動き出した米国の暗号資産規制(前編) -ステーブルコインを規制するGENIUS法が成立-
はじめに
7月18日、米国でステーブルコインの規制を目的としたGENIUS法[1]が成立した。同日、暗号資産規制機関の管轄権を明確化するCLARITY法案、およびCBDCに関する一切の行動を禁止するAnti-CBDC法案も下院を通過しており、今後上院に送付され審議にかけられることになっている。米国の暗号資産規制は欧州や日本に比べて大きく遅れていると言われてきたが、一気に動き出したといえよう。
これまでの米国の暗号資産規制整備について、筆者は、2023年8月公表のSBI金融経済研究所の機関誌「所報」掲載論文[2]において概説している。論文では、SEC(証券取引委員会)が1934年制定の証券取引所法などの非常に古い法律を暗号資産に運用上の工夫で適用するという「執行による規制」が盛んに行われ、未秩序な暗号資産業界の動きを牽制していることについて触れた。また、その原因として、米国連邦議会での法案審議がなかなか進まない状況にある実態を紹介した。特に暗号資産規制整備の方向性に関するコンセンサスが得られないなか、議員立法が基本である米国連邦議会において、法案審議の進展が望みにくい政治環境にあることを指摘した。
こうした停滞していた暗号資産規制が動きだす契機となったのは、言うまでもなく2024年末に実施された米国大統領選挙である。それまで暗号資産について「詐欺のようなもの」として懐疑的な姿勢にあったトランプ氏が、選挙運動を進める中で暗号資産推進派に転じ、勝利を収めたことにより、大きく風向きが変わった。
大統領令14178号の発令
トランプ大統領は2025年1月、世界経済フォーラム(WEF)年次総会(ダボス会議)におけるスピーチの中で、「米国を人工知能(AI)と暗号資産の世界的中心地にする」と表明している[3]。また、大統領就任早々矢継ぎ早に数多くの大統領令[4]に署名し話題になったが、その中の一つに「デジタル金融テクノロジーにおける米国のリーダーシップの強化」を打ち出した大統領令14178号[5]があり、「経済のあらゆる分野にわたるデジタル資産、ブロックチェーン技術、および関連技術の責任ある成長と使用を支援する」としている。
この中で、「デジタル資産」とは、暗号通貨、デジタルトークン、ステーブルコインなど、分散型台帳に記録される価値のデジタル表現を指すものとしているが、ドル建てステーブルコインの開発と成長を世界中で促進する行動を通じて、米ドルの主権を促進および保護することを方針の一つに掲げている。
大統領令14178号は、具体的には、以下の3つの内容から成っている。
1. 大統領令14067号および財務省の枠組みの取り消し
前政権による2022年3月9日の関連大統領令(デジタル資産の責任ある開発の確保<大統領令14067>[6])および2022年7月7日に決定した財務省の「デジタル資産に関する国際的関与の枠組み」[7]を撤回する。
2. デジタル資産市場に関する大統領ワーキンググループの設立
AIおよび暗号に関する特別顧問が議長を務め、財務長官や司法長官のほかSECやCFTCの委員長などの政府高官をメンバーとする「デジタル資産市場に関する大統領の作業部会」を設置する。作業部会は、米国におけるステーブルコインを含むデジタル資産の発行と運用を管理する連邦規制の枠組み等を提案するものとし、作業部会の報告書では、市場構造、監視、消費者保護、リスク管理に関する規定を検討するものとする。また、国のデジタル資産備蓄の創設と維持の可能性を評価し、連邦政府が法執行活動を通じて合法的に押収した暗号通貨を備蓄するための基準を提案する。
3. 中央銀行デジタル通貨の禁止
金融システムの安定性、個人のプライバシー、米国の主権を脅かす中央銀行デジタル通貨(CBDC)のリスクから米国人を保護するための措置として、政府機関は、米国の管轄内または海外でCBDCを創設し、発行、流通、使用、または促進するいかなる行動も禁止する。
上記2.のデジタル資産市場に関する大統領の作業部会は、7月30日、大統領令14178号に基づき、米国が暗号資産の世界的リーダーとなるための政策提言をまとめた報告書「デジタル金融技術における米国のリーダーシップを強化するための勧告」[8]を公表している。報告書の主な提言は、以下のとおりである。日本では、同報告書はあまり注目されていないが、監督規制上の大まかな枠組みを示す重要な情報が示されている。
- CFTCに対する非証券型デジタル資産のスポット市場監督権限の付与
- DeFi技術の活用と主流金融への統合の推進
- SECとCFTCによる登録・保管・取引・記録管理の明確化
- 銀行によるデジタル資産関連サービス(カストディ、トークン化、ステーブルコイン発行など)の許容範囲の明示
- 銀行免許やFRBマスターアカウント取得プロセスの透明化
米国連邦議会による法案審議
一方、大統領令に基づく作業部下における検討作業と並行して、米国連邦議会では議員立法に基づく暗号資産規制関連法案の審議が行われていた。
ステーブルコインについては、上院では、共和党ハガティ・ビル上院議員他5名の共同提案による「GENIUS法案 (Guiding and Establishing National Innovation for U.S. Stablecoins Act -S.1582)」、下院では共和党ブライアン・スタイル下院議員他17名の共同提案による「STABLE法案 (Stablecoin Transparency and Accountability for a Better Ledger Economy Act - H.R.2392)」が並行して審議されていたが、先にGENIUS法案が上院本会議で可決(6/17日)され、下院に送付(6/23日)されている。GENIUS法案とSTABLE法案は共通点が多く相違点は僅かであったため、下院に送られたGENIUS法案は委員会審議を省略し、直接本会議での審議にかけられることになった(STABLE法案は事実上棚上げ)。
一方、下院議会では、暗号資産規制関連法案として他にも、デジタル資産の分類(証券か商品か)を明確にし、規制機関(SECとCFTC)の管轄権を整理するCLARITY法案(Digital Asset Market Clarity Act -H.R.3633)、および米国における中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行を阻止するAnti-CBDC法案(Anti-CBDC Surveillance State Act -H.R.1919)が本会議での審議に移っていた。
