次世代金融を巡る世界の論調シリーズ:NY連銀ブログ「決済システムの相互運用性フレームワーク」
本レポートの狙い
今回の次世代金融を巡る世界の論調シリーズでは、ニューヨーク連銀が3月27日にWebで公表した2部構成の特集ブログ記事「決済システムの相互運用性フレームワーク」[i]と「ブロックチェーン・システムの相互運用性と決済の未来」[ii]の内容を2回に分けて紹介する。これらの記事は、「研究と政策の狭間で活躍するニューヨーク連銀のエコノミストによる洞察と分析を掲載するブログ『Liberty Street Economics』」[iii]に掲載されたもので、ニューヨーク連銀の複数のエコノミストの共著である。
著者らは、「ブロックチェーン・ネットワークに基づく新しい決済システムは、金融の仕組みを大きく変える可能性がある。しかし、広く使われるようになるためには『マネーの単一性/一様性(Singleness of Money)』が維持されることが大事であり、そのためには、これらのシステムがうまく連携できること(相互運用性)が重要な課題である」としている。そして、決済システムの相互運用性を分析するためのフレームワークを整理し、それを従来の金融システム(Automated Clearing House)と新興の金融システム(Blockchain Systems)に適用して考察している。
これまで、SBI金融経済研究所では、「次世代金融インフラの構築を考える研究会」を設置し、2回にわたって提言を行ってきたが、その提言においても、「次世代金融インフラのあるべき姿」を実現するうえでは、金融サービスや基盤インフラのモジュール化とそのリバンドリング・リビルドを促すドライビングフォースをうまく働かせることが必要であり、そのためには、相互運用性を確保するための標準化を推し進めることが重要である」と指摘している。この論点については、今後、分科会等においてさらに深めて議論していくことを計画している。このニューヨーク連銀のエコノミストらによる「決済システムの相互運用性フレームワーク」に関する深い洞察や指摘は、マネーの単一性維持はもちろん相互運用性を促進するような経済的インセンティブの重要性についても説くなど参考になる部分も多い。
また、相互運用性の議論の背景には、資金決済のクリアリングハウスが民間部門と公的部門で二重に存在し、即時決済インフラが新規に設立される際にも、これが解消されなかったという米国の特殊事情がある。欧州も、ユーロ導入に際して各国の既存の決済インフラの相互運用性をいかに確保していくか、不効率性を取り除いていくかという課題に直面した。TARGET2に至る取り組みが進められたほか、SEPA(Single Euro Payments Area:単一ユーロ決済圏)の推進が現在も続いており、CBDC導入を巡る議論にも繋がっている。
ステーブルコインやトークン化預金という新しいマネーとこれを支える決済インフラの登場は、こうした状況を一層複雑なものにしており、これがニューヨーク連銀のブログの問題意識となっている。以下では、二話連続でその内容を紹介する。なお、同ブログの真意を理解するためには、米国の資金決済クリアリングハウスの複雑な事情を知ることが有益であり、文末の筆者補足で解説を行っている。
NY連銀ブログ【決済システムの相互運用性フレームワーク】
決済システムの相互運用性とは
決済システムの相互運用性とは、「あるシステムの利用者が別のシステムの利用者と情報や価値を交換できる能力」と定義される。相互運用性のレベルは、複数の決済システムを跨いで取引をする際の摩擦の程度によって左右される。
中央銀行が決済システムの相互運用性を重視する主な理由は、それがマネーの単一性を支えるものとなっているためである。相互運用性があることで、異なる銀行や金融機関、あるいは銀行協会等が提供する決済システムにおいて、同じ価値のマネーが等しく扱われるというマネーの単一性が保証される(文末の筆者補足を参照)。
相互運用性の柱:フレームワーク
決済システム間の相互運用は複雑であり、相互運用性の達成レベルは、法的、技術的、経済的な考慮事項に大別される複数の柱の充足度合いによって変化する。
法的柱(Legal Pillar):理想的には、決済システムを管理するルールが統一され、利用者が高い確実性と一貫性を持ってシステム間でマネーを取引できるようにする必要がある。少なくとも複数のシステム間で決済を支える法令や規則が矛盾しないことが求められる。システムルールやその他の契約は、基礎となる法律を補完し、異なる法令や規制の枠組みの差異を調整するのに役立つ。しかし、実際には完全に整合がとれないときもあり、その場合、これが不確実性や矛盾を生み出し、重大なリスクをもたらすことにならないよう考慮する必要が生じる。
