SBI金融経済研究所

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レポート Report

金融市場インフラのデジタルシフト

 Crypto Currencyを取り巻くエコシステムが拡大し、分散型金融(DeFi)や分散型取引所(DEX)が色々な意味で注目を集めている一方で、あまり目立ってはいないものの欧米を中心にDLT(Distributed Ledger Technology)を活用した金融・資本市場インフラ(Financial Markets Infrastructure:FMI)のデジタルシフトが着々と進んでいる。
 本稿では、現在の金融・資本市場において中心的な役割を担っているFMIがブロックチェーン技術を活用することでどのようなデジタルシフトを目指しているのか、欧米における先進的な取り組みを例に引きながら考えてみたい。

スイスSIXグループのSDX(Swiss Digital Exchange)

 SIXグループは2021年11月18日に傘下のデジタル取引所SDXにおいて「完全に法制度に準拠した世界初のデジタル社債」を発行したと発表したi
 この社債の発行総額1.5億スイスフランのうち1億スイスフランはデジタル社債としてSDXにリストおよび保管され、残り5千万スイスフランは従来の社債としてSIX Swiss ExchangeにリストされSIX SISで保管されるというハイブリッドな形態をとっている。
 SIXグループでは何年も前からSDX実現に向けた検討および実証検証を続けており、筆者がSIXグループの方とコロナ禍前に直接お話しをした際には、当初のプランでは既存の有価証券をデジタル証券に移行するという大胆な方針を打ち出したものの、実現に向けて市場参加者と検討を重ねる中で移行という手法ではなく徐々に新しいデジタル有価証券にシフトして行くという現実路線に方針を変更したことを明かしてくれた。
 その方針に沿って2021年9月にスイスの金融監督当局であるFINMAからデジタル証券取引所および保管機関としての承認を得て今日に至っている。
 紙面の都合で詳細は別の稿に譲るが、当初のSDX流通市場(セカンダリーマーケット)取引では約定マッチングの段階で取引当事者のデジタル証券残高もしくはデジタル通貨残高をチェックし、約定後に即時にグロス決済を完結できるような仕組みを提供している。ここで利用するデジタル資金は中央銀行の当座預金に裏付けられた所謂ホールセールCBDCである(中銀当座預金を裏付け資産とすることから合成CBDCと呼ばれることもある)。
 今後、現物の取引だけではなく、マージン取引の機能もリリースする予定となっている。

米国DTCCのプロジェクトION

 世界最大規模の証券決済・保管機関であるDTCCは2021年9月15日のプレスリリースでプロジェクトIONのパイロット成功を受け2022年Q1にローンチを目指し開発フェーズを進めると発表したii
 ここ半年にわたるパイロットにおいては、従来のT+2決済サイクルをT+1さらにはT+0に短縮することを目的とし、システムだけではなく業務プロセスも含めた検証が行われ、その結果として大量の取引の清算・決済が問題なく処理できることを確認したとされている。
 また、DTCCのPresident & CEOマイケル・ボドソン氏は上記リリースの2週間後に米R3社が主催したCordaCon2021イベントのキーノートスピーチにおいて「あらゆる業界においてDLT活用への興味は非常に高まっている。業界が一致協力(Collaborate)して次世代デジタルインフラを構築することが、将来不可避であるデジタル市場やトークン化への変革に向けた、重要なステップになる。」と述べているiii
 DTCCは金融・資本市場のデジタルシフトは必然の流れだと考えおり、プロジェクトIONだけではなく、未公開株を対象としたプロジェクトWhitneyなど、複数の検証プロジェクトを同時並行で進めている。そして、それら実証検証の結果を踏まえて、商用利用開始へ向けステップを進めている。

ドイツDeutsche BorseのプロジェクトD7

 ドイツ最大の証券取引所Deutsche Borseは2021年10月6日のプレスリリースで、次世代デジタルプラットフォーム“D7”をローンチすると発表したiv
 D7はデジタル金融商品(Digital Instrument)を発行管理するプラットフォームで、即日発行(T+1h)とバリューチェーン全体のSTP(Straight Through Processing)化を実現するものと位置付けている。このプラットフォームの技術的特徴としてクラウド基盤およびDLTを活用した分散型ネットワークとして構築されているところがあげられる。
 D7は2021年11月末に最初のコンポーネントCentral Registerをローンチ、その後段階的に機能リリースをする予定となっている。

FMIの狙い

 FMIがDLTを利用してデジタルシフトを進める目的は大きく以下の3つと考えられる。

  1. 新たな金融商品の組成
  2. 金融資産の流動性向上
  3. ポストトレード業務効率化

 これらは相互に関係しており、従来型の技術では実現が難しかったがDLTの活用により実現の見通しが立って来ている。
 1の新たな金融商品については技術的な検証が済みビジネス面はこれからという状況、2の流動性向上についてはDeutsche Borse傘下のClearstream Bankingにおいて担保証券をトークン化しリアルタイムで担保をスワップ出来る仕組みを既に実現済み、3についてはSDXやDTCCにおいて実証済みであり、いずれの分野においても実務への適応が徐々に進んでいる。

日本への示唆

 我が国においてもセキュリティトークン(ST)の法制度が整備されたが、FMIのデジタルシフトはまだ始まっていない。
2000年代に市場の効率化およびリスク低減を目的とした決済制度改革(決済期間の短縮および無券面化)により日本のFMIは大きな変革を遂げたが、今欧米で進んでいるFMIのデジタルシフトはそれに匹敵するような変革をもたらすかもしれない。
 金融・資本市場はグローバルな市場であり、日本が国際金融市場において重要な位置づけを維持し続けるためにも、日本のFMIがデジタルシフトを進めて行くことは必然であろう。


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