイノベーション:デジタル人民元の着実な発展」と題する文章を公表した。そこでは、「中国人民銀行は『デジタル人民元管理サービス体系と関連するインフラ設備の建設を一層強化することに関する行動方案』(以下「行動方案」)を発布し202611日から施行する」と述べられ、行動方案の内容について説明されている。

陸磊副総裁の説明のポイントは以下のとおりである。

  • 「行動方案は、デジタル人民元がデジタル現金の段階からデジタル預金通貨の段階に踏み出したことを明確にした。今後、デジタル人民元は中央銀行が技術を提供し、監督を実施するもので、商業銀行の負債の性質を備え、口座型を基礎としながら分散台帳技術の特性を兼備する現代的デジタル支払い流通手段となる」。(下線は筆者が追記、以下同様)
  • 「行動方案は、銀行が顧客の実名登録されたデジタル人民元ウォレットの残高に対して利息を支払うことを明確にした」。
  • 「銀行は同残高について自主的に資産負債経営管理をおこなうことができる」。
  • 「デジタルウォレット残高は預金保険制度によって他の預金と同様の安全と保証が提供され、準備預金の積み立て対象として他の預金と統一して計算される」。
  • 2016年以来、中国のデジタル人民元は単純なブロックチェーンモデルとは異なり、集中管理的な口座移転型と分散管理的な価値移転(ブロックチェーン技術)の特徴を兼ね備えた混合型の発展路線を歩んできた。実証実験によって、口座型を基礎としスマートコントラクトなどのデジタル技術を利用して、より低コストで高効率のデジタル通貨支払いサービスを実現できることが証明された。大量の小口・大口取引の処理についてはデジタル技術を利用した口座型で行うことによって中央化と管理の有効性が保たれた。信任を強化する必要のある特定のケースではブロックチェーン技術が共同取引を実現し、新たな取引ケースと新技術の適合性が保たれた」。
  • 「行動方案は上海デジタル人民元国際運営センターの設立と中国、香港、タイ、UAE、サウジアラビアで試験運行が行われているデジタル通貨クロスボーダー支払いシステムmBridgeを推進する方針を示した」。

2016119日には、人民日報紙が「デジタル現金からデジタル預金通貨へのグレードアップデジタル人民元の預金利息はどのように計算されるか」と題した記事を掲載した。

同記事では、デジタルウォレット残高に対して四半期に一度、3月、6月、9月、12月のそれぞれ20日を基準に計算が行われ利息が支払われることが説明され、実名登録されたデジタルウォレットは前述の身分証明分類のうち第1類から第3類までであり、第4類には金利が支払われないことが明確にされた。

さらに、同記事では、202512月末までデジタル人民元の累計取引金額は19.5兆元(約430兆円)、取引件数35.7億件と統計が記載されている。また、mBridge2025年末までの累計取引金額は4778億元相当、取引件数は4868件であり、取引金額の96%は人民元建てであるとのデータも示された[2]

デジタル人民元の開発方針の大転換

以上の説明によると、今回の変更は、単にデジタル人民元に利息を付さないという方針の変更であるだけでなく、デジタル人民元の本質的な性格の大転換と見ることができる。

デジタル人民元の位置づけは国家の信用に支えられた人民銀行の負債から商業銀行の負債に変化し、商業銀行の預金に変化した。その安全性は通常の銀行預金と同様、預金保険によって保証され(50万元まで保証)、銀行の普通預金と同じ準備率で人民銀行に準備預金を積み立てることとなった(現在、大銀行の預金準備率は7.5%)。そして銀行は預金と同様金利を支払い、他方でデジタル人民元の残高から準備預金額を差し引いた金額を貸出などで運用し収益を得ることが可能となった。銀行はデジタル人民元で顧客へ貸出すことによって信用創造を行うことができる。通常の預金からデジタル人民元に資金がシフトしても、同じ銀行の預金の間のシフトであり、銀行の信用創造能力にも影響しない。

今回、人民銀行は、金利を支払うことによって、国内でのデジタル人民元の普及に本腰を入れたと見ることができる。215日付上海証券報は、網商銀行のデジタル人民元ウォレット残高が11日以降の1か月で80%増加したと報じている。

本件の全体像についてはいまだ不明なところが多いが、現時点で得られる情報を総合的に判断すると、定義にもよるがデジタル人民元は、中央銀行が発行する現金と同等の決済手段という意味での中央銀行デジタル通貨(CBDC)とは言えなくなったように思われる。発行体が中央銀行でなく商業銀行になり、その意味で銀行預金というデジタルマネーに意味合いを変えたと理解するのが自然であろう。デジタル人民元は、中央銀行が開発し提供する口座移転型とブロックチェーン技術による価値移転型を併用した新しい決済手段を利用するデジタル預金という位置づけへと、その性格の本質的な大転換が行われたと考えられる。

スマホ上に示されるデジタル人民元の表示を見るとデジタルウォレットを提供した銀行のロゴが示されている。利用者から見ると、インターネットバンキングで預金が表示される画面と類似しており、当該銀行に預金を預けているのと同じように感じられる。預金と同じ金利を支払うことによって、新しいかたちのデジタル人民元の普及が進むことが期待されよう。

また、陸磊副総裁の説明や人民日報の記事において、人民元国際化の促進が挙げられ、デジタル通貨のクロスボーダー支払いシステムであるmBridgeの利用統計が記載されている点も注目に値する。

人民元の国際化については、人民銀行が20251030日に公表した「人民元国際化報告」において、「自主的・コントロール可能な人民元クロスボーダー決済システムを建設し」、「より効率が高く、便利で高速な人民元決済サービスを提供する」としている。mBridgeによる決済の拡大はこれに当たると考えられる。

人民銀行は、デジタル人民元の国内での利用拡大に努めることによって、クロスボーダーの受払でもデジタル人民元の利用を促進し、人民元国際化を推し進めようとしている。CBDCであることを放棄してまでも、新しく便利なデジタルマネーの普及・活用を優先するという名より実をとる戦略の覚悟が垣間見れる。

日本も人民元国際化の進展の中で円が埋没しないように円の国際化を進める努力を行わなくてはならない。より便利で効率的な円の対外決済インフラの構築を早急に進める必要がある。


[1] なお、202642日中国人民銀行は12の銀行(中信銀行、中国光大銀行、華夏銀行、中国民生銀行、広東発展銀行、浦東発展銀行、浙商銀行、寧波銀行、江蘇銀行、北京銀行、南京銀行、蘇州銀行)を新たに指定運営機関とすることを公表した。これらの銀行は準備が整い次第デジタル人民元業務を開始するとされている。
[2]12月29日の陸磊副総裁の文章でも、11月末時点の同様の統計が記載されていた。


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