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次世代金融を巡る世界の論調シリーズ:「ステーブルコイン、トークン、そしてグローバルな優位性」欧州経済学会会長のIMF季刊誌掲載記事

はじめに

国際通貨基金(IMF)の202510月の世界金融安定報告GSFR: Global Financial Stability Report: Shifting Ground beneath the Calm[1]は、金融システムにおける主要なリスク要因の一つとしてステーブルコインの急速な成長を指摘し、その潜在的な影響を詳細に分析している。

IMFが憂慮する主な点は三つある。第一に、マクロ経済基盤の弱い国々で通貨代替が進展し、金融政策の有効性が低下すること、第二に、発行者による短期国債の大量保有が市場構造を歪め、銀行の資金調達力を損なうことで信用仲介機能が低下する懸念があること、そして第三に、取り付け(Run Risk)が発生した場合、準備資産(政府証券など)の強制的な投げ売りが広範な市場に波及し、金融危機を引き起こす危険性である。

これらのシステム・リスクを軽減し、金融主権を維持するためには、政策当局がFSBなどの国際的勧告に基づき、規制と監督を迅速かつ国際的に協調して実施し、関連当局の権限強化と効果的なリスク管理の枠組み、そしてAML/CFT(資金洗浄・テロ資金供与対策)の国際基準に沿った措置を講じることが不可欠であると結論づけている。

こうしたIMF-GSFRの議論の背景には、IMFの季刊誌『ファイナンス&ディベロップメント(F&D)』20259月号に掲載されたステーブルコイン、トークン、そしてグローバルな優位性[2]があるとみられる。本記事の執筆者は、欧州経済学会会長エレーヌ・レイ氏[3]であるが、同氏はIMF専務理事の外部諮問グループのメンバーでもある(同氏LinkedInより)。

国際通貨金融制度を刷新するテクノロジーとしてステーブルコインやトークンを採り上げ、その役割や影響、課題などの論点について簡潔に整理するとともに、「金融の安定性にはデータの完全性が不可欠」と説いている。特に、新しいテクノロジーは国際通貨の優位性を再編し、「完全性の特権」の出現につながる可能性があるとの見解は興味深く、GSFRにも書かれていないため、今回の次世代金融を巡る世界の論調シリーズで紹介する。

レイ氏の現状認識と懸念

テクノロジーの進歩は、国際通貨金融システムを根本から刷新しようとしている。この変革は、公的部門(各国政府や中央銀行)が新しいテクノロジーの方向性を主導するのか、あるいは民間部門が先行して市場の標準やルールを定めてしまうのか、という主導権争いに大きく左右される。

そこでは、適切な規制枠組み、国際的な協力体制の構築、そして新しいテクノロジーがサイバーリスクに対して十分に強靭であるかどうかが、極めて重要な要素となる。技術革新が資本の流れにどのような影響を与えるかを正確に評価するのは困難であるが、その影響は甚大である。財政収支の不安定化、地政学的な分断の深化、為替レートの激しい変動、そして主要通貨の国際的な地位に対し、計り知れないほど大きなインパクトを及ぼす可能性がある。

現在、最も注目すべきイノベーションがステーブルコインとトークン化である。ステーブルコインは、従来の金融システムと暗号資産のエコシステムを橋渡しする役割を担っている。これらは、主に米国債のような流動性の高い資産を裏付けとすることで、米ドルなどの法定通貨に対する安定した価値を保証し、ブロックチェーン技術上で運用されている。特に、主要な国際通貨である米ドルの役割を強化するように設計された法的枠組み(GENIUS法)が米国で導入されたことを受け、その普及が加速している。一方、トークン化も重要である。これは、従来の記録(台帳)に存在する資産、あるいはデジタルで発行された新しい資産に対する権利(債権)を、プログラム可能なデジタルプラットフォームに記録し、移動できるようにするプロセスである。

これらの新しい技術、特にプログラム可能性といった新たな機能は、政府が取り得る政策の選択肢を広げる可能性がある。また、多くの民間部門と公的部門が共通のプラットフォームを利用することで、国境や資産の種類を超えた資本フローの仕組みが根本的に統一される可能性も秘めている。

