デジタル通貨に関する中国の考え方 ―日本との対比、第三者決済サービス規制対応からの示唆―
本稿では、デジタル通貨に関する話題として中央銀行デジタル通貨(CBDC)についての制度設計と民間デジタル通貨に対する規制の在り方の2点を取り上げ、日本とも比較しながら中国の考え方について検討してみたい。
大口決済への利用を可能にするため、保有や利用の上限額に本人確認の程度に応じて段階的な設定がなされうることや、匿名も想定されうることなどは、日本でのCBDC検討に有益と思われる。また、アリペイなど第三者決済サービスの発展の過程でどのような規制監督体制が整えられてきたかを振り返ることは、CBDCやステーブルコインの今後を展望するうえでも有益と考えられるため、本稿でこれらを紹介する。
CBDCに対する日本当局の考え方
日本では、日本銀行が2020年10月に公表した「中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の取り組み方針について」(以下「方針」)において、「日本銀行では、現時点でCBDCを発行する計画はないが、・・・今後の様々な環境変化に的確に対応できるよう、しっかり準備しておくことが重要であると考えている。」としており、この考え方は現時点まで変更されていない。その準備として日本銀行はまず2021年4月から概念実証、2023年4月からはパイロット実験を行っており、実験用システムにおける性能試験等を行うほか金融機関や一般事業者とともにCBDCについての実務的な議論・検討を行っている。
その中で、検討されている論点の一つが金融政策や金融システムの安定に与える影響である。「方針」では「銀行預金よりもCBDCの利便性が高くなると、銀行預金は大きく減少してしまい、そのことを通じて銀行の信用創造が抑制されるとの指摘がある」としたうえで、「金融政策の有効性や金融システムの安定性の観点から、CBDCの機能要件や経済的な設計については慎重な考慮が必要である」と述べられている。
2024年4月17日公表の「CBDCに関する関係府省庁・日本銀行連絡会議中間整理」では、CBDCに対して利息を付することについて「現金との等価の交換を損ないかねず、想定することは難しい」としている。さらに2025年5月22日に公表された「同第2次中間整理」では、銀行預金からの大規模なシフトの回避に加えて、アンチマネーロンダリングやテロ資金対策の観点からもCBDCの保有額や取引額を制限することの「検討が必要となりうる」としている。
日本では、金融政策に対する影響やアンチマネーロンダリングなどの観点から、CBDCには金利を付さず、その保有額や取引額に上限を定める方向で検討が進んでいるようにうかがえる。
中国当局の考え方
一方、中国では、日本に先んじて中央銀行である中国人民銀行が2014年からデジタル通貨研究チームを組成してCBDCの研究を開始し、2016年にはデジタル通貨研究所を設立した。
中国人民銀行の発行するCBDCはデジタル人民元とも呼ばれるが、2019年末からは一部の地域において実証実験を開始し、2020年10月には深圳で5万人の一般大衆を対象に一人当たり200元(約4千円)のデジタル人民元を配布して商店での使用についての実証実験を行った。このような一般大衆が参加する形の実証実験は日本では行われていない。2024年9月5日の新華社電によると2024年6月末段階で中国の17省・自治区・直轄市において試験地点が設けられており、実証実験開始以来既に累計7兆元(約140兆円)の取引がデジタル人民元によって行われている。
中国人民銀行は2021年7月に「中国デジタル人民元研究開発進展白書」(以下「白書」)を公表した。そこでは、日本と同じくデジタル人民元が金融政策や金融システムの安定に影響を与えることに対する懸念が示されている。「白書」では金融政策に対する影響について以下のように述べられている。
「リテール型CBDCは銀行預金より魅力があり、金融ディスインターミディエーションをもたらし、銀行機能と信用の収縮を引き起こす可能性がある。また、CBDCが広くいきわたると短期マネーマーケットや信用市場に対する政策金利の伝達能力が増強されるという見方もある。CBDCが付利されてその水準が一定の吸引力を持つということになると、機関投資家の政府短期証券などの低リスク資産に対する投資需要が抑制され、関連する資産価格にも影響を及ぼす可能性がある。従って、CBDCを設計する際には、金融政策に対する影響を考慮しなければならない。CBDCに付利しないならば、銀行預金やその他の低リスク資産との間の競争を抑制し、金融政策に対する潜在的影響を減少させることができる。」
