SBI金融経済研究所

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レポート Report

Web3で加速する金融の民主化

 日本において、Fintechという言葉が、積極的に使われ始めて10年近くが経とうとしている。
 特に大きな転機となったのが2014年であり、金融審議会「決済業務等の高度化に関するワーキング・グループ」が開催されるとともに、Fintech協会の前身となるミートアップが開催された。私自身も「ネット決済企業の代表」として金融審議会委員として活動する一方で、Fintech協会のアドバイザリーボードメンバー(2020年からは会長)も務め、官民双方での議論に参加してきた。
 その中で一貫して主張してきたのは、「Fintech の本質」とは、つまるところ「インターネットのパワーシフト(民主化)が金融分野にもやってくる」ということである。

 インターネット、とりわけ「World Wide Web(Web1.0)」の登場によって、情報の非対称性は、格段に小さくなった。 
 ただし、Web1.0の時代は情報発信にはサーバー設備を用意する必要があり、ユーザーは主に「読む(read)」という活動が中心であり、文字通り情報の消費者であった。それに対して、Web2.0ではクラウドやSNSに加え、スマートフォンが普及することで、個人でも発信が格段に容易となり「読むだけでなく書く(read & write)」というインターネット体験に変容していった。
 一方で、Web2.0時代は個人が生み出した膨大な情報やデータが、プラットフォーマーに蓄積され、商品化されていった。発信者の民主化が促された一方で、データの中央集権化が進み、そこから生み出す富も偏在化する状況となっている。

 これに対して、Web3ではブロックチェーンといった分散型の技術や、その上で生み出されるトークンを活用することで、原点回帰された「分散化され民主的なインターネット」を求めるムーブメントとなっている。
 web3はまだ始まったばかりであり、負の側面も注視していく必要がある。しかしながら、いずれにせよ、パワーシフトは不可逆であり、金融も否応なくその流れに巻き込まれていかざるを得ない。つまり、Fintechは一貫して、金融の民主化を進めてきたが、Web3時代になり一層加速するものと期待される。

 このような中で、金融にはどのような変化が起きるだろうか。
 これまで金融サービスは、伝統的金融機関から提供を受けるのが当たり前だと思われていた。
 金融サービスを提供するには、金融ライセンスを取得するに足るコンプライアンス体制、各種システム、運用人員などが必要だったからである。
 しかしながら、世界中でネオバンク、チャレンジャーバンクが生まれ、金融機関として事業展開をするスタートアップが増えている。とりわけ、ネオバンクは、自らは金融ライセンスを保有せず、金融機関との提携のもと金融サービスを提供しているため、顧客に支持されるBanking Experience(金融体験)を提供せねば、存在意義がない。

 北米を代表するネオバンクであるChimeは、地方銀行のBaaSの上で、モバイルAppベースでの新たな銀行体験を提供している。
米国で一般的な口座維持手数料を課さず、また給与を前借りするサービスを提供し、若いユーザーの支持を得た。特に前借りはコロナ給付金にも適用され、2000年に顧客数を倍増させている。

 日本においては、unbankedと呼ばれる銀行口座を持たないユーザーは少ないが、若いユーザーにとって、伝統的金融機関のサービスは使いづらく、預金などのような基本サービスしか活用ができていない。

 例えば、Fintechによって大きな変化が起きた分野の一つが決済である。経済産業省の調査によると、2021年のキャッシュレス決済比率は32.5%と、コロナ前の2019年(26.8%)から大幅に上昇しており、2011年(14.1%)からの10年間で2倍以上に急成長している。イノベーションを牽引したのは、PayPayなどに代表されるQRコード決済であるが、支払額ベースでの比率は1.8%であり、引き続き、キャッシュレス決済の主流は、クレジットカード(27.7%)である。
 ただ、この数字も諸外国に比べるとまだまだ低い。特に20-30代のクレジットカード利用率は、50-60代よりも低くなってしまっている。

 このような環境下で、筆者が2020年に創業したナッジ株式会社では、スマートフォンを活用し若年層ユーザーに対して使いやすい機能を提供するだけではなく、「1枚から発行できる提携クレジットカード」という特徴を活かし、アスリートやアーティストなどと提携することで、従来よりクレジットカードの利用特典として一般的であるロイヤリティポイントではなく、各ユーザーが応援するアスリートやアーティストの秘蔵写真やオリジナルメッセージといった「体験型の特典」を得られる仕組みとすることで、経済的インセンティブのみでは行動変容を起こさなかった利用者に対して、「推しを応援する」というエンターテイメント性をもたせることでのキャッシュレス化を推進している。
 これは言わば、embedded finance(組み込み金融、埋め込み金融)の一種であると考えることもできる。

 同じような手法は、これまでも提携カードにより実現されているが、航空や百貨店といった数万枚以上の発行が見込める厚みのある顧客基盤を有する組織に限られていた。
 ナッジは、少人数でも深いファン層に対して、よりユニークで体験型のリワードを提供することを可能にし、新たな金融体験を生み出す提供者の裾野を広げている。

 同じく個人向け証券は、Fintechによるパワーシフトが進んだ分野の一つだが、2022年3月時点での個人証券口座数は、3000万口座を突破したところであり、まだまだ伸びしろがある。貯蓄から資産運用への取り組みも、証券・FXから暗号資産、DeFiといった分野に進むことで、より民主化が加速するのは間違いない。
 この流れが加速し、Web3と組み合わされると、金融分野においてもプロシューマーに相当するようなプレイヤーが生まれ得ると期待される。

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