技術的柱(Technical Pillar):ネットワークが達成できる相互運用性のレベルは、決済システムのネットワークの技術的な設計の仕方と、異なる決済システムが共通の技術コンポーネントや標準化された規格を共有する度合いに依存する。技術的な相互運用性には、データの標準化、共通の決済プロトコル、システム間の同期通信など、多くの実用的な形態がある。相互運用性を支える標準規格の例としては、ISO 20022のようなメッセージング標準や、ERC 20のようなトークン規格がある。
経済的柱(Economic Pillar):どの法制度や技術を選ぶかによって、利用者が負担する費用は変わりうる。金融および技術サービスプロバイダーが、いかに効果的に法的・技術的環境を考慮しつつ相互運用性(異なるシステムが互いに連携できること)を積極的に保とうとするかは、経済的なインセンティブに依存する。インセンティブがあると相互運用性の導入や協調が進む(例:モバイル決済)。特に、摩擦の性質(システム間の連携がうまくいかないことによる問題)、相互運用性の欠如によって損害を受ける当事者(連携がうまくいかないことで損害を受ける人々)、相互運用性を収益化する能力(連携をうまく利用して利益を得る能力)といった要素が、相互運用性を開発・実装する解決方法の出現可能性に影響を与えることになる。
決済システムの進化と従来の決済システムにおける相互運用性
米国の銀行システムインフラの現在の成り立ちは、相互運用性を考える上で参考になる事例である。
銀行は、お金を預かって預金として管理し、他の人に送金できるようにするという「決済サービス」を提供している。同じ銀行内の顧客同士の支払いは、銀行内部で処理・決済されるが、異なる銀行の顧客間の支払いを行うには決済システムのような第三者が仲介役を果たす必要がある。決済システムの運営者は、例えば「払うべきお金が本当に相手に渡るか」(信用リスク)とか、「(参加銀行破綻のような)いざという時にでもすぐに支払うべきお金を用意できるか」(流動性リスク)といった問題が起きないように、決済システムを巡る不確実要因を効果的に管理する必要がある。
こうした中、FRB(Federal Reserve Banks)は、清算・決済機能を自らが提供することで、米国の決済システムの不安定性と非効率性を軽減することを目的の一部として設立された。FRBは、預金取扱機関に振り出された小切手を額面金額通りに決済することが法的に義務付けられ、その結果、決済システムに不安定さをもたらしていた複雑なコルレス銀行の清算・決済の取決めやルール運営の負担が減少した。
FRBによるACH決済への関与自体は、相互運用性の向上という視点から解釈されることはないが、効率的に資金取引の実行や、マネーの価値の安定化、異なるネットワークの接続といった問題を解決するよう設計されたものであり、結果的に相互運用に資するものとなっている。重要なのは、すべての預金取扱機関を通じて発行されるマネーの単一性をFRBが強固にしたことである。
さらに、清算・決済におけるFRBの中心的な役割は、電子システムの出現とともに進化した。まず、地域ごとに設立されたクリアリングハウス(ACH: Automated Clearing House)の運営組織を通じて全国的な政府関連の決済をサポートし、その後すぐに、FRBが運営するクリアリングハウスと民間のクリアリングハウス運営組織が連携することで、商業決済においても全国的なネットワークが確立された。FRBは、自らが提供するACHサービスFedACHに預金取扱機関を参加・接続させ、さらに民間であるTCH(The Clearing House)が提供するACHサービスEPN(Electronic Payment Network)とメッセージや情報を交換することで、両方のシステムに接続している金融機関間の決済を可能にした(全銀システムに集約されている日本とは仕組みが違っており、後出の筆者補足を参照)。
ACHシステムへの相互運用性フレームワークの適用
FedACHとEPNがうまく連携するためには、両方のシステムの運営者がシステムの取決めの運用上の複雑さを管理する必要がある。これにより、多くの人がこのシステムを使えるようになり、使う側にとっても手続きが簡単になる。例えば、企業は給料支払い代行会社や銀行を通じて複数のネットワークに参加することなく(FedACHに参加する銀行とEPNに参加する銀行の両方に口座を持たずとも)、ほぼすべての米ドルの銀行口座を持つ人に給与を支払うことが出来る。
