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ブロックチェーンの社会受容のためのグローバルな取り組み -BGIN: Blockchain Governance Initiative Network-

BGINの出発点

 2019年に日本がホスト国となって行われたG20のコミュニケに「分散型金融技術のあり得る影響、及び当局が他のステークホルダーとどのように関与できるかについてのFSBの作業を歓迎する」との文章が盛り込まれた[1]Financial Stability BoardFSB)は、G20の直前に分散型金融のガバナンスにおけるマルチステークホルダー議論の重要性に関する報告書[2]を公表しており、上記G20コミュニケの文章は、この報告書を受けたものだった。

 パーミッションレス型ブロックチェーンや分散型金融の技術は、国や規制の主体とは独立に草の根から生まれてくるもので、一方で当初から金融に関係するものとして生まれたために、規制や法律と無縁とは言えない。しかし、2019年に至るまで、草の根で生まれる技術と金融規制の調和を図る動きは存在しなかった。技術の作り手は、技術者の論理で「社会実装」を唱えるが、人間社会がそれを「受容する」プロセスは無視されていたと言ってよい。このような問題を解決するために、G20コミュニケの文章を実現する組織として20203月にBlockchain Governance Initiative NetworkBGIN)が設立された[3]

ブロックチェーンとインターネットの類似点と相違点

 ブロックチェーンは、グローバル(not インターナショナル、すなわち国の論理とは独立)なものであり、イノベーションを試すのに許可は不要であり(パーミッションレス)、ネットワーク化された処理から単一障害点(SPoF)を取り除く技術という観点で、インターネットとの類似点が多い。そのために、インターネットの次の進化系として捉える議論は多い。いわゆる「Web3.0(あるいはWeb3)」という表現が登場するのも、その表れだろう。

 一方で、ブロックチェーンにはインターネットとは根本的に異なる点が多数ある。本稿では大きな2つを述べる。1つは、その登場時からお金を内在する形をとっていたことである。これは、ブロックチェーンの維持費用をコインの発行益で賄うという構造であったことに由来する。「お金に見えるもの」を関与させることで、人間のイノベーションに対する欲望を強く掻き立てる一方、金融規制との関係を考える必要性に直面した。

 もう1つの大きな相違点は、技術の誕生からグローバルなビジネスの開始まで時間がわずかであったことである。インターネットの開発は1969年のARPANETから始まり、実際に1994年ごろに商用化されるまで25年もの間、大学を中心に技術そのものや、そのガバナンスも産官学で熟成させる仕組みがあり、IETFICANNなどの標準化やガバナンスのための仕組みを整える時間も十分にあった[4]。一方で、ビットコインは2008年のSatoshi Nakamotoの論文から実際の実装が出てくるまで1年足らずで、2010年に1万ビットコインがピザに交換されて、事実上「商用化」されてしまった。そこには、技術やガバナンスの成熟も標準化も存在しない。

 インターネットは、国をまたがるグローバルで、草の根のイノベーションを許容する技術としては、ほぼ唯一の成功例と言って良い。その理由は、通信は金融ほど強い規制業種ではないこともあるが、同時に上記のように成熟に時間をかけることができた点が大きい。シリコンバレー流のベンチャーエコシステムでは、18ヶ月から24ヶ月サイクルでVCなどの出資者の要求に応える必要がある。このような状況では、「グローバルなものをゆっくり温める」ことは無理である。

 ブロックチェーンがインターネットと似ているが、一般の人々の受容が進まないのには、このような経緯の違いがある。

新技術の社会受容に必要なもの

 では、このような新技術が社会に受容されていくには何が必要であろうか。ビットコインを作るようなサイファーパンクが規制当局と話をすることは稀だし、進展の激しい技術において、エンジニア、企業、規制当局、そして消費者(投資家)が同じ認識を持つことは非常に難しい。さらに、国をまたがる技術において、国ごとに異なる規制やルールを調和させることは困難である。

 このような認識を合わせる作業は、従来は標準化という形で行われている。前述の通り、国と無関係なインターネットは25年かけてその準備を行ない、今でも多大なリソースがIETFでの標準化に注ぎ込まれている。これは、インターネットユーザには見えない本当に縁の下の力持ちのような作業だが、今日このレポートがインターネットを通じで誰にも邪魔されずに読めるのは、インターネットにおいてグローバル標準を維持するための努力があってのものである。このように、マルチステークホルダーによるルール作りが新技術の社会受容の拠り所になっている。

BGINの活動概要

 BGINは、日本開催のG20に端を発しており、運営企業は日本の一般社団法人であるが、グローバルな活動をする組織である。年に23回の面会形式の総会(Block Meetings)と、2週間に1度のワーキンググループ(WG)におけるオンライン会議が主要な活動であり、ブロックチェーンに関して、ステークホルダー間で共通の課題や認識を合わせないといけない課題について、共通文書の作成を行っている。この文書の中には、Study Reportのような現状分析の文書もあるが、IETFのようにグローバル標準文書を含む。現在、2つのWGが存在し、1つがセキュリティ・プライバシ・鍵管理に関する文書作成を行うIKP-WG、もう1つが金融応用に関する文書作成を行うFACE-WGである。なお、次回の総会は20241021日と22日にワシントンDCで行うことになっている。BGINはメンバーシップなどはないため、誰でも標準化文書の作成に関与が可能である。

 一方で、ブロックチェーンの世界ではイベントの数が多く、同じ場所に全てのステークホルダーが一度に会する場所を作ることが困難である。そのため、ビットコイン、イーサリウム、各種ブロックチェーンウィーク、Internet Identity WorkshopIIW)など、関連する主要なイベントのサイドイベントとして半日程度のミートアップを2024年から開始した。このミートアップは、イベントの主催団体や開発コミュニティに関係のあるBGINプロジェクトの作成中の文書について、その団体やコミュニティのレビューを受ける文書作成プロセスの一部である。こちらも2024920日に、Bitcoin Tokyo2024に合わせて、東京で行う予定である。

 標準化団体などとの協力関係も存在する。ブロックチェーンの国際標準化を行うISO TC307とはISOが定義するところのカテゴリーAリエゾンの関係にあり、BGINの標準文書をISO標準にする際に特別な迅速な処理を行うことが可能である。そのため、限られた人しか参加できないISO標準化の入り口として、規制当局とサイファーパンクが混じった議論を入れることができるという意味で、非常にユニークな存在である。また、Linux Foundationのプロジェクトとして、ウォレットの実装プロジェクトを運営するOpen Wallet Foundationともリエゾンの関係にあり、BGINで標準化を行ったウォレットの仕様のオープンソース実装の広がりが期待される。

これまでの成果と今後の方向

 2つのWGにおいて、これまで9つのStudy Reportが出版されている[5]。これらには、カストディのセキュリティ、DID/VCの選択的開示、暗号資産がランサムウエア支払いに使われる時の対応、ステーブルコインの安定性に関する文書が含まれており、ぜひご一読いただきたい。

 現在、標準文書のプロジェクトとして、米国のCryptoISACと共同でサイバーセキュリティフレームワークについての標準を作成しており、それ以外にもウォレットのガバナンスの標準、オンチェーン分析手法の標準などを作成中である。

 ブロックチェーンに関する熱狂は、いくつかの事件を経て、少しばかり落ち着いている。それは、一方でブロックチェーン技術が社会受容というラストワインマイルのフェーズに入ったことでもある。様々なステークホルダーから、オープンに議論された標準が求められている。BGINは今後も現在の進め方の中で、社会受容のための標準化の議論の場としてその対象を拡大していく予定である。


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