そして、「白書」はデジタル人民元については付利しない方針を表明している。
金融システムの安定については次のように述べられている。
「CBDCは最も安全な資産であり、危機においては商業銀行の預金取り付けを激化させるという問題がある。家計や企業は容易に銀行預金をCBDCに転換することができる。それによって、金融仲介の規模を縮小させ、金融の波動を増幅する。特にシステミックリスクが発生した場合、CBDCは社会公衆にとって迅速に安全資産に転換する手段となる。しかし一方で既に存在する電子決済システムによって銀行間の資金の迅速な移動は可能であり、CBDCが新たに大きな影響を与えるものではないという見方もある。」
保有や使用の限度額に対する考え方
そして、「白書」ではデジタル人民元の保有限度額や使用限度額については、「指定運営機関が顧客に対して提供するデジタル財布の身分証明の強度によって異なる上限を設定する」としている。
デジタル人民元は現金と同じく人民銀行が発行した後、金融機関を経由して顧客に配布される二層運営方式を採用している。デジタル人民元では主要な金融機関を指定運営機関に指定して、これらの金融機関にデジタル財ウォレットの提供を行わせ、デジタル人民元の配布に当たらせることとしている。現在行われている実証実験においては、個人のデジタルウォレットの身分証明の強度は以下の4分類とされる。
第1類:対面で本人確認を行い、有効な身分証明書、携帯電話番号、国内で開設された銀行口座の詳細情報が必要。
第2類:有効な身分証明書、携帯電話番号、国内で開設された銀行口座の詳細情報が必要。
第3類:有効な身分証明書、携帯電話番号が必要。
第4類:携帯電話番号のみ必要、匿名可。
上限金額は指定金融機関である銀行によっても異なるようだが、報道では上記4分類に従って以下のような例が示されている。
取引1件毎 |
一日累計 |
年累計 |
残高 |
|
第4類 |
2千元 |
5千元 |
5万元 |
1万元 |
第3類 |
5千元 |
1万元 |
上限無し |
2万元 |
第2類 |
5万元 |
10万元 |
上限無し |
50万元 |
第1類 |
上限なし |
上限なし |
上限なし |
上限なし |
図表1 デジタル人民元の使用額、保有額上限
出所:各種報道に基づき筆者作成
これらの上限額を見ると、例えば第2類の1件毎の上限5万元は円に換算すると約百万円、残高上限の50万元は約1千万円である。また、厳格な身分証明が求められる第1類に至っては上限が存在しない。実証実験段階なので、公式に使用が開始される時点では変更される可能性もありうる。日本でCBDCについて想定されている上限は定かではないが、中国で実証実験において設定されている上限は日本で想定されているよりかなり高額であるように思われるし、特に第1類が上限なしとされているのは日本とは考え方が異なるように思われる。
日本との対比
日本では、金融政策に対する影響回避のための銀行預金からの大規模シフトを防ぐことに加えて、マネーロンダリング等にCBDCが使われることを避けるためにも保有や利用に上限を設定しようとしている。これに対して、中国でも、金融政策や金融システムの安定に対する影響は、現在行われている実証実験の段階で依然として検討が続けられているが、金融政策に対する影響はデジタル人民元に付利しないことで対処できると考えているようである。
また、2016年1月に開催されたデジタル通貨フォーラムにおいて、中国人民銀行はCBDCを中央銀行が発行することの利点としてマネーロンダリングや脱税などの違法行為を減少させることができることを挙げている。匿名性について日本では今後の検討課題とされているが、中国では「白書」においてデジタル人民元は「コントロール可能な匿名性」を持つとされており、「小口は匿名、大口は法に基づき遡及する」と述べられている。すなわち、そもそも大口の取引についても存在することが想定されており、大口の取引にマネーロンダリング等の違法行為の疑いがある場合は取引データを使用して遡及して追及する方針が示されている。中国では現金からCBDCにシフトさせることによってマネーロンダリングなどの違法行為を把握することが容易になると考えており、この点、そもそもマネーロンダリングなどにCBDCを使わせないとする日本とは考え方が異なっている。
デジタル通貨に対する規制監督の在り方
