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暗号資産の価格急騰は予測できるか?  -価格に先行する取引の兆候等に関する研究-

2つの研究動機

 暗号資産は、株式や債券、トークン化資産のように理論価値を計測することが困難である。株式であれば企業価値から負債を除いた株主価値、トークン化資産であれば対象資産の価値(例えば不動産が生み出すキャッシュフローもしくは不動産所有権)を算出する理論が、DCF法や解散価値、原価/取引事例比較などの算出法として存在している。一方、暗号資産には理論価格というものは存在しない。こうした暗号資産の特性ゆえ、他の金融・非金融資産に比べピーク・ボトムの価格変動が著しく大きく、価格変動の理由を需給バランス(あるいはその背景にある先行きの価格変動に関する期待)以外の情報で説明することが困難である。

 このような特性を持つ資産について、パブリック型の分散台帳技術の特徴である台帳情報が直接観測可能な点を活用し、所有の移転(支払いもしくは売買<預金など他資産との交換>)情報によって価格変動を予想することはできないであろうか。ファイナンス理論のマーケットマイクロストラクチャー分野では、売買のオーダーフローが価格変動に影響を及ぼす影響の分析や、マーケットインパクトを最小化するような売買手段の研究がなされてきた。すべての所有移転情報が利用可能であるという利点を活用し、価格急騰や急落の際の所有移転の特徴パターンを詳細に分析することで、群集心理や市場過熱・急落の予兆などを知ることが可能かもしれない。

 また、暗号資産取引は、マネーロンダリング(資金洗浄)や価格操作を伴う不当な売買による利益誘導といった犯罪行為の温床になっているとの指摘がある。こうした犯罪行為の兆候は、取引量の急増や価格急騰・急落等の変動として顕現化することがあると指摘されている。

 正常な取引を阻害する行為は暗号資産の信頼性を損ない、市場全体の健全性にも深刻な影響を及ぼしかねない。国際的にもFATF(金融活動作業部会)が2015年にガイダンスを公表し[i]2019年には暗号資産交換業者をAML/CFT(マネロン・テロ資金対策)の規制対象に加えている[ii]。さらに、近年、暗号資産が一部の特化した金融機関で保有される機会が増え、ETFにも組み込まれつつあることから、暗号資産市場の混乱が既存の金融システム全体に波及するリスクも高まっている。このため、FSB(金融安定理事会)は20237月に暗号資産の規制に関する勧告を発表し、国際的な監視体制の整備が進行している[iii] 

 各国の規制当局も暗号資産取引市場における異常な取引を監視し、対策を講じるよう金融機関や暗号資産交換業者に求めている。例えば、日本では、犯罪収益移転防止法に基づき、金融機関や暗号資産交換業者は顧客確認(KYC)、記録の保存、疑わしい取引の届出などが義務付けられている。しかし、近年、暗号資産取引は急速に普及し、取引手法も多様化・自動化が進んでいるため、人間の手だけで全ての異常な取引を検知し、識別し、報告することは困難になっている。

 このような背景から、暗号資産取引における犯罪行為やその他の異常なイベントを自動的に検出することは、非常に大きな社会的意義を持っており、その前段階として、暗号資産取引の異常なイベントと密接に関連する可能性のある暗号資産の価格急騰の予兆等を、数学的な手法を用いて捉える研究の意義は大きい。

 以上のような2つの研究動機に基づき、京都大学ブロックチェーン研究センター[iv]では、暗号資産市場における大きな価格変動を引き起こす異常取引を検出するための数理的基盤を確立すべく活動を行っている。その活動の一環として、様々な数学的手法(グラフ理論、位相幾何学、高次元統計解析ほか)を扱う物理学者を中心に、バックグラウンドが多岐に亘る研究者を大勢集め、プロジェクトを立ち上げている。最初の研究成果が、昨年末にRIETI(経済産業研究所)のディスカッションペーパー「Verification of elemental technologies for anomaly detection in crypto asset transactions[v](池田ほか11[vi]による共著)として公表されているため、以下でその概要について紹介する。

本研究の目的とアプローチ

 本研究は、時間が経過とともに変化する暗号資産の取引関係を可変ネットワーク(動的グラフ)として表現し、ネットワークデータの数学的な分析に基づいて異常を検知するための基盤技術(要素技術)を検証することを目的としている。最終的な研究の目的は、異常の検知であるが、何が異常かを定義することが難しいため、本研究では「価格に大きな変動をもたらした取引」を異常な取引と広く捉えて代用している。