Crypto Week
このように7月初の時点で、下院本会議には3つの暗号資産規制関連法案が俎上に載ることになるなか、下院金融サービス委員会委員長と下院農業委員会委員長および下院指導部は、7月14日の週を「Crypto Week」とすることを発表した。目的は、米国をデジタル資産の世界的リーダーにするというトランプ大統領の約束を果たすための取組みの一環であり、デジタル資産市場の長期にわたる規制の不確実性を解消し、業界のイノベーションを促進するための明確な法的枠組みを確立することであった。
「Crypto Week」では、最初にこれらの法案をどのようなルールで審議・採決するかを定める「手続き決議(Rules Committee Resolution H. Res. 580)」を行い、CLARITY法案は事前承認分に限り一部修正可とする一方、GENIUS法案とAnti-CBDC法案については原案のまま審議・採決することとされた。さらに、各法案について1時間の一般討論時間を設けるものの、最低3日間の公開期間を設けるルールは適用せずに即採決を行うとされた。
その結果、3つの法案は7月17日に審議の上、即日可決された。CLARITY法案とAnti-CBDC法案は、この後、上院議会に送られ、通常の手続きにより審議・採決される必要があるが、GENIUS法については、既に上院の可決まで終わっているため、7月18日に大統領の署名を受け、法律として成立した(公法第119-27号、法案成立までの過程は図表1参照)。
なお、3つの法案の採決状況を示したものが図表2であるが、GENIUS法案とCLARITY法案については、共和党議員に加え民主党議員の約半数も協力する結果となっていることが注目される。米国において、暗号資産規制整備を早急に進める必要があるとの一種の焦りが、党派を超え、詳細はともかくまずはルールを整備しようといった動きに繋がっていると考えられる。
今回成立したGENIUS法はステーブルコインの規制を目的とし、発行者、準備金の要件、マネーロンダリング対策、破産手続きなどに関する広範な規定を定めるものである。その概要については、レポート「動き出した米国の暗号資産規制(後編)─GENIUS法の概要─」で解説する。
2025年5月01日 |
上院に法案提出 |
6月17日 |
上院本会議で可決 |
6月23日 |
下院に送付 |
7月17日 |
下院本会議で可決 |
7月18日 |
大統領署名 |
7月18日 |
公布 |
(図表1)GENIUS法成立までの過程 |
(図表2)CRYPTO WEEKにおける法案採決結果
[1] GENIUS法の正式名称は「Guiding and Establishing National Innovation for U.S. Stablecoins Act(米国ステーブルコインの国家的イノベーションを導き確立するための法)」
[2] 中山靖司, 「米国の暗号資産規制の動向」, SBI金融経済研究所所報第4号, 2023年8月, https://sbiferi.co.jp/assets/pdf/review/review_vol04_04_202308.pdf
[3] Davos 2025: Special address by Donald J. Trump, President of the United States of America, Jan 23, 2025, https://www.weforum.org/stories/2025/01/davos-2025-special-address-donald-trump-president-united-states/
[4] 大統領令(Executive Order):米国大統領が発行する正式な命令で、連邦政府の機関や職員に対して政策の実施方法を指示するもの。憲法や既存の法律の範囲内で、新たな予算措置を伴うことはできないが、議会の承認を必要とせず、大統領の権限を活用して迅速に政策を実行するための手段として利用される。
[5] Executive Order 14178 “Strengthening American Leadership in Digital Financial Technology”, A Presidential Document by the Executive Office of the President, Jan 23, 2025, https://www.federalregister.gov/documents/2025/01/31/2025-02123/strengthening-american-leadership-in-digital-financial-technology
[6] Executive Order 14067 “Ensuring Responsible Development of Digital Assets”, A Presidential Document by the Executive Office of the President, March 9, 2022, https://www.federalregister.gov/documents/2022/03/14/2022-05471/ensuring-responsible-development-of-digital-assets
[7] Fact Sheet: Framework for International Engagement on Digital Assets, U.S. Department of the Treasury, July 7, 2022, https://home.treasury.gov/news/press-releases/jy0854
[8] The President’s Working Group, The Report “Strengthen American Leadership in Digital Financial Technology”, The White House, July 30, 2025, https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2025/07/Digital-Assets-Report-EO14178.pdf