暗号資産の機能と国際的規制アプローチの変遷

農林中金総合研究所エグゼクティブアドバイザー(前金融庁金融国際審議官)

天谷 知子

 ビットコインの取引が開始したのは、リーマンショックの余韻も冷めやらぬ2009年であった。以後15年の間に、暗号資産の取引は紆余曲折を経ながらも大きく拡大し、その使用の態様も変化を続けている。規制当局の問題意識・アプローチもまた、これに合わせ変化を続けている。暗号資産の規制をめぐる国際的な議論の歩みを振り返る。

IMF-FSB Synthesis Paper: Policies for Crypto-Assets” 2023年9月

暗号資産時価総額の推移

出所:“IMF-FSB Synthesis Paper: Policies for Crypto-Assets” 2023年9月

マネー・ローンダリング/テロ資金供与対策の取り組み(2015年~)

 最初の動きは、マネー・ローンダリング/テロ資金供与対策(AML/CFT)だった(1)。暗号資産が資金の移転・隠匿に利用される危険性を踏まえ、FATF(金融活動作業部会)は、暗号資産へのAML/CFT規制適用にかかるガイダンスを2015年に公表、2019年には、AML/CFT施策の国際的基準である勧告を改正し、暗号資産交換業者等を規制対象に追加した。我が国では、2017年、暗号資産交換業者に登録制を導入しAML/CFT規制の対象とした。

 我が国では、暗号資産流出事件の発生といった背景もあり、2019年成立(翌年施行)した法改正で、暗号資産関連の業者への顧客が預けた暗号資産の安全な管理の義務づけや広告・勧誘規制の整備など、顧客保護措置がとられた。

 しかし、FATF勧告の対象とされたことをもって、暗号資産を一般的な意味において「金融取引・商品」として規制すると認識したことを意味するものではない(2)。国際的にみると、暗合資産取引・業者に対する規制を導入することについては、「かえって暗号資産は安全という誤解を消費者に与える」と慎重な当局も多かった。そうした当局は、「暗号資産は金融取引・商品としての規制に服していない」ことの消費者向け周知を重視した。

「リブラ」の衝撃(20196月)と対応

 こうしたなか、20196月フェイスブック(現メタ)が「リブラ」構想を発表した。これは、複数の主要通貨のバスケットに紐づけられた価値をもつ暗号資産(ステーブル・コイン(3))を発行・流通させ、特にクロスボーダーの決済手段として活用することを企図していた。構想の発表は、当局者に、暗号資産による法定通貨の代替の可能性をつきつけ、大きな衝撃をもたらした。

 ステーブル・コインが、適切な規制・監督・監視に服さないまま、決済手段として広く利用されるようになれば、金融システムの安定や利用者保護に深刻な悪影響が生じうる。そこで、2020FSB(金融安定理事会)は、グローバルに利用されるステーブル・コインの規制・監督・監視についてのハイレベル勧告を公表した(4)。なお、「リブラ」構想は、その後「ディエム」に名称を変更して検討が続けられたが、20221月、その断念が公表された。

急速な拡大(2020年~)と相次ぐ破綻(2022年)が示唆する課題と取り組み

 2020年以降の世界的な金融緩和を背景に、暗号資産市場は急拡大する。特に2021年には、1年間で暗号資産の時価総額は3.5倍、2.6兆ドルとなった。また、その機能や伝統的金融システムとの関わりにも、例えば以下のような変化が見られた。

  1.  伝統的金融システムの参加者の関与の増大(暗号資産ETF導入、機関投資家による暗号資産投資、伝統的金融機関の暗号資産関連業者へのサービス提供など)

  2.  暗号資産市場と金融市場との相関の高まり(例:ビットコイン価格と米国株価)

  3.  暗号資産エコシステムの広がり(発行・流通、売買とその関連サービス、投資ツール、貸借など暗号資産にかかる多様なサービスを提供するプラットフォームの登場)

  4.  ステーブル・コインの利用拡大(暗号資産投資の待機資金滞留先)

 こうした変化は、暗号資産市場の脆弱性を高めるだけでなく、暗号資産市場における混乱が伝統的金融システムに伝播する潜在的危険性を高める。各国金融当局は金融システム安定性の観点から、暗号資産に対し、強い関心と懸念を抱き、リスクの分析や規制監督に関する国際的な取り組みが加速化した。

 さらに、2020年には複数の暗号資産プラットフォームが破綻し、また、2023年には、暗号資産市場の急落と収縮の中で、暗号資産関連顧客へのサービス提供に集中していた米国の銀行が事業閉鎖を余儀なくされた。これらは、直ちに金融システムの安定性に影響を及ぼす出来事ではなかったが、暗号資産市場の拡大が続けばいずれ金融システムの安定を脅かす存在となるとの危機感はより切迫したものとなった。

 こうしたなか、FSBは、本年7月に暗号資産の規制・監督・監視についてのハイレベル勧告を公表した(5)。暗号資産は、国境に関係なく取引され、規制・監督の実効性確保のためにはグローバルに一貫した勧告の実施が特に重要である。また、多様なサービスを提供するプラットフォームやDeFiの進展など変化が激しく、そのリスクを的確に評価するためには、市場を監視するためのデータ整備が不可欠となっている。

  1. 当時は「暗号資産」ではなく「仮想通貨」と呼称されていたが、本稿では便宜上すべて「暗号資産」と記載する。
  2. AML/CFT規制は、いわゆる「金融商品」「金融取引」に限らず、貴金属・宝石、不動産取引も、資金の移転・隠匿に利用される危険性から適用対象としている。
  3. 暗号資産のうちその価値が法定通貨に紐づけられているとするものを「ステーブル・コイン」と称する。
  4. FSB: Regulation, Supervision and Oversight of “Global Stablecoin” Arrangements: Final Report and High-level Recommendations, October 2020
  5. FSB: High-level Recommendations for the Regulation, Supervision and Oversight of Crypto-Asset Activities and Markets, July 2023
    なお、同時に2020年公表のステーブル・コインに関する勧告の見直しも行っている。