法的側面:法的な観点から見ると、FedACHとEPNは、共通の法律、規制、および契約によって管理されており、その相互運用は高度な一貫性と確実性を備えている。具体的には、両システムを通じて処理される取引は、Nacha(ACH決済の業界団体)が定めた規則によって管理され、取扱われる商業信用商品は、統一商法典第4A条が適用され、どちらのシステムで扱われる取引に関連する消費者の権利も変わることはなく、両システムの銀行参加者は同様の定款、免許、規制スキームに従っている。
技術的側面:FedACHサービスとEPNは技術的なレベルで相互運用し、一方のネットワークに参加する銀行が他方のネットワークに参加する銀行に支払指示を送ることを可能にしている。これらのACH事業者間の高度な技術的接続性は、Nachaが定めるACHサービスの運営規則、ガイドライン、標準メッセージング・フォーマットなど、多数の主要構成要素によってサポートされ、高レベルの一貫性を提供している。また、中央銀行や商業銀行にある預金マネーで決済する手段を各決済ステムの参加者に提供し、効率性の低いネットワークで生じうる各種の摩擦や不確実性を回避している。
経済的側面:FRBは、FRBのシステムと地域のACH協会がうまく連携するための取り組みをリードした。FRBには、現在のFedACHサービスの決済機能を強化するために、ACHネットワークの範囲を広げ、異なるシステムを接続するという強い動機があった。現状、EPNはFedACHよりも小さい顧客基盤しか持たないが、TCHのオーナーである大手金融機関のいくつかにサービスを提供している。小規模な銀行は大規模銀行が所有するTCHよりもFRBのサービスを好む可能性があり、2つのネットワーク間の相互運用性を保つことは銀行システム全体に価値を生み出している(筆者注:FRBとTCHには筆者補足で解説しているような緊張関係があり、ここや次のパラグラフにはポリティカルなメッセージが込められている)。
エンドユーザーの視点から見ると、銀行システムを完全に接続する2つのACHシステムは、電子決済の時代においてマネーの単一性を維持するのに役立つ。FRBは、1980年の金融統制法の要件に従い、民間セクターの競争相手(TCH)と相互運用することでこれを達成した。この法律は、FRBが自ら提供するサービスに対する費用を回収することを求めており、民間セクターのイノベーションを阻害しないようにするものであった。このモデルは、今日のFRBのACH決済の実施方法にも影響を与え続けており、マネーの単一性を損なう可能性のある決済上の摩擦(問題や非効率性)を減らしつつ、競争と民間のイノベーションを育むのに役立っている。
まとめ
我々が銀行預金を使って決済等を行う場合、決済システムの相互運用性が裏側でしっかりと機能しているため、消費者は銀行ネットワークや決済システム間の取り決めを気にすることなく支払いを行うことができる。企業などの支払者は、複数のネットワークに参加する必要なく、ほぼすべての人にアクセスすることができる。このように、相互運用性は最終的にマネーの単一性を支えることに貢献する。そして、法的、技術的、経済的な要因の積み重ねが相互運用性のレベルを決定する。二部構成の次の記事では、ブロックチェーンの相互運用性とそれがマネーの単一性に与える影響について探る。
【筆者補足】
(マネーの単一性とは)
本ブログ記事では、マネーの単一性/一様性(Singleness of Money)の概念を、「payments and exchange are not subject to volatility in the value of the money itself」としている。やや判りにくい表現であるため順を踏んで解説すると、一般的には、Singleness of Moneyとは「異なる形態のマネー(現金、預金、電子マネーなど)が常に等価で交換可能であり、価値の差異が存在しないこと」を指す。この原則が維持されることで、支払いや取引の効率性や価値尺度としてのマネーの機能が高まる。ブログの定義は、これらを合わせて表現したものとなっている。
マネーの単一性は、現代の複雑な金融システムと経済が円滑に機能するための基盤として非常に重要な性質であり、取引の効率性、マネーの安定性や信頼性、決済システムの整合性等の観点からも不可欠である。本ブログの著者らは、相互運用性を巡るFRBとTCHの緊張関係に焦点を当て、こうした問題が新しいデジタルマネーの登場によってより複雑化していくリスクに対して早期の注意喚起を図るためにSingleness of Moneyの重要性を指摘していると推測される。