 なお、取引とはブロックチェーン上に記録された送金情報のことであり、法定通貨建ての暗号資産価格を決定する市場(暗号資産と法定通貨の交換市場)とは異なるものである。すなわち、暗号資産の価格として表れる法定通貨と暗号資産の交換取引は、交換業者内部のシステム(オフチェーン)で処理・記録され、ブロックチェーン上に送金取引として記録されることは少ない。さらに言えば、オンチェーン上の取引記録には価格という概念すら存在しない。なお、暗号資産の価格は複数存在する交換業者において各々決定・記録されるため、裁定が働いて収束するとはいえ、交換業者内部のシステムに記録されている価格情報が一意には定まらない点には留意が必要である。

 本研究では、オンチェーンの取引データの数学的な分析から得られる複数の「特徴(指標)」が、その後に起こるオンチェーン外部での「価格の大きな変動」を事前に予知する可能性を示している。研究では、主に以下の3つの問い(研究課題)に答えることを目指した。

課題1(先行指標):価格に先行する取引の兆候はあるか?
課題2(流通構造):価格と流通速度(特定期間の総取引額÷その期間の平均時価総額)の間に関係はあるか?
課題3(ハーディング現象):人々が多数派と同じ行動をとる傾向を示す現象(ハーディング現象)は見られるか?

 これらの問いに答えるために、本研究では、グラフ理論(ネットワークの構造を数学的に解析する手法)、トポロジー(ネットワーク全体の形状や連結性といった構造的な特徴を捉える手法)、高次元統計解析(多種類のデータの関係性を統計的に分析する手法)といった複数の数学的な手法を体系的に応用した。特定の主要な暗号資産(主にXRP[vii])の過去のデータ(価格高騰期間を含む)に対しこれらの手法を適用することで、暗号資産取引の動的グラフ(取引を行った参加者やウォレットなどを点の集まり<ノード>、その間の取引関係を線<リンク>としてネットワークを捕捉し、かつ、時間経過とともに変化するネットワーク構造を捉える概念)から様々な「特徴」のパターンを抽出する試みを行い、これらが価格変動の先行指標として有効であるかを検証している。

 なお、従来の研究は、特定の疑わしい取引パターン(例:取引数量が増大しているようにみせかける循環取引パターンなど)に対応するネットワークの特定の小さな部分(サブグラフ)を検出することに限定されることが多かった。これに対し、本研究は特定の取引パターンの知識を事前に仮定せず、複数の数学的な手法から得られる様々なネットワークの特徴を統合的に分析することにより「価格の大きな変動」との関係を捉えるという点で、根本的に異なるアプローチを採用している。

検証した指標

 XRPの過去のデータ、特に価格が高騰した期間を用いて検証した指標とその結果の概略は以下の通りである。やや専門的な内容になるため、個別指標の説明は読み飛ばしても差し支えない。

指標1:クラスタリング係数(グラフ理論)

 特定の取引者ノードに注目し、その取引者と取引がある者すべてを抽出し、これらの取引者同士がどれだけ繋がっているか、その密度を計算することで、特定の取引者ノードの近隣での固まり具合(クラスター化している度合い)を算出する指標。各ノードについて算出し、そのネットワーク全体での平均値をみる(分布状況などを個別にみることでも情報が得られる)。

 分析の結果、XRPの価格が急激に上昇した期間にこの指標が平均的に増加し、価格が暴落した期間に減少することが確認された。これはクラスタリング係数が価格の先行指標になりうることを示唆している。

指標2:1次ベッチ数(トポロジー的データ分析)

 グラフに含まれる独立したループの個数を捉える指標である。取引ネットワークの場合、循環構造を捕捉する指標の一つになる。分析の結果、取引ネットワークの循環の度合いを示す同指標は、価格変動、特に急騰期間と何らかの関連があることが示唆される。

指標3:取引ループ数とその時間変化(グラフ理論)

 ネットワーク内で取引が循環する経路(ループ)を検出し、その取引が元の場所に戻るような一連の循環取引(ABC・・・→A)を特定する手法。「因果的なループ」と呼称され、不正行為やマネーロンダリングの可能性を示唆している。ノードを経由する数(s)によってループの大きさが計測される。

