セキュリティトークンの現状、課題、資本市場の将来像
1. 現状:量産化に向けて各金融機関が社内整備中
暗号資産で使われているブロックチェーン技術を保有者管理に利用している有価証券はセキュリティトークン(以下、ST)と呼ばれています。国内では2020年から社債等が発行され、2020年以降には金融商品取引法およびその関係布令が改正されて、STは「電子記録移転有価証券表示権利等」として規制が整備されました。その後、個人向け社債、個人向け証券化商品、機関投資家向け社債などが発行され、証券業界内での注目度は高く、各金融機関が様々な取組みを進めています。
STは上場株式のように保有者管理や取引所機能を特定の組織が集中管理するのではなく、分散型の機能を組み合わせて動く仕組みであるため、金融機関はSTを取扱うために従来とは異なる業務やシステムの整備が必要になります。そこで、各金融機関は試験的なSTの取扱いの経験を通じて必要な業務やシステムの整理とその整備を進めており、取扱いの量産化の準備は徐々に進んでいます。
2. 課題:ST化で実現する資本市場の未来像の共通認識の形成
各金融機関がSTの取組みを進める中で、既存の有価証券とSTで税制、決済、法制度等の差があり、金融商品としての特徴が同じでもSTが不利になることが課題であると問題提起されることがあります。これらの課題の多くは既存の有価証券の取引形態や商慣習に合わせてSTを扱う際に生じており、金融機関を中心に解消に向けて業界団体を通じた動き等が進んでいます。
一方、取扱う仕組みが既存の有価証券と大きく異なるSTをあえて利用する意義や実現できる資本市場の未来像が深く議論されることが少なく、資本市場の未来像実現に必要な制度や変えるべき規制という観点で業界内の共通認識がないのは大きな課題です。また、議論される場合に、「ST化により有価証券の管理や決済の自動化が進み、金融機関のコスト低減が可能になる」という意義が語られる一方、「すでに有価証券の管理や決済は費用対効果が見合う自動化は進んでいる」、「有価証券の管理や決済の方法を変えてもコスト低減効果は限定的」という疑問が挙げられることがあります。この疑問は本質的である一方、注目度の高いブロックチェーン技術を活用しているということでそれ以上議論されないことが散見されます。
取扱う仕組みが既存の有価証券と大きく異なるSTをあえて利用して、実現できる効果が多少のコスト低減では、既存の仕組みの有価証券の取引も継続する金融機関のコスト削減にはならないことが想定されます。STの価値は上記のような既存業務のデジタル化によるものではなく、もっと本質的な価値の創造であり、それにより実現する資本市場の未来像の解像度を上げていく議論が、業界内や各金融機関で必要となります。
3. 資本市場の将来像: STが実現する3つの未来像
STを活用した資本市場の未来像を考えるには、ST化が既存業務のデジタル化ではなく、既存の仕組みで『できないこと』や『できていないこと』に活用するという観点で捉えることが有用と考えます。具体的には、以下の3つの未来像があり、この中の1つが実現するのではなくすべてが段階的に実現して共存していくと考えます。
①:デジタル化が進んでいない金融商品のデジタル市場の構築
受益権や匿名組合出資持分等の金融商品の発行、売買がデジタル完結できる資本市場作り
②:サービス化された資本市場の構築
ST、資金、法律、税会計、データ、ITサービス等がネットワークで繋がり生産性向上や新しい価値を生む資本市場作り
③:P2P資本市場の構築
発行企業と投資家、投資家と投資家が直接繋がり、STの発行や売買ができる新しい概念の資本市場作り
①の分かりやすい事例としては昨年の改正産業競争力強化法においてデジタルな手段による確定日付の取得が可能になった受益権等の証券化商品が挙げられます。これらの金融商品のデジタル市場ができることで、量産化、流動化がしやすくなり、アイデア次第で企業の新しい資金調達になる可能性があります。その他にも既存の仕組みの中では扱えていない金融商品のデジタル市場作りにSTが有用となります。
②は資本市場を「有価証券の発行と資金決済の仕組み」と小さく捉えるのではなく、「企業の資金調達に関わるすべて」と捉えて、その全体のDXを進めるという考え方となります。DX全体の中でST化は有価証券の発行や移転のサービスを提供する一部であり、資金調達に必要な契約等は法律サービスの連携、社内処理は税会計処理サービスとの連携、資金決済は決済サービスと連携というように、様々なサービスが連携して資本市場を形成していきます。2022年6月に発行された日本取引所グループによるグリーン・デジタル・トラック・ボンドは②におけるIoTデータがSTに連携された事例と整理できます。
③は暗号資産においてみられるDeFiの概念を資本市場が取り入れることで、金融機関が資金調達全体をコントロールする従来の資本市場の仕組みを超えた新しい概念の資本市場となります。金融機関の役割が従来と異なるという意味で破壊的イノベーションともいえますが、技術的にはすでに可能であり、規制と商慣習の問題だけといえます。規制の問題としてはDeFiという提供主体がいないサービスにおける媒介や取引所機能といった既存の法規制の概念とのギャップ、商慣習の問題としては既存の金融サービスがディスラプトされて新しいサービスになるというビジネスモデルのギャップが挙げられます。
以上のようにST化は、既存業務のデジタル化ではなく、①のようにこれまでデジタルで扱えなかった金融商品等の様々な権利が扱える市場ができ、②のように金融商品等の権利の移転や決済だけでなく、様々なITサービスと連携することで資本市場の活用シーンが飛躍的に拡大し、③のように資金調達者と投資家の新しい関係が創られる資本市場に広がっていく、という大きな変革といえます。今後、ST化を活かした資本市場の将来像が議論されて、一定の共通認識のもと法規制の改革が進み様々なサービスが提供されることで、資金調達市場として日本の資本市場が大きく飛躍することが期待されます。