ちなみに「緊張関係」とは、本文中に出てきた相互接続上の「摩擦」を巡る問題に起因する問題であり、金融インフラの公共性と商業的効率性(経済的インセンティブ)の構造的な対立が背景にある。FedACHとEPNは競合関係にあるが、決済ネットワークを連携させる必要もある。公共性を重視する前者と経済合理性を重視する後者の間にはギャップが存在し、例えば、手数料体系が過去論点になってきたし、参加金融機関をめぐる問題は現在も続いている。このほか時点ネット決済のタイミングなど制度的な相違点も存在している。TCHは大手銀行を中心としたクローズドなネットワーク構築を志向しており、参加者カバレッジを巡っての以下のような問題も生じている。TCHは参加資格として一定の信用度・技術力・資金力を求めるため、地方の小規模金融機関が参加しにくくなっている(これは商業的効率性と安全性を目指した結果である)。FRBは全金融機関への公平な参加機会の提供を公共的使命と位置づけており、この排他性を問題視している。特にリアルタイム決済(RTP、TCHが運営するがシステムとしては別物)の導入局面では、小規模銀行が「TCHに参加できない=即時送金機能を利用できない」状態となり、FRBが独自にFedNowを構築する動機ともなった。一方で、TCHは、FRBがFedNowの稼働や参加者拡大を優先するあまり相互運用性の手当てを後回しにしていると批判している。
ブロックチェーン技術の発展により、同じ通貨単位を扱うがシステムとしては異なっている資金決済ネットワークが独自に発展していった場合、相互運用性を巡って同様な問題が発生する可能性がある。そうした事態に対する懸念がブログ記事に強く滲み出ている。
(米国の決済システムインフラの現状)
日本では、資金決済ネットワークは全銀システムに集約されており、清算機関としての資金クリアリングハウスの役割を全銀システムが担い、日本銀行は中央銀行預金マネーにより資金決済サービスを提供するという役割分担がなされている。
一方、米国では、システムアーキテクチャが異なり、中央銀行はFedWireという資金決済サービスの提供だけでなく、FedACHというクリアリングサービスも提供している。時点ネット決済のクリアリングにFedACHとEPNがあり、即時決済システムとしてFedNowとRTPの二つがあるという複雑な発展をしており、相互運用性が資金決済システムの重要な課題となっている。時点ネット決済を担う2つのACHは、給与の直接振込(direct deposit)、公共料金やローンの自動引き落とし(direct debit)、インターネットバンキングからの個人間送金(P2P)、企業間の請求書払い(B2B payments)など、定型的・反復的な取引や、即時性をそれほど必要としない取引に多く利用されている。取引データを一定時間ごとにまとめて処理するバッチ処理方式を採用しており、決済は差額(ネット)で行われるが、決済が確定するまでに時間がかかる(通常、数時間から数日)。
[i] Jon Durfee, Michael Junho Lee, and Joseph Torregrossa, "An Interoperability Framework for Payment Systems," Federal Reserve Bank of New York Liberty Street Economics, March 27, 2025, https://libertystreeteconomics.newyorkfed.org/2025/03/an-interoperability-framework-for-payment-systems/.
[ii] Jon Durfee, Michael Junho Lee, Joseph Torregrossa, and Sarah Yu Wang, "Interoperability of Blockchain Systems and the Future of Payments," Federal Reserve Bank of New York Liberty Street Economics, March 27, 2025, https://libertystreeteconomics.newyorkfed.org/2025/03/interoperability-of-blockchain-systems-and-the-future-of-payments/.
[iii] このブログの名前は、マンハッタンの金融街にあるリバティ通り33番地のニューヨーク連銀本部からとられている。