 分析の結果、特に四角形(s=4)のループを検出する指標が、XRPが価格急騰期間中に上昇するケースが頻繁に観察された。循環取引自体が価格上昇の一因となっている可能性が考えられる。

指標4:ホッジ分解による取引ループ成分比率(トポロジー)

 ネットワーク全体の取引の流れを、「ポテンシャルフロー」(非循環的な成分)と「ループフロー」(循環する成分)に分解する数学的手法。それぞれのフローの割合に着目する。

 分析の結果、全体としてループフローが優位ではあるが、価格が急騰した期間では、ポテンシャルフロー比率が増加し、ループフロー比率が減少する傾向が見られた。価格急騰期にループフロー比率が減少したように見えるのは、多数の新規ユーザーの参加による取引量の増加がポテンシャルフローを相対的に増加させた可能性がある。ネットワーク全体の取引の流れの構造が価格変動と関連して変化することを示唆している(価格と流通構造の相関を示す指標)。

指標5:相関テンソルの最大特異値(高次元統計解析)[viii]

 ネットワークの参加者(ノード)の特徴、例えば誰と取引しているか、数量はいくらか等を高次元のベクトルとして表現し、それらのベクトル間の関連性(相関)を「相関テンソル」として捉え、関係性を表現した特徴(最大特異値)を抽出する手法。

 分析の結果、相関テンソルの最大特異値は、XRPの価格急騰を正確に捉える指標となりうることが判明した。取引が同調的になりやすいことと価格高騰の負の相関は、同指標がハーディング現象を捉えている可能性を示唆している。

指標6:リッチ曲率(トポロジー)

 ノード間の繋がりの強さを計算するために用いられる概念で、連結の密度を幾何学的な視点から分析するための手法。例えば、密に繋がった部分は正の値を、疎な部分は負の値を示す。

 分析の結果、XRP取引ネットワークは全体として平均的に正の値を示しており、局所的に密な繋がりが多い(クラスター化・分断化している)ことが観察された。また、価格が最高値となった期間では、同指標が大きくなっていることが確認された。リッチ曲率は、価格変動に伴うネットワーク内の取引リンクの密度の変化を捉えていると解釈可能であり、価格変化への同調性が高いことはハーディング現象を示す指標となりうることを示唆している。

 なお、ここでは詳細は省略するが、次数エントロピー(グラフ理論)、三角モチーフのZスコア(グラフ理論)、グラフ・ラプラシアン固有値距離による分類(トポロジー)、取引頻度統計の特徴抽出(高次元統計解析)、価格変動の異常値検出(時系列分析)など、他の様々な数学的手法による分析も行っており、分析結果からは留保条件付きながら、他にも指標となりうる可能性があるものが存在することがわかっている。

3つの研究課題に対する答え

 本研究の検証から、これらの数学的な指標は、暗号資産取引ネットワークの様々な特徴(構造、流れ、参加者の活動パターンなど)を捉え、価格の大きな変動と関連があること、あるいはそれに先行する可能性があることが分かった。これは、先の3つの研究課題(先行指標の存在、流通速度・速度と価格の関係、ハーディング現象の存在)に対して、これらの指標が有効な手掛かりを提供することを確認したものである。

課題1(先行指標):取引者同士の繋がり(クラスター係数)や循環取引の多さ(ベッチ数)などが価格変動に先行しており、これらは価格予測の有力な手掛かりとなり得ることがわかった。ただし、これらの指標が価格になぜ先行するか等の因果関係の分析については今後の課題である。

課題2(流通構造):暗号資産の流通速度やループ構造の上昇が価格の高騰と同期ないし先行して観測された。実証ファイナンス研究における株式等の研究と同様に、暗号資産についても価格と流通速度の間に正相関があることが確認された。

課題3(ハーディング現象):価格が上がるときに、ネットワークの局所的な繋がりの度合いが大きく正に変化した。同時に、ネットワーク全体の「震え」(相関テンソルの特異値、取引構造変化と価格変化との同調性)も大きく変化した。価格変動時にネットワーク全体の構造が一斉に変化する様子が分かった。これは、多くのユーザーが同時に類似した行動を取るハーディング現象を示唆している。

