2022年9月26日

DLTと法律

株式会社東京金融取引所 代表取締役社長

木下 信行

1 DLTの有効性

(1) 電磁的媒体の長所
 電子取引拡大の理由は、商品の発注や代金の受渡しを物理媒体で行うよりも電磁媒体で行う方が効率的であることである。電子取引は、サイトでの注文とクレジットカードでの支払いに関する通信が行われ、これに基づき商品が配達されることが多い。
 但し、こうした通信をオープンネットワークで行うことには、注文のなりすましや支払い指図の改ざん等のリスクが伴う。その防止に要するコストは、取引履歴情報の転用やクレジットカードの会員手数料等によって賄われることになる。

(2)    DLTの特性
 DLTは、こうしたセキュリティ確保の方法について、サーバーに登録する取引情報へのアクセスを制限するという事前予防から、取引情報を分散データベースに登録して外部者の検証に供するという事後検証に転換するものである。これにより、サーバー管理に伴う負担が分散され、サービス供給における全面的なクラウドコンピューティングや取引当事者によるセキュリティ確保が可能になるという長所が得られる。
 一方、DLTの短所としては、取引情報の事後検証に要する計算の能力や時間が挙げられる。検証作業に参加する者の範囲を限定しないDLTでは、仮想通貨にみられるようなインセンティブ付けが必要となり、歪みをもたらす危険がある一方、検証者を特定の範囲に限定するDLTでは、検証資格の認証が必要となり、サーバー管理型に近い機能とならざるを得ない。いずれにしても、DLTは、迅速な処理を要するHFTの発注や特定の参加者に限定された取引所のマッチングに適していないとされる

2 DLTと法律改正

(1)    関連する法律
 DLTに関連する法律は、民法等の私法と行政規制等に分かれる。概観すると、私法は、紛争が生じた際の裁判所による事後解決の基準を定めたものであり、行政規制等は、紛争が生じないように事前予防を行うものである。さらに私法は、取引当事者間での契約等に関する規定とそれ以外の第三者との権利義務に関する規定に分かれる。後者の事態が生ずる場合としては、不法行為、相続、倒産等がある。

(2)    情報通信技術の革新と法律改正
 現在の法律は既存技術を前提とする大規模で複雑な体系をなしている。その改正は、国民全員に適用されるため、極めて慎重な手続きを経ることとされており、技術革新に伴う改正にあたって全体の整合性を確保することは困難である。
この点、情報通信技術の革新は、取引の最も基礎的な手段に関わるものなので、他の分野に比べ、全面的な法改正につながりやすい。そうした改正は、膨大な作業となる一方、全体の整合性を確保しやすいことになる。
 DLTに対応した法律の整備に関しては、こうした対応の延長で考えるべきものであるが、具体的な論点として、第三者対抗要件、ファイナリティ、行政規制等の適用が挙げられることが多い。本稿では、これらについて、現行の運用と対比し、法改正の要否を具体的に検討する。

3 DLTに関わる個別論点

(1)    第三者対抗要件
 現行の金融商品取引においては、取引所と市場参加者の間で、取引所規則という契約が交わされている。ここでは、取引所で突合された受発注は、取引所を相手とする権利義務に置き換えられ、確実な履行と代金引渡しが行われることとされている。従って、DLTを利用する場合にも、原則として、第三者との権利義務が生ずる余地はない。また、例外的に市場参加者が倒産する場合も、第三者に損失が及ばない枠組みとされている。取引所で清算決済される取引については、破綻参加者の証拠金、取引所の積立金、生存参加者の預託金で損失を賄うこととされているほか、破綻参加者の倒産手続きにおいて取引所債権の相殺を優先させる規定が設けられていることによる。従って、少なくとも取引所取引に関しては、DLTの利用に伴う法律問題は実質的に存在しない。
 但し、取引所以外による店頭取引では、当該事業者が破綻したときに投資家との間の権利義務が倒産手続きの対象となるので、取引約款に同意しただけでは、法律上のリスクがなくならない。個別に別途の倒産隔離措置を講ずるか、法改正を待つかが必要となる。

(2)    ファイナリティ
現行の支払いにあたっては、日銀券等の物理媒体の引渡しを受けた売主が真偽を鑑査することにより取引が完了する。具体的には、商店ではレジ担当職員や自販機による読取り、商業銀行ではより厳しい鑑査、中央銀行では最後の関門としての厳格な鑑査が行われる。その結果、偽造券等が中央銀行で発見された場合には持込み銀行、商業銀行で発見された場合には持込み事業者が損失を負担することになる。鑑査にはそれなりの費用がかかるので、各事業者は、偽造券等を受取るリスクとの兼ね合いで投資を行うことになる。
 支払いにDLTを用いる場合にも、こうした枠組に従うことにするならば、私法を改正する必要はない。なお、現在でも、商店段階でクレジットカード等を使う場合には、鑑査の対象が電磁媒体による支払い指図に、商業銀行相互間の決済は、電磁媒体による日銀当座預金の振替指図に置換わっており、物理媒体による支払いはむしろ例外的である。

(3)    行政規制
 上記の枠組みは、既存の金融商品取引規制や銀行制度等を前提とするものであり、これらに影響が及ぶ場合には、法改正を行う必要がある。情報通信技術の革新に伴って、取引される金融商品や銀行業の果たすべき役割が変わる場合には、既存の枠組みでは紛争予防に支障が生じかねないからである。

4 まとめ

 DLTは紛争の事前予防に向けたセキュリティ確保の方法に関するものであり、発生した紛争の事後解決の基準となる私法とは社会的役割が異なる。従って、DLTの導入に対応する法改正は、従来の情報通信技術の革新への対応の延長線上で考えるべきであり、基礎となる私法の問題が未解決だからと言って行政規制の改正を行わないことは、課題の先送りにつながる。私法上の課題を強調することは、かえってDLTの導入を阻害する効果をもつ恐れがあることに留意すべきであろう。