デジタル通貨に関するもう一つの論点として、規制監督の在り方について考えてみたい。SBI金融経済研究所では2025年3月に「次世代金融インフラの構築を考える研究会」が「次世代金融インフラのあるべき姿の例示」を公表した。そこでは法規制、税制、会計ルール、情報セキュリティなどの基盤レイヤーと、モジュールとしての各種金融サービスが存在し、それらを従来の金融仲介業者が中核を担うケースと決済・情報連携システム等が金融仲介機能を代替するケースに分け、次世代の金融インフラのあるべき姿について検討を行っている。そしてモジュール毎、機能毎に「業態横断の法規制」に移行する必要が提言されている。
この報告書は、情報技術の発展とともに金融サービスやその担い手が変化する際には、規制や監督、金融インフラの設計も変化していく必要があることを示唆している。以下では、中国において第三者決済サービスの発展に対する監督規制の在り方がどう扱われてきたかを振り返ることで、CBDCやステーブルコインの発展に対する規制監督を考える参考としたい。
第三者決済サービスの発展
まず、アリペイ、ウイーチャットペイのようなQRコードを使ったキャッシュレス決済と、それに伴う各種金融サービスの普及状況を最初に説明しておく。このような決済サービスは銀行以外の主体が提供することから第三者決済サービスと呼ばれる。
アリペイはアリババが運営するインターネット販売サイト、タオバオの資金決済方法として2004年に導入された。アリペイはインターネット販売業務を拡大する必要に応じて、順次業務範囲を拡大してきた。2010年に、アリババはタオバオに出店する小規模な商店に対して商品の仕入れに必要な資金を融資するため、少額融資のライセンスを得て「アリババ少額貸付」を開始した。2013年には、顧客のアリペイ残高を運用する資産運用サービスとしてマネーマーケットファンドである「余額宝」を開始した。2014年にアリババの金融サービス会社としてアントファイナンスが設立された(現アントグループ)。そして2014年には個人向けの分割払い(花唄)、無担保少額融資(借唄)が開始された。さらにこれらの融資サービスの信用評価を行う機関として「ゴマ信用」が開始され、2015年1月に中国人民銀行から8つの信用評価機関の一つとして認可を受けた。2016年には多数の保険会社と提携して保険の提供も開始した。
ウイーチャットペイはテンセントが提供するソーシャルネットワークであるウイーチャットの付属機能として2013年に開始された。SNSであるウイーチャットの特性を活かし、ウイーチャットペイには「割り勘」機能や「お年玉」機能が加えられ、同時期に中国で通信規格として4Gが普及し始めたこともあって、モバイル通信による第三者決済サービスが急速に普及することとなった。
「2025-2030年世界と中国のモバイル決済業の現状と展望報告」(報告大庁発行)によると2023年末で、モバイル決済市場に占める比率はアリペイが54.5%、ウイーチャットペイが38.8%、両者で93.3%の寡占状態となっている。
中国の金融監督制度の変遷
次に中国の金融監督制度の変遷について簡単にみていきたい。中国では銀行だけでなく証券や保険についても中国人民銀行が規制監督を行っていたが、1992年に証券監督管理委員会が設立された。この段階ではまだ証券会社や取引所に対する監督は人民銀行が行っていたが1998年にそれらの機能も証券監督委員会に移管され、同時に保険に対する監督機能が人民銀行から分離され保険監督管理委員会が設立された。
さらに2003年に、銀行に対する監督管理権限が人民銀行から分離され銀行業監督管理委員会が設立された。一部の監督権限は人民銀行に残されたため、これ以降、中国の金融監督機関は4つになり、一行三会と呼ばれ、それぞれ管轄範囲に対する監督規制を行う体制となった。
その後、2017年には国務院金融安定発展委員会が監督機関間の調整を行い、統一を図るために設立された。2018年4月には銀行と保険の監督当局が統合され、銀行保険監督管理委員会となり、2023年5月に国家金融監督管理総局と名称が変更された。
現在では中国人民銀行、国家金融監督管理総局、証券監督委員会の3つの機関が金融に関する規制監督を行っており、監督機関統合の動きもみられるが、依然として業態ごとの監督機関が分立している。一方、2023年3月からは中国共産党に中央金融委員会が設置された。中央金融委員会は金融政策も含め金融業務に対する統一的な指導を行うこととされている。これに伴い国務院金融安定発展員会は2023年9月に廃止された。