今後の展望:異常検知AIシステムの実現

 暗号資産の異常取引は、犯罪行為を示唆するものが少なくないといわれており、暗号資産の信頼性にとって大きな脅威となる。したがって、こうした異常取引の早期検知には大きな社会的意義がある。現在、暗号資産交換業者等は、特にマネーロンダリングなどの異常取引を特定するために、手作業による個別対応に頼っている。そして、要請に応える形で、様々な不正が疑われる異常な取引を定期的に規制当局に報告しているが、提出される報告も質的なばらつきが大きく、これらの異常取引報告の有効活用を妨げている。異常検出プロセスの自動化によって報告書の質の均質化と高水準化が可能になれば、大きい社会的なインパクトをもたらすと考えられる。

 本研究では、取引データの数理的な解析から得られる複数の指標によって、大きな価格変動を事前に検知できることを示した。しかも、いくつかの複数の指標は、マネーロンダリングや価格操作などの異常事象の検知にも適用可能な分析結果を示している。一方で、ある指標は価格変動の予兆を示していても、別の指標は示していない場合があり、大きな価格変動の確実な予兆を特定することは容易ではない。そこで、複数の検証済みの数学的手法を用いて大きな価格変動の兆候を示す総合指標を推定するAIシステムの開発が有益であると考えられる。また、いずれは「大きな変動」だけではなく異常取引そのものに関係する事象を捉える「異常検知AIシステム」[ix]の開発に繋げることが大事であると考えている。

 この「異常検知AIシステム」が実現すれば、金融機関や暗号資産交換業者における疑わしい取引の自動検知・報告プロセスを大幅に効率化し、報告の質を標準化・向上させることが期待できる。これにより、規制当局(金融庁など)による報告の活用もより効果的になり、暗号資産取引の信頼性を高め、健全なサイバー・フィジカル経済の実現に貢献することができるのではないだろうか。


[i] FATF. (2015). Guidance for a Risk-Based Approach to Virtual Currencies. Financial Action Task Force. https://www.fatf-gafi.org/content/dam/fatf-gafi/guidance/Guidance-RBA-Virtual-Currencies.pdf.coredownload.inline.pdf
[ii] FATF. (2019). Guidance for a Risk-Based Approach to Virtual Assets and Virtual Asset Service Providers. Financial Action Task Force. https://www.fatf-gafi.org/media/fatf/documents/recommendations/RBA-VA-VASPs.pdf
[iii] Financial Stability Board. (2023). High-level recommendations for the regulation, supervision and oversight of crypto-asset activities and markets: Final report. https://www.fsb.org/2023/07/high-level-recommendations-for-the-regulation-supervision-and-oversight-of-crypto-asset-activities-and-markets-final-report/
[iv] 京都大学ブロックチェーン研究センター https://www.blockchainkyoto.org/
[v] Ikeda, Y. et al., (2024). Verification of elemental technologies for anomaly detection in crypto asset transactions (RIETI Discussion Paper Series 24-E-085). Research Institute of Economy, Trade and Industry (RIETI). https://www.rieti.go.jp/jp/publications/dp/24e085.pdf
[vi] 池田 裕一(京都大学)、青山 秀明(経済産業研究所)、初田 哲男(理化学研究所)、日高 義将(京都大学)、白井 朋之(九州大学)、相馬 亘(立正大学)、家富 洋(立正大学)、Abhijit Chakraborty(インド科学教育研究所/理化学研究所)、藤原 明広(千葉工業大学)、中山 靖司(SBI金融経済研究所)、新井 優太(麗澤大学)、Krongtum Sankaewtong(京都大学)
[vii] 暗号資産の一つであるXRPは、Ripple社関連のXRP Ledger上で稼働する決済特化型デジタルアセット。ビットコインが使っているPoWや、イーサリアムが使っているPoSとは異なる独自のコンセンサス方式により、高速かつ低コストな価値移転を実現し、国際送金におけるブリッジ通貨としての活用が期待されている。
[viii] Chakraborty, A., Hatsuda, T. & Ikeda, Y. (2023). Projecting XRP price burst by correlation tensor spectra of transaction networks. Sci Rep 13, 4718. https://doi.org/10.1038/s41598-023-31881-5
[ix] Ikeda, Y., Hadfi, R., Ito, T. & Fujihara, A. (2025). Anomaly detection and facilitation AI to empower decentralized autonomous organizations for secure crypto-asset transactions. AI & Soc. https://doi.org/10.1007/s00146-024-02166-w

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