ステーブルコイン法制の勘所
1. はじめに
昨年6月10日に公布された「安定的かつ効率的な資金決済制度の構築を図るための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律」(以下「本改正法」)に基づくステーブルコインに対する本格的な法規制(以下「ステーブルコイン法制」)が公布から一年以内に施行される。本改正法の施行に向けて、2022年12月26日、金融庁より、本改正法に対応する関係政令・内閣府令及びガイドライン等の案(以下「本下位法令案」)が公表され(注1)、パブリックコメントに付された。本稿執筆時点で本下位法令案はファイナライズされてはいないが、規制の具体的内容はほぼ固まったと考えられることから、本下位法令案が変更なく公布・施行されると仮定して、ステーブルコイン法制の勘所について解説する。ただし、ステーブルコイン法制は相当に複雑かつ大部である一方で、紙幅は相当に限られていることから、本稿では規制対象となるステーブルコインとは何なのかに絞って説明する。
2. 電子決済手段の定義
(1) 1号電子決済手段及び2号電子決済手段
ステーブルコイン法制において規制対象となるステーブルコインは改正資金決済法2条5項で定義される「電子決済手段」である。電子決済手段には4つの類型があるが、典型的なものは同項1号に定める電子決済手段(以下「1号電子決済手段」)であり、概要、電子的に記録・移転される通貨建資産であって不特定の者に対する代価の弁済のために使用でき、かつ、不特定の者との間で購入・売却を行うことができるものをいう。ブロックチェーン上で対価を得て発行され法定通貨にその価値が連動し、法定通貨で払戻しが可能なステーブルコインは原則としてこれに該当する。例えば、USDT、USDC及びBUSDはこれにあたる。
他方、銀行・資金移動業者の発行するデジタルマネーは、発行者が犯罪収益移転防止法上の取引時確認(KYC)を行った者以外には移転できない技術的措置が講じられており、かつ、移転の都度発行者の承諾その他の関与が必要となるものである場合には、不特定の者との間で購入・売却を行うことができるとは言い難いため、電子決済手段の定義には含まれないと考えられる。
また、1ポイントが1円で固定されたポイントをブロックチェーンその他の電子情報処理組織上で無償発行した場合についても、当該ポイントは電子決済手段に該当しないことが電子決済手段等取引業者に関する内閣府令案(以下「電決業府令案」)2条1項で明らかにされている。
さらに、ブロックチェーンその他の電子情報処理組織上で転々流通する前払式支払手段については、移転を完了するためにその都度前払式支払手段発行者の関与を要するものについては電子決済手段の定義から外れるが、そのような関与がないもの(典型的にはパブリックチェーン上で自由に流通する前払式支払手段)については電子決済手段に該当する(電決業府令案2条2項。施行後2年間の経過措置あり。)。ただし、利用者保護及び業務の健全かつ適切な運営を確保する観点から、前払式支払手段発行者は、電子決済手段に該当する前払式支払手段を発行しないよう適切な措置を講じることが新たに義務付けられた(前払式支払手段に関する内閣府令改正案23条の3第3号)ため、本改正法の施行から2年経過すると、パブリックチェーン上で自由に流通する前払式支払手段の発行はできないことになる。
ところで、不特定の者を相手方として購入及び売却を行うことができない財産的価値であっても、不特定の者を相手方として1号電子決済手段と相互に交換できるものについては、2号に規定される電子決済手段(以下「2号電子決済手段」という。)として電子決済手段に該当する。もっとも、不特定の者を相手方として他の1号電子決済手段と交換ができるにもかかわらず、不特定の者を相手方として購入及び売却を行うことができないものは、現実的には想定がしづらいように思われる。
(2) 3号電子決済手段(特定信託受益権)
改正資金決済法2条5項3号は同条9号に定める特定信託受益権を電子決済手段の一類型として定めている。特定信託受益権とは、電子的に記録・移転できる財産的価値に表示される金銭信託受益権であって、受託者が信託契約により受け入れた金銭の全額を預貯金により管理するものをいう。さらに電決業府令3条により、信託財産の全部がその預金者等がいつでも払戻しを請求することができる預金等(信託受益権と同一通貨建ての預金等に限り譲渡性預金等を除く)により管理されるものであることが求められる。特定信託受益権は金商法2条に規定する「有価証券」には該当せず(改正金融商品取引法2条2項、同法施行令案1条の2、金融商品取引法第二条に規定する定義に関する内閣府令案4条の2)、金商法上の発行開示規制、業規制等は適用されない。
信託受益権を表章するブロックチェーン上のトークンはこれまで金融商品取引法上の有価証券である電子記録移転有価証券表示権利等(いわゆるセキュリティトークン)として扱われてきたが、特定信託受益権に限っては、電子記録移転有価証券表示権利等ではなく電子決済手段として規制されることになる。
なお、特定信託受益権については、他の電子決済手段の類型とは異なり、不特定の者に対して使用等ができることは要件になっていないため、特定の者との間でしか流通しないものであっても定義を満たす限り電子決済手段として規制されることになる。
(3) 4号電子決済手段
改正資金決済法2条5項4号及び電決業府令案2条3項によれば、決済手段として不特定の者に対して使用することができ、かつ、不特定の者を相手方として売買できるトークンのうち、代価の弁済のために使用することができる範囲、利用状況その他の事情を勘案して金融庁長官が定めるものは電子決済手段に該当する。本下位法令案においては金融庁長官による指定はなされていないが、例えばパブリックチェーン上で流通し決済に利用できるトークンは、金融庁長官が指定しさえすれば電子決済手段に該当することになる。金融庁長官の指定の要件は「代価の弁済のために使用することができる範囲、利用状況その他の事情を勘案して」と定められているに過ぎないため、実際にこの指定がなされる場合には、裁量権の行使の適切性が議論になると思われる。暗号資産その他のデジタルアセットを裏付資産としつつ、アルゴリズムによって法定通貨の価値に連動するように設計されているステーブルコインは、現時点では暗号資産に該当するが、その流通実態によっては、今後、この指定を受ける可能性があろう。
3. 最後に
以上のとおり、電子決済手段の定義は、一般にイメージされているステーブルコインと重なる部分が少なくないものの、それとは異なるものも含むことに留意をする必要がある。たとえば、サーバー上で管理されているデジタルマネーであっても、その設計次第では、電子決済手段の定義に当たりうる。また、その価値が法定通貨に連動しないものであっても場合によっては、電子決済手段に該当する可能性がある。したがって、トークンを用いたビジネスを行う事業者においては、自社の用いるトークンが電子決済手段に該当するか否かについても必要な確認を行ったうえで、事業展開することが望ましい。
以上
注1:令和4年資金決済法等改正に係る政令・内閣府令案等の公表について(金融庁)