第三者決済サービスへの規制
第三者決済は前述のような業務範囲拡大の結果、銀行とほぼ変わらない業務を手掛けるに至った。零細企業や個人に対する融資など、伝統的な銀行業務で手薄であった金融サービスが普及し、金融包摂の面では、評価できる貢献があった。
一方、銀行に対しては、決済業務の公共性などから、特別な規制監督が課せられている。2010年6月14日に中国人民銀行は「非金融機関決済サービス管理弁法」を公布し、まず第三者決済機関の行う決済業務について中国人民銀行が監督することを明確にした。さらに中国人民銀行は2015年12月に「非銀行決済機関インターネット決済業務管理弁法」を公布した。同法では、第三者決済サービスの顧客口座の実名制を強化し、身分証明の強度に応じて、利用金額の上限を定めるなど、顧客管理の強化を求めるとともに、第三者決済機関に対する人民銀行の監督管理の強化についても定めている。
人民銀行は、2018年4月に銀行保険監督管理委員会、証券監督管理委員会などと連名で「金融機関の資産管理業務の規範化に関する指導意見」を公布した。同意見は資産管理業務に関するものであり、許可を受けた金融機関以外は金融業務を行ってはならないと定め、銀行、信託、証券、ファンド、保険資産運用機関などの金融機関が資産運用業務を行う場合、同じ機能の金融商品には同じ規制監督を適用するという機能別監督の原則を明確にした。
このような考え方に従い、中国は第三者決済の業務機能それぞれについて、銀行など従来の金融機関と同様の監督規制を実施する方向で網をかけてきた。第三者決済機関は、まず民営銀行として2014年12月に微衆銀行(テンセント系)、2015年6月に網商銀行(アリババ系)を設立し、少額融資業務を銀行に移管した。2017年5月には人民銀行の要請により、「余額宝」の1人当たり預入上限が100万元から25万元に引き下げられた(2018年8月には10万元に引下げ)。2018年3月に人民銀行の監督の下「バイハンクレジット」(通称「信聯」)が設立され、第三者決済機関の信用評価情報は全て信聯に集中することとなった。従来の銀行の顧客に対する信用情報は人民銀行に集中されているので、それと同じ効果を持つ態勢が整えられた。
第三者決済では、運営主体のシステムの中で顧客間の多くの決済が終了してしまい、銀行口座間の決済で観察可能だった決済情報が当局から見えにくくなった。そこで、人民銀行の監督下で「網聯」が設立され、2018年6月以降、第三者決済機関の決済情報は「網聯」に集中されることとなり銀行と同様の監督が可能となった。2020年11月に人民銀行は「金融持ち株会社監督管理試行弁法」を施行し、アリペイやウイーチャットペイに対し、金融持ち株会社への移行を求めている。
日本への示唆
中国では日本の金融庁のように統一された監督当局ではなく、制度面で業態別の監督規制が残されているが、国家金融監督総局への統合や共産党の中央金融委員会での統一的な監督規制の動きなど、業態を横断し、機能別に対応しようとする動きがみられている。そうした中、第三者決済に関連するサービスは、業務範囲を従来銀行が行っていた決済業務から融資、信用判定、資産運用、保険など、銀行だけでなく証券や保険など様々な業態に拡大してきた。
これに対して、当局の規制監督は、第三者決済機関の提供するそれぞれの業務が属する銀行、証券、保険などの業態に応じて監督すると同時に、2018年の「金融機関の資産管理業務の規範化に関する指導意見」にみられるように、金融商品の機能別に銀行、証券、保険などの業態を横断して規制する手法が開始されている。さらに、2022年4月には新たな「金融安定法」の草案がパブリックコメントを求めて公表され、2024年6月には第二次草案が公開された。現在立法過程中であるが、その第4条には「機能別監督」の原則に基づき監督管理を行うことが明示されている。
日本では金融機関に対する許認可権限を持つ監督機関が金融庁に一元化されているが、SBI金融経済研究所の「次世代金融インフラのあるべき姿の例示」でも示されているように監督規制のための法制度はいまだに業態別となっている。一方、中国では、政府内の監督機関はいまだに業態別となっているが、共産党に設置された中央金融委員会において統一的な監督規制が指向されていると同時に、法律や制度面において機能別の規制監督とする方針が進められている。
本稿では、CBDCや第三者決済サービスに対する中国の監督規制を展望してきた。中国のこうした対応は、日本と異なった制度、手法であるが、日本としても参考にすべき点があると思われる。