一方で、負の側面として、新テクノロジーは国家の税収や歳入基盤を脅かす恐れがある。さらに懸念されるのは、民間の通貨発行者が通貨発行益(シニョリッジ)を奪い合うという19世紀の国際金融システムに逆戻りする事態である。もしそうなれば、国際金融システムは分断され、根本的に不安定化する危険性がある。

ステーブルコインの影響

民間発行のステーブルコインは、ほぼ米ドルに連動しており、その取引の大部分は米国の国外で行われている。これらは主に、暗号資産を売買する際の「法定通貨への出入り口(オンランプ・オフランプ)」としての投機的な投資の媒体、および国境を越えた決済手段として利用されている。特に、国内金融システムが脆弱で高コストな国や、資本規制・国際制裁によって通常の金融取引が制限されている場合に、自国通貨よりも安定し便利な決済手段や価値貯蔵手段として、迅速かつ低コストなクロスボーダー決済の利便性を発揮し、本国への送金にとって重要な意味を持つ。

米ドルステーブルコインは、世界で最も重要な通貨である米ドルのネットワーク効果と信頼性から大きな恩恵を受け、コルレス銀行システムやSWIFTのような国際的なメッセージ送信システムに取って代わり、国際決済の効率を大幅に高める可能性がある。

もっとも、このコスト削減の一部は、本人確認(KYC)や資金洗浄防止(AML)といったコンプライアンス対策が不十分であることに起因している可能性があり、その不十分さが懸念されている。価値が安定しているステーブルコインは、制裁を回避したり、不正な取引を行ったりするための魅力的な手段となり得る。過去の暗号資産に関する研究からも、ステーブルコインは違法行為に関連する資金の移動を容易にし、多くの国々で課税ベースを大幅に侵食する恐れがあると考えられている(資金洗浄や税源侵食の懸念)。

米ドルステーブルコインが世界的に広く利用されるようになると、預金競争が発生し、銀行からステーブルコインへ資金が流出することで銀行部門の空洞化が危惧される(銀行システムの弱体化)。仮に銀行自体がステーブルコインを発行しても、貸し出しが抑制され、バランスシートの資産側に米国債の保有が増加することになり、ナローバンキングに近い形になる可能性がある。システミック・リスクや、裏付け資産への疑念に基づく取り付け騒ぎのリスクは、精査すべきであるし、さらに、世界的に米ドルへの依存度が高まる「世界のドル化」に伴う従来のコストも考慮しなければならない。ドル化は金融政策の波及経路を変化させ、マクロ経済の安定性を妨げる可能性がある。

通貨発行益の民間化

決済手段として米ドルステーブルコインが採用されることは、実質的にグローバルな発行主体が通貨発行益(シニョリッジ)を私的に獲得することに等しく、国家の財政収支に悪影響を及ぼすほか、その匿名性やプライバシーの高さは脱税を容易にする可能性がある。

一方で、米ドルステーブルコインは米国にとって有利に働く側面もある。主要なステーブルコインが多額の米国債を保有している現状から、国際的に広く利用されることで米国債への需要が高まり、米国の「世界の銀行」としてのバランスシートを強化し、財政や対外赤字の安定化を促す可能性があるからである。ステーブルコインは、米ドルの持つ「法外な特権」(自国通貨が基軸通貨であることに伴う大きなメリットを指す用語)を強化するデジタルな柱となる可能性がある。

通貨発行益の民間化が進めば、富が少数の企業や個人に集中し、結果的に国際的な資本フローの規制緩和や不透明化を求めるロビー活動の活発化に繋がりかねない。これは、国際通貨制度が持つべき公共財としての性格に反する結果をもたらす。IMFも、これらの課題に対処するため、暗号通貨の資金の流れ、利用状況、グローバルな規制に関する正確な計測を政策の最優先事項とすべきだと主張している。

トークン化と統合

トークン化は、メッセージ送信、照合、資産移転を単一の台帳に統合でき、中央銀行デジタル通貨(CBDC)も、ここで重要な役割を担う。国際決済銀行(BIS)によれば、各国CBDCの連携がクロスボーダー決済の効率を大幅に改善できるとしている。ブロックチェーン技術は、従来の銀行業や清算システムを介さずに資金、資産、情報の安全かつ自動的な移動を可能にし、世界の資金フローを再構築するかもしれない。

