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レポート Report

コミュニティがもたらす金融の成長 -金融IT協会の挑戦-

1 金融IT協会とは

 金融IT協会は、金融×ITに関わるすべての人へ組織の枠を超えたコミュニティを提供するNPO(特定非営利活動法人)である。2024130日に対外活動をスタートさせた。およそ1年が経過したことになる。金融機関の多くが、デジタル人材の育成やIT活用について、それぞれにコストをかけて内側で検討している。これは、金融業界全体でみれば、何重ものコストをかけていることになる。もったいないことだ。お互いのノウハウを共有し、IT活用を進めれば、金融業界全体がより効率的にサービスを提供できるようになる。事業成長のサポート機能である金融が社会に与える影響の大きさを考えれば、互いに連携し合うことによる成長が社会の発展につながる。このため、金融IT協会は、金融機関やIT企業に対し、組織の枠を超えてお互いを高め合う場を提供している。

 金融IT協会は、もともとは2011年に「金融ITたくみs」として設立された。金融ITたくみs時代は、IT技術者のスキルの次世代への継承に焦点が当たっていた。しかし、金融界におけるITの活用が一般化しつつあることを背景に、2023年中に、法人名を「金融IT協会」に変更したほか、役員の大幅な入れ替えを行うなど、体制を大幅に刷新した。

金融IT協会役員一覧

 2023年末に会員勧誘を始め、金融IT協会の対外活動開始日と定めた2024130日までに60社を超える団体に加盟いただいた。現時点での加盟団体数は150を超えている。その過半が金融機関であり、金融機関は会費が無料となっている。事務局の運営費用は、金融機関以外の加盟団体であるIT企業の会費で賄っている。IT企業にとって顧客となる金融機関が金融ITの課題を共有しあうコミュニティへの参加は、それ自体が価値あるものと認識いただいている。

2024年1月30日 対外活動開始日における記者発表会

金融IT協会の加盟団体

2 金融IT協会の活動

 金融IT協会のミッションは、金融における「デジタル人材育成」と「ITの民主化」の2つだ。ちなみに、ITの民主化とは、システム部などの専門部署だけでなく、営業店などを含めた職員全員がITを利活用できることを意味している。

 それぞれのミッションに対応して、デジタル人材育成委員会とIT民主化委員会の2つの委員会がある。これらの委員会の運営委員の殆どが会員からのボランティアで構成されている。

(1)デジタル人材育成委員会

 デジタル人材委員会においては、検定WGと人材育成WGの2つのWGが活動を行っている。検定WGでは、昨年9月に始まった金融IT検定の作問や金融IT検定の学習プログラムへのサポートを行っている。

 金融IT検定では、ITの基礎知識のほか、金融システムや金融デジタルビジネスの知識を問う問題が出されている。経済産業省とIPA(独立行政法人情報処理推進機構)が運営しているITパスポートとの違いは、金融業界に特化した問題が全体の3分の2を占めていることだ。

 さらに、この検定の最大の特長は、合格者にコミュニティを提供するところにある。昨年12月には、合格者がまだ80名足らずの段階だったが、第1回の合格者コミュニティイベントを行った。コミュニティでの普段のやり取りは、Slack内で行われている。この合格者コミュニティの中から、ボランティアでコミュニティ運営を担う人達が生まれてきている。協会では、こうした人達をアンバサダーと呼んでいる。この221日には、アンバサダーによる手作りイベントが企画されている。

 組織の枠を超えたコミュニティが人を育てるのだ。新たなイノベーションの活用事例を目にすることが成長への刺激になる。その刺激は、銀行などの内側ではなく、外側にいっぱいある。そもそも、新たな金融ビジネスを創っていくデジタル人材として、重要な要素は何なのだろうか?目指す価値をデジタルで実現しようとした時、まずは「どこの誰に相談すればいいかが分かる」ということだ。その素養は業界を横断するネットワークの中で育まれる。

 人材育成WGでは、加盟金融機関のデジタル人材育成担当者が集まり、先進金融機関の事例紹介のほか、人材開発に関する課題の共有を行っている。地域金融機関の参加が多いことからWEB会議での開催が多いが、ブレークアウトセッションなどの活用により少人数グループごとの深い対話が行われている。

(2)IT民主化委員会

 IT民主化委員会でも、ITスキルWGと企業DX支援WGの2つのWGが活動を行っている。ITスキルWGでは、様々なテーマのイベントが開催されている。ほとんどが対面イベントとのハイブリッドであるため、懇親会などのネットワーキングも盛んだ。これまで、RPA、ローコード開発、生成AI、セキュリティ、コミュニケーションツールなどが取り上げられた。共通する視点は、IT活用手段をシステム部署などに丸投げするのではなく、現場でアプリ等を開発・利用するといった「ITの民主化」だ。金融に限らずあらゆる産業において、現場の課題は現場で解決していく潮流が生じている。これまでの金融機関のIT活用がIT統括部署による統制色が強いものだったのに対し、現場主導へのカルチャー変革が進展していることを感じる。

ITスキルWGによる生成AI活用をテーマとしたイベント事例

 もうひとつの企業DX支援WGでは、地域金融機関を中心に、取引先の中小企業におけるデジタル化の支援業務の取組み事例が共有されている。四国銀行、常陽銀行、山梨中央銀行(218日登壇予定)による報告を踏まえ、議論が行われてきた。あらゆる企業は金融機関のサービスを利用しており、金融機関におけるIT活用の効果は金融機関内部にとどまらない。それは社会全体に波及していく。

企業DX支援WGによる取組み発表イベント事例

3 FDUAとの関わり

 一般社団法人金融データ活用推進協会(FDUA)と金融IT協会は、兄弟協会と言える間柄である。両協会は、金融デジタル分野においてコミュニティを提供する点において同じであることから、事務局を同じ場所にし、事務局員の一部が兼務することによって効率的な運営を図っているほか、両協会での連携イベントも行っている。また、FDUAの岡田拓郎代表理事には、金融IT協会の副理事長を務めていただいている。

 両協会では対象分野に違いがあり、FDUAAI・データ活用である一方、金融IT協会がIT全般となっている。このため、加盟金融機関の窓口部署や参加者をみると、FDUAではデジタル部署・データサイエンティストが中心となっているのに対し、金融IT協会ではデジタル部署やシステム部署がそれぞれ参加している(金融IT協会が人材育成をミッションとしている関係で人事部署の参加もみられる)。両協会の強みを活かした共同活動を継続、発展させていきたいと考えている。

4 最後に

 SBI金融経済研究所も金融IT協会の会員である。同研究所の中山靖司主任研究員には、金融IT協会の理事であると同時に、検定WGのグループ長として、金融IT検定の開始・運営に多大な貢献をいただいている。また、副島豊研究主幹にも、いくつかの協会イベントに登壇いただいた。同研究所の研究テーマも、デジタルアイデンティティや生成AIなど金融ITと重なる部分が少なくない。金融IT協会としては、多くの金融機関やシンクタンク、IT企業等と今後もさらにこうした連携を拡げ、金融業界の発展に貢献していきたいと考えている。


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