2022年12月27日
FTX破綻が問いかけるもの -信認確保に向けた多様なインフラの充実
“At this moment America's greatest economic need is higher ethical standards,”
“The American economy, our economy, is built on confidence.”
“It is time to reaffirm the basic principles and rules that make capitalism work: truthful books and honest people and well-enforced laws against fraud and corruption.”
“All investment is an act of faith, and faith is earned by integrity. In the long run, there is no capitalism without conscience, there is no wealth without character.”
今を去る20年前の2002年7月9日、George W. Bush第43代米国大統領(在2001~2009年)はウォールストリートで演説し、多くの経営者を含む聴衆にこう語りかけた(下線は筆者が付したもの)。
2001年11月のエンロンの破綻、そして2002年7月のワールドコムの破綻は、米国の資本市場を大きく揺るがした。それぞれの破綻時点で米国史上最大(注1)の企業破綻とされた負債総額の巨額さもさることながら、株式や債券の「発行体」である企業自身が、それら有価証券の価値の源泉である企業の事業や財務の姿を大きく偽っていたことが、資本市場の基盤を根底から揺るがしかねない深刻な問題であると解されたためである。上述の演説は、エンロンの破綻やワールドコムの巨額の不正会計の判明(2002年6月)などを受けたものだが、米国の大統領が、金融・資本市場の信認確保を訴える演説を行うこと自体が極めて異例とも言われた。
金融・資本市場のメイン・プレイヤーは、資金調達を行う企業、資金運用を行う投資家、そして両者を繋ぐ金融仲介業者および市場の運営者(取引所等)だ。金融仲介業者の不正も決して看過できるものではないが、複数の業者が公正かつ適切に競争している状態であれば、不正を行った業者を排除するなどして市場の健全性を回復することができる。一方、資金調達を行うためのプロダクトである有価証券等の価値内容に偽りがあれば、プロダクトの取引ひいては市場そのものが成り立たなくなる。
20年後の現在、2022年11月に大手の暗号資産交換業者(取引所)のFTXトレーディング(以下、FTX)が破綻した。FTXが抱える問題やその影響は未だ解明途上であるが、既に様々な問題点が報じられている。交換業者としての適切な顧客資産管理(資金流用の防止、倒産隔離など)、事業体としてのガバナンス、信用リスクや流動性リスクなど様々なリスクの管理、グループ内取引の管理等々。また、FTXは「FTXトークン(FTT)」と称するオリジナルの「仮想通貨」を発行していた。FTTは、FTXの事業収益や財産を基に配当や利子の支払い、元本返済を行う有価証券ではなく、「価値の裏付けのない(注2)」トークンとされている。また、FTTを発行して資金調達を行った相手先は比較的限られているとの話もある。ただ、FTXやバイナンスなど幾つかの交換業者がFTTの販売(二次流通)を取り扱っていたし、そうした交換業者からのFTT買いを推奨していたブログ等をみても──そして、当初の資金調達先もおそらく──FTXの事業の発展・拡大を期待していたようだ。そうした観点からは、FTTが有価証券ではないとしても、FTTの投資家(交換業者から購入した人を含む)に対して、FTXがその事業や財産の状況に関する適切な情報開示を行い、それらに基づいて投資家の信認確保を図る必要はあったと思われる(注3)。
ただ、Bush大統領が語った
“All investment is an act of faith, and faith is earned by integrity.”
という言葉は、本来、発行体に限るものではなく、金融仲介業者や市場運営者など投資に関わる全ての関係者に求められるものだろう。暗号資産業界でもFTXの破綻を受け、「他の事業者も同種のリスクを抱えているのではないか?」といった投資家の懸念を払拭すべく、情報開示の改善に取り組む動きもみられ始めている。当局に規制・監督の強化を求める声も強まっているようだ。
信認確保に向けたこうした取り組みに関連して、本稿で留意点を2つあげておきたい。
まず、規制・監督の強化は、投資家保護や利用者保護の観点から必要なものだが、幅広く投資家の信認を確保するための取り組みは、本来、発行体、金融仲介業者、市場運営者等が自ら行うべきものだ。悪質な業者を排除するための対策は、規制・監督の強化だけではない。良質な業者が自らの良質さについて、信頼度の高い根拠を示しつつ、適切な説明を行うことで投資家の信認を確保することができれば、投資家の選択を通じて悪質な業者は排除されていくはずだ。
次に、そうはいっても情報は「開示すればよい」というものではなく、「(正しく)理解される」必要がある。例えば、銀行の財務諸表は一般企業のそれとは異なるし、自己資本比率規制という特有のルールもある。一般企業であっても、それぞれの事業分野の特徴・特殊性は相応にあるだろう。従って、開示された情報(および関連するその他の情報)を読み解き、評価し、これを一般投資家等に発信していくサービスが必要だ。伝統的な金融・資本市場には、外部監査、格付け、アナリストなど、投資家が安心して投資を行うための多様なインフラを──それらもそれぞれに問題を抱え、その改善に取り組みながら──充実させてきた歴史がある。
「分散型台帳技術」は、全ての取引等を万人に開示することを趣旨としている。ただ、実際には、暗号資産を売買する際に必要な秘密鍵を安全に管理することですら、相応に高い専門知識がなければ困難であり、ましてブロックチェーンを活用した各プロジェクトや事業のプログラムがどう構築され、またどう改変されたかといったことなどは、ほとんどの人は理解できないのが実状だろう。
SBI金融経済研究所が2022年12月27日に公表した「次世代金融に関する一般消費者の関心や利用度に関するアンケート調査」(注4)では、暗号資産等が、比較的限られたリスク志向の強い人々が扱うものにとどまっている実態がみてとれた。暗号資産業界の関係者が、より幅広い投資家の信認を確保し、そうした人々にとっても魅力ある商品・サービスを提供していくために、上述のようなインフラの充実を図っていくことを期待したい。
- その後、2008年に破綻したリーマン・ブラザーズが、ワールドコムの負債総額を上回った。
- FTX自身が「価値の裏付けのない」ことを明言しているわけではない。ただ、少なくとも、FTXの事業収益その他の財産的価値と直接紐づけられてはいないようだ。
- 筆者が本稿の執筆を実質的に終えた後となる2022年12月22日にSECが裁判所に提出した資料(comp-pr2022-234.pdf (sec.gov))において、SECはFTTを有価証券であると主張。その理由として、FTTのWhite Paper(事業計画書)の記述やFTXのweb siteに掲載された情報等は、FTTの投資家(購入者)に対して、FTXの成長や将来収益の恩恵(分配)を受けられるという期待を合理的に抱かせるものになっていたことなどを挙げている。
- 「次世代金融に関する一般消費者の関心や利用度に関するアンケート調査」