株式、債券、コモディティなどのグローバル資産のトークン化と、それらを扱う新しい取引プラットフォームの登場は、これまで資本規制や非効率な決済によって制限されてきた個人投資家の外国資産へのアクセスを拡大する可能性がある。特に分散型金融(DeFi)は、仲介業者を介さない直接取引(ピア・ツー・ピア取引)を通じて、この利便性をさらに高め、金融統合を促進する一方で、既知の金融課題をも増幅させる可能性がある。

通貨と金融安定性

新しいデジタルシステムは、通貨間の代替可能性を高め、結果として競争を激化させる一方で、国際市場の拡大と収穫逓増の法則により、単一の共通の価値尺度を求める力が強まることが考えられる。この点では、米ドルが引き続き優位に立つ可能性がある。

こうした中で、各国が決済データの戦略的価値を認識し、自国の決済制度の主権(独立性)を主張しようとすることは、国際金融システムの分断化を煽る恐れがある。これは、プログラム可能な資本管理、ウォレットの機能制限といった形で一部通貨の使用制限につながり、さらに多極的な国際通貨制度が形成されるかもしれない。複数の民間発行者が市場シェアを奪い、プラットフォームが急増すれば、ネットワークの共存が通貨金融制度をさらに分断化し、本質的に脆弱な世界を作り出す危険性がある(通貨競争による不安定化リスク)。

歴史が示す通り、私的貨幣は信頼性の欠如から不安定であり、適切な規制と主権国家の支えがない場合、しばしば取り付け騒ぎを引き起こす。国家が発行するソブリン通貨でさえ、財政制度の信頼性が揺らげば不安定になる可能性がある。過度な分断化や金融の脆弱性を防ぐためには、国際的なレベルでの政策協調と規制の整備が不可欠である。

完全性の特権Integrity Privilege

金融ITにおける最大の懸念は、データ改ざんや破壊のリスク、すなわち「データの完全性」の喪失である。現在、金融取引の安全性を支える公開鍵暗号の大半は、将来的に高性能な量子コンピューターによって解読されると予想されている。これは単なる機密性の問題ではなく、データの信頼性を大規模に破壊する「完全性の危機」を招き、通貨ネットワークに対する利用者の信頼を失うことになれば、大規模な資本流出や金融危機を誘発する可能性がある。

こうした危機に対処するため、世界中で安全かつ相互運用可能なポスト量子暗号(PQC)の開発が進められているが、コンピューターの性能向上ペースを見る限り、脅威の現実化に間に合うかは依然として不透明である。このような不安定な未来においては、ハッカー等による攻撃対象領域が最小で、データの完全性と信頼性を最高水準で確保できる通貨ネットワークや金融システムは、特別な競争上の優位性を享受する。すなわち、量子脅威に先んじて改ざんのリスクを極限まで低減したシステムを構築できる金融機関は、資金調達コストの低下などの経済的な恩恵を受け、市場から高い評価を得ることになろう。これは「完全性の特権」と呼ぶことができる。

テクノロジーが国際通貨金融制度に与える影響の予測は困難であるが、その結果はイノベーション、規制政策、ロビー活動といった要素に左右される。この変革期には、為替レートのボラティリティの上昇、各国財政への脅威、通貨ネットワーク間の激しい競争など、重大な金融安定性上のリスクが伴う。

これらのリスクは大規模な富の移転を引き起こし、規制のあり方そのものを根本から変えることになろう。安定した移行を実現し、危機を未然に防ぐためには、国際的な政策協調が不可欠であり、最終的に、データの完全性を最高水準で確保できるシステムが競争力を得るという完全性の特権の出現が、国際通貨の優位性を再編する可能性がある。


[1] https://www.imf.org/en/-/media/files/publications/gfsr/2025/october/english/text.pdf
[2] https://www.imf.org/en/publications/fandd/issues/2025/09/stablecoins-tokens-global-dominance-helene-rey
[3] エレーヌ・レイ氏(Hélène Rey):ロンドンビジネススクール経済学ラージ・バグリ卿記念教授、経済政策研究センター副所長、欧州経済学会会長。

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